「主任、ここの電話機借りていいですか」
「ああ、いいぞ」
フライシャー警部補の許可を取って、彼のデスクの電話機から受話器を上げる。デスク横の壁に張り出されてある内線電話番号一覧から、
「3...8........1.0、と......」
「......R&Iです」
「白上、
「グローブナー・マカフリー......イェール通り126番地6号室、イェールはオードとアルパインの間です」
「ありがとうございます」
電話を切ると、警部補にもお礼を言ってから署を出た。私が電話してる間にミオが捜査用車を玄関に回してくれていたので、そのまま助手席に乗り込む。
「お待たせ。マカフリーの家はイェール通りのオードとアルパインの間だってさ」
「オードとアルパインか。
「だね」
ミオは1番街の交通を合間を窺いながら、呟くように言った。
「貧乏作家さんがどんな暮らしをしてるのか、ウチたちに見せてもらおうじゃん」
マカフリーの家は
私は部屋番号を確認するために、正面玄関の
「6号室、G. マカフリー。ここで間違いなさそうだね」
6号室は2階の、南東向きの部屋だった。この建物の中じゃ格段にいい位置だ。
6号室のドアをノックする。
「......お留守、かな?」
「みたいだね」
ドアに耳をぴったり貼り付けてみるけど、部屋の中からは物音一つしない。
「......ん?」
ふと、目のまえにある鍵穴が気になった。真鍮製の錠前はすっかり曇ってお世辞にも綺麗とは言い難い状態だったけど、真新しいピカピカの筋が何本か入っている。
「ミオ、これ見て」
「ん?......鍵で擦ったのかな? それとも......」
「白上には器具痕に見えるなあ」
つつっと疵をなぞって続ける。
「少なくとも、こことここの二本は鍵を挿し損ねたにしては長すぎるし......」
「お嬢ちゃん方、そこでなにしてるの?」
斜め向かいの7号室から出てきたご婦人が、警戒してる感じ丸出しでやってきてそう訊いた。ミオが素早く警察官
「
「彼は何か、面倒ごとに巻き込まれてるの?」
ご婦人はつんとした顔つきでそう訊き返してきた。これはあれだな、なにか情報をくれないとこっちも教えてあげませんって顔だな。ミオの謂う、"お節介焼きおばさん"のタイプだ。
「そうです、奥さん。急を要することなんで」
何か言おうとしたご近所さんを遮ってミオが続けた。
「マカフリーの所在の代わりにどんな面倒事かお知りになりたいんでしたら、ウチたちと一緒に中央署まで来てもらうことになりますけど」
「......屋上よ。そこの鳩小屋にいるはずよ」
「どうも、迅速なご協力感謝します」
厭そうな顔を隠そうともしないご婦人をそこに置き去りにして、私たちは階段を駆け上がった。階段を塔屋まで上り詰めると、開きっぱなしのドアからフェンスで囲われた小屋が見えた。小屋の中には鳩と、マカフリー。
「マカフリーさん? お話を......」
私が言い切るよりも早く、マカフリーは走り出した。小屋の反対側のドアを体当たりして開けて、非常階段のほうに駆けて行く。
「ああもう! ミオ、下から回り込んで!」
そう叫ぶなり、私はマカフリーの後を追った。錆付いた非常階段にたどり着くと、階段は使わずに手すりと足場を伝って下に降りていく。服が錆びだらけになって汚れちゃうけど、贅沢言ってらんない。おかげで階段を使ったマカフリーとほぼ同時に地面に降りることができた。
着地で折り曲げた脚をそのまま使って、瞬間的に走りだそうとしたマカフリーの腰めがけてタックルをかます。
「ぐえっ!」
マカフリーは潰れたカエルみたいな声を上げて、顔面から舗道に倒れ込んだ。いたそう。
獣人の腕力にものを言わせて左腕を思いっきり捩じ上げると、
「グローブナー・マカフリー、イブリン・サマーズ殺害の容疑で逮捕します」
「さて、逮捕しちゃったわけだけど、」
十分後、6号室の前でミオが、マカフリーから没収した鍵を錠前に挿し込みながら言った。
「この部屋からなんか見つけ出さないと、治安判事は納得しないだろうからね......」
そして鍵を外してドアを開けるなり、目をすっと細くして黙り込んだ。その理由は、ほぼ同時に私にも知れた。
「......血の臭い、だね」
部屋の中に入ると、臭いの元は大して苦労せずに見つかった。部屋の角にある書き物机の下にダンボール箱、ミオがその中から白い布を取り出した。
「......男物のシャツだ。血塗れで、」
すんすんと臭いを嗅いで続ける。
「たぶん人血、と。それからこれは、ボックスレンチか」
しゃがみこんでるミオの背後から覗き込むと、レンチの柄に"ローリングス・ボウリング場"の刻印があるのが見えた。
「ローリングス? うーん、じゃあこれでティアナンは放免ってわけにもいかなくなったかあ」
「みたいだね」
そう返して立ち上がると、机の上に置かれている紙が目に入った。上のふちがギザギザに切れている。
取り上げると、それは手紙の下半分だった。内容は誰かが誰かに、家に帰ってきてほしいと頼む内容で、その末尾の署名は。
「......"愛と理解を込めて、あなたの母親、オーガスタ・サマーズより"」
「現場にあった手紙の下半分だ」
いつの間にか立ち上がっていたミオが、私の背後から覗き込んでそう言った。
「同じような筆跡だし、インクの色も同じだ」
「じゃ、とにかく治安判事は納得させられそうだね。後は署に戻って、マカフリーがこれにどう説明つけるか、聴きに行こうか」
「先に
ミオの言に部屋の壁に掛かった時計を見上げると、もう2時前だった。そしていっぺん食べ物のことを考えちゃうと、もう空腹を我慢できないのが人の常ってわけで。
「わかった、そうしよう。白上たちがランチ・デートを決め込んでる間、マカフリーには冷や汗をかいててもらおうか」