H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Studio Secretary Murder #6

 

 

「ミオ、たぶんあそこだ」

 

 私は捜査用車の助手席から、ホープ通りの向かい側にある酒屋さんを指した。

 

「レビンズ酒屋(リキュール・ストア)。屋号もあってるねえ」

 

 ミオはそう答えると、ナッシュを酒屋さんの斜向かいのカクテル・バーの前に停めた。真正面の教会の前は避ける辺りがなんともミオらしい。信心深いとかそういうのじゃないけども。

 レビンズ酒屋は街区(ブロック)のちょうど真ん中へんにあったから、ミオも今回は車道を横切ることに文句を言わなかった。

 ミオを先頭にして、ドアを押し開けて酒屋さんに入ると、五十代くらいの店員さんがウイスキーの壜を片手に私たちに声をかけた。

 

「いらっしゃいませ」

ロス市警(LAPD)です。大神刑事と白上刑事」

 

 ミオが警察官(バッジ)――幸いにも、ピンセッティング・マシンに挟まったりはしてなかった――を提示して言った。

 

「イブリン・サマーズの殺害事件について、いくつかお訊きしたいことがありまして......」

「イブリン? 彼女が殺されたと、そう言ったか?」

 

 店員さんは壜を落としこそしなかったものの、顔じゅうの皺をさらに深くして聞き返してきた。

 

「彼女のことをご存知なんですか? えっと......お名前は?」

「ロビンズ。ああ、知ってる。彼女の前の旦那の友人でね。ここの奥に彼女の私物を置いてるよ」

「ウチたちに見せてもらっても?」

「構わない。付いてきてくれ」

 

 ロビンズさんの後から、倉庫と事務所を抜けて裏手の搬入口に向かう。

 荷卸し場の片隅がカーテンで区切ってあった。ロビンズさんはそこを指すと、私たちの方を向いて説明した。

 

「ここを寝床にしてたんだ。たぶん、許すべきじゃなかったんだろうが」

 

 私たちがイブリンの狭い住処に入った後も、ロビンズさんは低い声でつぶやき続けていた。

 

「酒屋に棲むアルコール中毒者が、また手に職をつけようって気になるとは思えんからな......」

「映画の仕事にはどれくらい前まで就いてたんですか?」

 

 私は入ってすぐのダンボール箱の上に置いてあった卓上ネーム・プレートを取り上げて訊いてみた。プレートには"イブリン・サマーズ"って名前と、キーストーン映画のロゴマークが彫ってある。

 

「二、三年前だ。劇伴音楽の著作権法絡みを扱っていたと聞いてる」

「ふうん......この様子じゃ、他の仕事に就こうとした感じはないなあ」

 

 ネーム・プレートをもとの場所に戻して周りを見回すけど、キーストーン以外に勤めてたような痕跡は見当たらなかった。

 

「なあ、よければ自由に見て回っててくれ。私は倉庫で在庫の確認をしてるから......」

「わかりました。ありがとうございます」

「......フブキ」

 

 荷卸し場を離れるロビンズさんを見送ってからイブリンの住処に戻ると、寝床の辺りからミオがこっちを手招きしていた。

 

「どした、ミオ」

「この本」

「本?......"アリストテレス形而上学(メタフィジックス)"。率直に言って、この住処には似合わなすぎる本だね」

「表紙裏も見てみて?」

 

 ミオに従って表紙をめくる。その裏には、青いインクで持ち主らしいサインがしてあった。

 

「グローブナー・マカフリー。じゃ、やっぱり彼はイブリンと親交があったんだ?」

「少なくとも、蔵書を貸すくらいにはね」

 

 私が返した本をミオが元の場所に戻す。ミオは立ちあがると、壁の向こうに手を振って言った。

 

「じゃ、ロビンズさんに色々訊いてみよっか。昨晩のイブリンの動向とかマカフリーとの関係とか、わかるかもしれないし」

 

 

 

 

 

「ロビンズさん、いくつか質問してもいいですか?」

 

 ミオと一緒に倉庫に戻って、台帳片手に在庫検査をしていたロビンズさんに声をかける。ロビンズさんは立ちあがると、こっちに向き直ってこたえた。

 

「ああ、いいとも」

「まず、イブリンとはどれくらい親しかったんですか?」

「残念なことに、彼女が亡くなったことを悲しむ人は多くないが......私は間違いなく、その内の一人だよ」

「そうですか。ただ、死体の状態から見るに彼女は最近、ここに戻ってなかったんじゃありませんか?」

「ああ、これ以上彼女をここに留めとくのも難しくなってきててね......彼女の母親が、なんとか彼女を立ち直らせようとしてたんだよ。もう齢だし」

 

 ロビンズさんはそこで一旦言葉を切って、鼻から息を吐きだしながらやるせない口調で続けた。

 

「それにな、もう齢だからこそ、自分で立ち直ろうって思うべきだったんだ、正直なところな」

「でも、イブリン自身はそう思ってなさそうだった?」

「......ああ」

 

 それで口やかましい母親から逃れようと、ここしばらくは住処に戻らず路上生活をしてたのか。

 

「昨日もここには戻らなかったんですか?」

「いや、夕方に来たよ」

「何をしに来たんですか? 何か、私物を取りに来たとか?」

「さあ、裏から入ってきたから私物のことまではわからないが。何ドルか持って来て、ライ・ウイスキーを1クォート(1リットルほど)買って行ったよ」

 

 ここしばらく無職で野宿をしてたなら、数ドル程度でも大金のはずだ。

 

「そのお金の出処とか、わかりますか?」

「わからん、訊かなかったからな。ただ、酒は"男の子(ボーイ)"へのプレゼントだと、そう言ってたよ」

 

 男の子。どう見ても白上と同じくらいのティアナンとの歳の差を考えれば、その"男の子"はたぶんティアナンのことだろうな。マカフリーのことを"男の子"とは呼ばなそうだ。

 

「前日に喧嘩して、その仲直りの手土産だって言ってたな」

「そうですか。ところで、マカフリーって名前に心当たりはありますか? 彼女の友人か、知り合いで」

「崇拝してたよ、彼のことを」

 

 ロビンズさんは吐き捨てるような調子で言った。その声には隠すつもりもないらしい嫌悪感が滲み出ている。

 

「話を聴く限りじゃ、どうも片思いだったようだがね。彼は本人の言う革命的思想――社会の病を治すとか、そんなのだ――を喧伝してまわってたようだよ。そういうのがイブリンのような、落ちぶれた暮らしをしてる人間にどう写るか、わかるだろ?」

「ええ、まあ......ご協力ありがとうございました、ロビンズさん」

 

 手帳を閉じて、会釈をして続ける。

 

「何か進展があり次第、お知らせします」

「ああ、わかった......なあ、彼女のその、お葬式の手配をしたいんだが。私からイブリンの母親に連絡してもいいのかな?」

「中央署のフライシャー警務主任に電話してください、ロビンズさん。彼が近親者告知を行うはずです」

「そうする......捕まえてくれよ、犯人を」

 

 倉庫から出ようとしたところで、ロビンズさんは私たちの背中に声をかけた。

 

「彼女は誰かを傷つけたことは、一度もなかったんだ」

 

 

 

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