「ああ、オオカミ刑事!」
ティアナンのいる取調室1に向かう途中に警務主任のデスクの前を通りかかると、フライシャー警部補が電話の受話器を持ったままミオにそう呼びかけた。
ミオがデスクの方に寄って答える。
「なんですか、警部補?」
「電話だ、カラザーズから」
「出ます。その受話器ですか?」
「いや、あっちのを使ってくれ」
「わかりました。フブキ、先に行ってて」
「りょーかい」
こうしてミオは当直事務室の中へと入って行って、私は一人でティアナンの正面に座ることになった。
「それじゃティアナンさん、被害者との関係を聴かせてください」
「よくは知らない。ただの友人で......」
「ただの友人を、自分のアパートメントに連れ込むんですか? ご婦人なのに?」
もちろん、私もマカフリーの言うことをまるっと信じてるわけじゃない。でも、揺さぶりの材料にはこれで充分。
「ちゃーんと目撃者もいるんですよ?」
マカフリーだけど。
でも効果はてきめんだった。ティアナンはがっくりと肩を落として、ぽつぽつ話しだした。
「......イブリンとは、公立図書館で会ったんだ。しばらく一緒に本を読んで、その後呑みに行った......それがいつものパターンで。昨日の夜は......」
ティアナンはゆるゆると首を振って、沈み込んだ声で続けた。
「昨日の夜は、その後うちに一緒に帰って、もっと呑んだんだ」
「それで?」
「で......俺は酔いつぶれちゃった、みたい。起きた時にはもう、イブリンはいなかったんだ」
「目を覚ましたのはいつ頃でしたか?」
「真夜中辺りか......もっと遅かったかも」
「それを証明できる人は?」
「いや、いない......だから逃げたんだ。信じてくれないと思って」
「そりゃ白上たちからしたら、逃げられたら余計に信じにくくなりますよ? それとも、逃げ切れると思ってたんですか?」
「それはその......」
ティアナンが言い淀んだところでドアが開いて、ミオが取調室に入ってきた。ちょっと目を見交わすと、ミオは閉じたドアにもたれかかってティアナンに訊いた。
「自動車は持ってる、ティアナン?」
「いや」
「ふうん......ボックスレンチは?」
「仕事でよく使うよ。機械にピンが詰まっちゃった時とかに」
「凶器はボックスレンチだったんだよ。見つけたのはマカフリーのアパートメントだったけど、あんたの職場の備品だった」
ミオがドアからこっちにやってきて、机に両手をついてティアナンに文字通り迫って続けた。
「検屍官はさっき電話で、傷の形に一致するし、付着した血がサマーズさんと同じ血液型だって言ったんだよ」
「じゃあこうだね」
私はちょっと整理してやることにした。
「君は職場のレンチでイブリンを殴って、絞め殺した。その後凶器をマカフリーの家に置いておいた。白上たちが見つけて、マカフリーを犯人だと思うように」
「確かにマカフリーのアパートメントには行ったさ! あいつはその時屋上にいて......イブリンがその時本を盗ったんだ」
ティアナンはふっと鼻で嗤って続けた。
「戻ってきたマカフリーのキレっぷりと言ったら......あいつ、その時に言ったんだ。"人生の責め苦から解き放ってやろうか"って......実際にやりそうなぐらい怒ってたよ」
それはマカフリーの言とも一致する。
「とはいえ、最後にイブリンに会ったのはティアナン、君なんだよ?」
「だから、昨晩のことはよく覚えてないって。酔いつぶれて」
「いーや違うね。彼女と喧嘩したんでしょ?」
ミオが今度は、ティアナンの背後から両肩に手を置いて言った。
「喧嘩して、彼女を放り出したんでしょうが!」
「違う彼女は出て行ったんだそれだけだ!」
声を荒げてティアナンが吐き出すように反駁する。私はティアナンの方を見据えて、静かに告げた。
「酒屋さんが証言してます。"男の子"と喧嘩して、その仲直りの品にってイブリンがウイスキーを買って行ったって。どう考えてもマカフリーは"男の子"じゃないよね?」
「サマーズさんは戻ってきたんでしょ?」
ミオが低い声で耳元で訊くと、ティアナンは泣きそうな声で喋りはじめた。
「......愛してるって言ってくれたんだ。僕のこと、放っておけないって......でも彼女はマカフリーのことをずっとしゃべり続けるんだ! やれ"マカフリーは作家なの"、"マカフリーは英雄なの"、"マカフリーは年下の子のことを気に掛けるのよ"って! マカフリー、マカフリー、マカフリー!」
ガンっと結構な勢いでティアナンは額を机に打ち付けた。驚いたのか、ミオが一瞬身体を引く。
「......気が変になりそうだった」
「で、殺したの?」
「殺してたかもね」
私からの直截な質問に、ティアナンは何とも言えない、悲し気な笑みを浮かべて答えた。
「でも、その代わりに蹴りだしたんだ。彼女には寝るところもないってわかってたのに」
「そうですか......」
ちょっとミオの方に目をやると、ミオはさっと肩をすくめた。攻撃材料、なし。
「......最後にもう一つ訊かせてください。イブリンは指輪をしてましたか?」
「ああ、してたよ。黒い円盤に白い字でEって書いてるやつ。タイプライターのキーで作ったらしいけど。昔、映画会社に勤めてた時に小道具係から貰ったって言ってた」
「ありがとうございます」
「ねえ。その、僕の疑いは晴れたの?」
「いいえ全然」
立ち上がろうとするティアナンを抑え込みながら、ミオがそう答えた。
「まだまだ確認が必要だからね。ここで座って、おとなしく待ってること」