「お前たち、フレディ・カルフーンは知ってるか?」
書記に呼び出されたあたしと獅白が署長室に入ると、ハリウッド警察署の署長と風紀課主任を兼任するアーチボルト・コルミャー警部補が、書類
あたしにはまるでピンとこない名前だったけど、獅白は即答した。
「ええ、知ってますよ」
「フレディは街から出る金が要るそうだ。で、デカい麻薬密売組織についてタレこむ用意があるんだと」
「それで、いくら要るって言ってんですか?」
「50ドル」
「自腹ですか......?」
これはあたしからだ。二人で折半するにしても、二十五の出費はフツーに痛い。
目当ての書類を見つけたらしい警部補は、こっちを振り返って厳しい顔で言った。
「捜査経費として請求すればいいだろ。ヤツはハリウッド
「マイク・ライモンズ・グリル。ここだね」
ハリウッド
捜査用車、と言ってもこのキャデラック61型セダンは獅白の私物だ。型落ちの42年式とはいえ、前に乗ってたシボレーを下取りに出しても結構かかったんじゃないかと思う。
口角泡を飛ばしてどっちがどれだけ金を出すか議論した結果、あたしが二十、獅白が三十で落ち着いた。
たぶん、前に言ってたようにやりくり上手で懐に余裕があるってだけなんだろうけど、どうしても疑いの目を向けたくなってしまう。なんせここは所属員の半数は汚職していると悪名高い
十時過ぎのグリル・バーにもちらほらお客はいて、遅めの朝食に卵やベーコンやソーセージをつついている。獅白はそんなお客たちの中を迷うことなく奥に進んで、青いシャツの男がいるボックス席にするっと滑り込んだ。
「や、フレディ。元気?」
「金は持ってきたのか?」
青シャツの男、フレディ・カルフーンは煙草を頻繁に吹かしながら、落ち着かない様子で言った。目があっちにこっちに泳ぎまくってんなこいつ。
「二十ならあるぜ、ほら」
あたしがそう言って、
「二十!? 俺は......」
「大麻のこと、フレディ」
獅白が口調だけは穏やかに圧をかける中、あたしはカルフーンの横にドスンと座り込んで逃げ道を塞いだ。カルフーンはあたしにちらっと目を向けると、獅白の方に向かって訊いた。
「こいつは誰だ?」
「あたしとおんなじ、善きサマリア人だよ。それより、質問に答えな」
「......ハッパはティフアナから来てる。週に
「フレディ、あんた今なんかキメてんのか?」
50ポンドは流石に多すぎる。ガセネタじゃないかと思って突っ込んでみると、フレディはこっちに向いて言った。その目つきは素面のように見える。
「北ラス・パルマス通り1452番地だ。そこに貯め込んでる」
「名前は?」
「
にんまりとした笑顔を獅白に、ついであたしに向けてから、カルフーンは続けた。
「ヤツは銃が好きなんだ」
「一応言っとくけど、ちゃんとバス代に使いなよ」
獅白はそう言いながらウェストコートのポケットから10ドル札を三枚出してテーブルに置くと、立ち上がりながら言い置いた。
「あんたの名前は
「大麻50ポンドか。狂ってやがる」
キャデラックの助手席に戻ってそう呟くと、運転席でエンジンをかけてギアを入れた――これまたゼネラル・モーターズご自慢のオプション装備、
「まあね。あいつは次の大麻煙草のためなら妹でも売っ払っちゃうくらい薬中だけど......」
「本当に売っ払ったのか?」
「物の喩えだよ。あたし、あいつに妹がいるかどうかも知らないんだよ?」
「そっか。すまん」
「とにかく、そんだけ麻薬には詳しいんだから、信憑性はあると思うよ。素面だったみたいだし」
ただ、あの50ドルはハッパ代行きだろうけどね、って付け加えて、獅白は捜査用車を出した。
ラス・パルマス通り1452番地は平屋建ての一般住宅だった。玄関の両脇に両開きの窓があって、どちらも大きく開け放されている。庭先には地味な47年式フォード・デラックスが駐まっていた。
捜査用車をお隣の1450番地の前に駐めると、あたしたちは連れだって1452番地へと向かった。
庭と表通りを仕切っている肩くらいの高さのモルタル塀に沿って歩いていると、あたしの耳が家の方から奇妙な音がしたのをとらえた。チキッ、ピーンって感じの、留め金を外してバネを解放したような、そんな音だった。途端に、
「伏せて、おまるん!」
獅白がそう叫んで、あたしの腰にタックルをかました。
問答無用で歩道に倒れ込んだ途端に、
――ドガガガガガガ!
すさまじく連続した銃声が響いて、モルタルの塀から砕けたセメントの粉が飛び散った。
「うえぇ! なんだこれ!?」
「
歩道に倒れ込んだまま狼狽えるあたしとは対照的に、獅白はしゃがみこんで塀に身を隠したまま冷静に呟いた。
いつのまに抜いたのか、その手にはもう38口径
「......おまるん、捜査用車の方に戻って。無線で応援を呼んできて」
「わかった」
「それと、また裏口お願いしてもいい?」
「裏口?......ああ」
以前バンカーヒルで発生した射撃事案の時に、巡査連と獅白が表に犯人を釘づけにして、あたしが裏口から押し入って
「いいけど。下手打ってハチの巣にされちまうんじゃねーぞ」
「へっ、あたしがハチの巣にされるくらいなら、おまるんは30秒も保たずに挽き肉だよ」
言うなり獅白は相手が弾倉を交換するスキをついて立ちあがると、38スペシャル弾を撃ち込んだ。その間に中腰のあたしが一気に捜査用車の方まで駆け抜ける。
路肩のキャデラックは、家の横手の分厚いコンクリの壁で遮蔽されていた。助手席のドアを引き開けて、送話器をとる。
「至急至急、5キング44からKGPL」
「至急至急、5キング44、
「5K44、応援を派遣願います。重武装の被疑者が......二名」
トミーガンの銃声が二重になっていた。こっちからは見えないけど、あたしが抜けてから向こうはもう一人追加されたらしい。獅白はモルタル塀の陰で、油断ない顔で相手のスキを窺っている。
「警官が銃撃を受けています。場所、北ラス・パルマス通り1452番地、北ラス・パルマス1452です。至急応援を派遣願います」
「KGPL了解。KGPLから各局、5K44号車から応援要請......」
無線はこれでいい。あたしはどんな時でも頼りになる――そして往々にして二目と見られない死体を作り出す――