H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Studio Secretary Murder #12

 

 

「あれは本当っぽかったなあ」

 

 すっかり夕暮れになったころ、中央警察署二階の刑事部屋でミオがぽつりとそう言った。夕暮れ、といっても真夏のカリフォルニアじゃ時刻はもう夜だ。

 こんな時間でも刑事部屋には結構な数の刑事連がいるし、下の階はむしろ昼間よりも騒々しかったりする。

 

「なにが? ティアナンが殺してないって言うのが?」

「いや、覚えてないって言うの」

 

 ミオは自分の席から夜の1番街を見下ろして、相変わらず独り言みたいに続けた。

 

「殺したいほどイブリンに怒ってたのも、昨晩のことも覚えてないのも本当っぽい。あの怯え方は、演技だったらアカデミー賞(オスカー)ものだと思う」

「だとしても、ティアナンがシロってことにはならないよね?」

「ならないよ。動機があって凶器があって、機会もある。むしろ限りなくクロっぽいね。でも......」

「何か引っかかる?」

「引っかかるよ。マカフリーの方が」

 

 ミオはきぃっと音を立てて座りなおすと、主のいない一個前の席に前後逆に座っていた私の方に向き直った。

 

「マカフリーが証拠を持ったままの理由がないんだよ。ウチたちに見つけさせてティアナンに擦り付けようとしたって、公安課(レッド・スカッド)からマークされてることを考えれば、危なすぎる綱渡りだと思わない?」

「どうだろう。マカフリーは頭がいい、それは間違いないでしょ? 白上たちが"頭のいいやつが自分の証拠をいつまでも手許に置いとくわけがない。だからこれは他人の――ティアナンの――証拠に違いない"って考えるのを見越して、ティアナンに擦り付けようしてるのかもよ?」

「そうかも......でもわかんないのはもう一つあるんだ」

 

 ミオはデスクの上で頭を抱えてしまっていた。もっとも、私もそうしたい気分だったけど。

 

「ウチのカンが正しければ、"ティアナンに助けを請われた"ってマカフリーの証言は嘘。でもティアナンは、それを裏付けるような証言をしてて、そっちは本当っぽいんだよ......」

「ミオ、それはちょっと違うよ」

「ふえ?」

「ティアナンの証言で本当っぽいのは"殺してもおかしくないほど怒ってたこと"と"昨晩のことは覚えてないこと"だよ。マカフリーに助けを請うた云々の話は肯定も否定もしてない」

「......ってことは?」

「さあ?」

 

 私の返しにミオがガクッと崩れた。

 

「わからんのかい!」

「だって仕方ないじゃん! ティアナンが証拠をもってマカフリーの家に来て協力してほしいって言った、これは嘘。だとしても、ティアナンがマカフリーの家で目を覚ましたのは事実なんだよ? なんでティアナンはマカフリーの家に......」

「ああ、いたぞ」

 

 ラスティのがらがら声に反応して顔をあげると、刑事部屋にラスティと見覚えのない刑事が入ってくるところだった。

 

「こっちの黒い嬢ちゃんがオオカミ刑事だ」

「コンウェイ刑事、公安課(レッド・スカッド)。例のアカのファイルを持ってきたぞ」

「助かります」

 

 ミオが受け取ったファイルを開いて読み始める。一方コンウェイ刑事はラスティと一緒に立ち話を始めた。

 

「聞いたか、チャーリー。中国人どもが、俺たちが人道支援で送った食糧を横流しして金儲けしてるって話だ。ひでえ連中だぜ」

「その金で武器を買って、共産党との内戦に勝とうってわけだよ」

「そうなのか? それならいい」

「よくありませんよ」

 

 うっかり口を挟んじゃって、二人からにらまれた。でも、吐いた唾は飲み込めない。

 

「武器があっても、お腹が空いてたら軍隊は戦えませんから......このままじゃ、共産党の方が勝つんじゃないですか」

「口に気をつけな、お嬢ちゃん」

 

 ラスティが顔を顰めて言った。

 

「それともチャーリーに逮捕されたいのか?」

「いや、いや、ラスティ。実のところその通りなんだ」

 

 意外にも、公安課の刑事は首を振ってラスティを諫めた。

 

「飢えに苦しむ多くの民衆にとって、皇帝*1の言う"将来の豊かさ"よりも、共産党が保証する"明日の食糧"の方がずっと魅力的なんだ。一度は皇帝*2を放り出した国だからな、このままじゃもう一度放り出されることになりそうだ」

「チャーリー、意外だな。お前がアカに肩入れするとは」

「肩入れじゃないさ。連中はそんな風に飢えや貧しさに苦しむ民衆を味方に付けるのが、とても上手いんだ。それを正しく理解せずにアカを舐めてかかるやつは、公安課に向いてないな」

「フブキ、これ」

 

 男二人の議論が続く中で、ミオが私の方にファイルを差し出して言った。

 

「読む?」

「後で。かいつまんで説明してくれる?」

「うん。マカフリーは'41年に陸軍に入営してる。でも訓練期間中に女の人を殴って、危うく殺しそうになった。シラキューズ市警は殺人未遂で逮捕したけど憲兵隊(MP)に引き渡して、軍法会議はマカフリーの言い分を多少容れて加重暴行にした。陸軍監獄での拘禁刑を執行猶予されて、不名誉除隊になった。と、そんな感じみたいだね。あと万引きが一件、と」

「なるほどね......じゃ、そこをちょっと突っついてみる?」

「突っついてみよう......ありがとうございました、コンウェイ刑事」

 

 

 

 

 

「従軍してたんだってね?」

 

 階下の取調室2に戻るなり、マカフリーの正面に座ったミオがそう訊いた。私はこの場合の定位置、つまり閉じたドアにもたれかかって様子を見ている。

 

「ああ、したよ。戦争に行って、いろんなものを見た......あれは人を変えるな」

 

 マカフリーは椅子の背に持たれて、沈んだ声で答えた。

 

「ここに戻ってきて、変革の時だと思った。俺に必要だったのはペンと、発言の機会だった」

「前に前科のことを訊いたとき、」

 

 ミオは一瞬、ためを作った。ミオ自身はメモ帳を確認するように目を落としていたけど、私はマカフリーが身構えるのをはっきりと見た。

 

「あんたは公安事犯関連のことだけを言ったよね? 軽窃盗には触れなかった」

「暴力事犯は起こしてないからさ。つまらない軽犯罪はここでは関係ない。だろう?」

「いいや、起こしてる。あんたは暴力事犯を、それもご婦人に対する暴行を起こしてる。そうでしょ?」

「何を根拠に......」

「東海岸のことだからバレないと思った? でもね、アカ狩り部隊(レッド・スカッド)はアメリカ中から、時には世界中からファイルを集めるんだよ。あんたの事件について、シラキューズ市警のファイルも陸軍憲兵隊のファイルも、軍法会議の記録も全部手許にある。あんたは戦争に行ったことなんてない、基礎訓練が終わる前に馘になってるんだからね。あんたの人生は何もかも偽物なんだよ!」

「あいつは間抜けな、田舎者の売女だったんだよ!」

 

 マカフリーがほとんど立ち上がらんばかりになって怒鳴った。

 

「あいつは俺の財布を盗もうとしたんだ! 俺は祖国に尽くそうと従軍した身だったんだぞ! 俺は......」

「それで虫の息になるまで殴った。危うくバカな田舎女に出し抜かれるところで、あんたはそれが許せなかったから。そうでしょうが!」

 

 ミオはそう言いながら立ちあがると、マカフリーを突き飛ばすようにして椅子に戻した。

 マカフリーは背もたれに打ちつけられて一瞬黙ってけど、すぐに立て直して続けた。

 

「阿呆な淫売女の、ずさんな仕業だった。それを見た男にどうしろって言うんだ? 座ってただ見ていろとでも!? 黙って財布を盗られるのが男らしいと......」

「そしてイブリン・サマーズ――貧しい呑んだくれの底辺――が、今度はあんたの本を盗った......」

「だから当然の報いを受けたんだろうよ!」

「この......!」

 

 ほとんど自白したようなもんだった。それでも私には一つ確認しときたいことがあって、いまや牙を剥いているミオの肩をつかむと、ゆっくり椅子に戻してからマカフリーに訊いた。

 

「最後に一つ訊いてもいいですか、マカフリー?」

「なんだよ!?」

「手紙です。ティアナンはあなたに見せられた証拠品として、手紙を挙げませんでした......ひょっとしてですけど、あの証拠品は誰か他の人があなたの家に置いて行ったものだった。違いますか?」

「......」

 

 妙に長い沈黙があった。さっきまで怒り狂ってたんだから、それを落ち着けるため、とも取れたけど。

 

「......いや、違うね。小説家に転向した方が良いんじゃないかな、刑事さん?」

「そうですか......グローブナー・マカフリー、イブリン・サマーズに対する第一級殺人で告訴します」

 

 

 

 

 

「おめでとう、お嬢さん方。いい仕事だった」

 

 取調室2から出ると、観察窓から事の次第を窺っていたらしいドネリー警部が声をかけてきた。

 

「また一人、アカを街から排除した。素晴らしい」

 

 やっぱり。上機嫌の原因はそれだったか。

 

「これでもう、連続殺人云々という考えで君たちを惑わせる理由は無くなったな?」

「それは......」

 

 違う、と言い返そうとしたけど、警部はさっと手を上げて私を遮って続けた。

 

「この怪物、マカフリーにはなんら同情できる点が見いだせなかっただろう? それは大陪審にも同じだろう。これ以上ない"被疑者"はどこにも望めまいよ」

 

The Studio Secretary Murder -Case Close-

 

 

 

 

 

「ねえ、ミオ」

 

 二人分の捜査報告書を警部に提出して、デスクで帰り支度をしているミオのところに歩み寄って声をかけた。

 

「明日って、二人ともお休みだよね?」

「そうだよ?」

「その......白上のワガママにちょーっと付き合ってくれる気は、あるかい?」

「いいよ、フブキ」

 

 即答だった。ミオは卓上灯を消して手提げ鞄をもって立ち上がると、にっこり笑って言った。

 

「警部が何と言おうと、気になるもんは気になるもんね?」

 

 ワガママの内容まですっかりお見通しみたいだ。やっぱりミオには敵わない。

 でも、それを表に出しちゃ面白くないから、私はミオに笑い返してこう言うに留めた。

 

「そうこなくっちゃ」

 

 

 

*1
袁世凱のこと

*2
こちらは宣統帝のこと


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