H.L. Noire   作:Marshal. K

125 / 250
Reefer Madness #9 ~Interval~

 

 

「閉まってるな」

 

 あたしはマッサンケイ金属会社の正門に手をかけて言った。金網のゲートは施錠されていて、揺すってもガシャガシャ音を立てるだけで開く気配はない。

 

「無理もないよ、こんなじゃね」

 

 獅白がゲートの奥の社屋に目をやってそう言った。

 鉄筋コンクリートの大きな建物はすっかり朽ちていて、当時はおしゃれだったんだろうガラス窓がバリバリに割れている。"マッサンケイ金属加工(メタル・ファンドリー)"って看板が掲げられた下の正面玄関は、羽目板が何重にも打ち付けられてて人が通れる隙間はなさそうだ。

 

「どうする、裏に回ってみっか」

「そうしょっか」

 

 会社の周りをぐるっと囲ってる煉瓦塀はかなり背が高いうえに、その上に有刺鉄線が張ってあった。乗り越えて入るのは、あたしたち獣人でも不可能だ。服と肌がズタズタになるのを気にしないなら、できなくはないけども。

 そうして塀を伝って裏に回って行く途中で、獅白が急に立ち止まった。

 

「うおっ、どうした」

「おまるん、あそこ」

 

 獅白の指を目で追うと、丁度良く有刺鉄線の破れてる箇所があった。この暗い路地でよく見つけたな、こいつ。

 

「しかも真下には誂えたようにゴミ箱があるな......ワナか?」

「かもね?」

 

 ゴミ箱を踏むと警報ベルが鳴る......なんてことはなく、あたしたちは無事にマッサンケイの敷地内に侵入を果たした。

 

「なんもねーじゃねえか!」

「ワナか?って言ったのおまるんじゃん......ところで、聞こえてる?」

「ああ」

 

 おふざけスイッチをカチリと切って、あたしはそう応じた。建物の裏手の方から、男たちの話し声が聞こえてきてるんだ。

 

「やっぱここが拠点っぽいな」

「みたいだね。おまるん、先行って」

「わかった」

 

 背が高い獅白のカバーを受けるいつものスタイルで、あたしたちは裏手の方に進んで行った。

 建物の裏には裏門があって、その正面に搬出入口みたいなところがあった。話し声はそこの、半開きになった扉から漏れてきている。

 

「......男が三人、か?」

「いや......喋ってないだけでもう一人いるっぽいよ」

「なんでわかんだよ」

「息する音が聞こえるからね」

 

 こいつの耳どうなってんだ。

 

「じゃ、おまるん」

「おっけ......ロス市警(LAPD)だ!」

 

 あたしは扉から中に躍り込んで叫んだ。

 

「全員その場から動くうわぁ!」

 

 口上は途中で悲鳴に代わって、あたしは慌てて目の前にあった加工機械の陰に走り込んだ。さっきまであたしがいた場所に銃弾が二発着弾する。直後に背後から銃声がして、つまり獅白が発砲して四人の内の一人を撃ち倒した。

 

「他の三人は逃げたね。行くよ、おまるん!」

 

 作業場に駆け込んできた獅白がそう言って、あたしに先に行くように促した。

 

「ちゃんと背中は守ってくれよ?」

「もちろん。じゃないと、一人じゃ流石にあたしもハチの巣だろうしね」

「心にもない事言うな」

「結構本気だよ?」

 

 奥に見える階段室のドアの方に向かいながら、あたしはため息をついて返した。

 

「そのニヤニヤ顔を何とかしてからそう言えよ!」

 

 

 

 

 

 三十分くらい経ってから、あたしたちは二階上の社長室のドアの前に何とかたどり着いた。

 あたしは肩で息をつきつつ、下で獅白が冗談交じりに言った"一人じゃハチの巣"も意外と間違ってなかったな、とぼうっと思った。

 マッサンケイのゴロツキどもはスープ工場の連中とは比較にならないくらい手ごわかった。しかも巡査連の応援はないわけだし。一発も喰らわなかったのは奇跡のようにも思える。

 いまやあたしも獅白も埃と油で身体中ベトベトだった。獅白の顔からも、最初にあった余裕そうな笑みが消えている。あたしみたいに肩で息してはなかったけども。

 

「さ、おまるん。これで終わりっぽいよ」

「だといいけどな」

 

 獅白の軽口――かなり久しぶりに聞いた気がする――に短く応じると、あたしは社長室のドアを蹴破って、ゴロツキの一人から略奪したM12散弾銃(ウィンチェスター)を手早く構え直して叫んだ。

 

ロス市警(LAPD)だ! そこから動くな!」

 

 室内には濃紺の背広に身を包んだ男が一人いるだけだった。

 獅白が後から室内に入ってくると、構えていたM1短機関銃(トミーガン)――これもゴロツキから奪ったやつだ――を下ろして呟くように言った。

 

「......ヴィクター・サンダース」

「おや、私をご存知かね、お嬢さん」

「ええ。ロイのお顧客(とくい)さん、でしょ?」

「......ははあ、なるほど。前にロイが言ってた"興味深いヤツ"というのは、君のことかな?」

「多分ね」

「ちょ、ちょっと待て。獅白、お前の知り合い?」

 

 置いてけぼりなのはあたし一人らしい。ウィンチェスターを構えたまま訊くと、獅白はちょっと肩をすくめて答えた。

 

「あたしじゃなくて、ロイのね」

「ロイと私は長年の付き合いなんだよ、犬のお嬢さん」

「黙れ」

 

 銃口を突き付けるようにして、あたしはサンダースに迫った。

 

「あんたを逮捕する。両手を後ろに回せ」

「私を? 無駄だと思うがね」

「無駄だと思うよ、おまるん」

 

 サンダースは獅白のほうに軽く頷くと、あたしに向かってとうとうと続けた。

 

「彼女はわかっておるようだね。私は今まで風紀課と組んでいろんな仕事をしてきたが......私が公式に関与したものは一つもない。証拠は無くなる。証人は失踪する......そして警官は忘れる。何一つ残らんよ」

「うっせえ! いいからとっとと後ろを向くんだよ」

 

 あたしはウィンチェスターをサンダースの腹に食い込ませて、ほとんど喚くように言った。

 

「あんたが誰で、誰にコネがあるのかとか、そんなのは関係ねえ。あんたはここに居て、麻薬組織のボスで、たぶん税関まで抱き込んでとんでもねえ量の乾燥大麻(マリファナ)を売りさばいてた。だからあたしはあんたを捕まえる。絶対にだ」

「やれやれ......そっちのお嬢さん、自分の相方を止めなくてもいいのかね?」

「......ロイにも彼なりの正義があるように、あたしにもあたしなりの正義があってさ」

 

 獅白がずっと寄り掛かってた壁から腰を浮かせて、ウェストコートの下から手錠を抜き出しながら続けた。

 

「自分の同期が、まさにそいつ自身の正義を果たそうとしてるって時にそれを邪魔するのは、そう、あたしの正義に著しく反する。かな」

「そうか」

 

 サンダースは獅白が手錠をかける間、つかの間黙った。

 

「......若干失望したよ」

「ご自由にどうぞ。あたしは別に、あんたやロイや、その他諸々とべったりになりたいわけじゃないから」

「それとな、サンダース。ポルカは犬じゃなくてフェネックだから」

「それ大事なこと?」

「それは大事なことなのかね?」

「おい! そんなところで意見を一致させんな!」

 

 

 

 

 

「風紀課の仕事ってのは、そうそう感謝されることは無いが」

 

 正門の前に駐めっぱなしだったキャデラックのところに戻ると、そのボンネットに腰かけていたコルミャー警部補が立ち上がって、あたしたちに言った。

 

「市警のお偉方、父親、母親、その他の市民たちに代わって、君たちのことを誉めようと思う。大麻は毒だ。しかも安い。子供たちを蝕むには充分な程にな」

「サンダースはどうするんですか、主任」

 

 あたしは警部補の目を真っすぐに覗き込みながら、そう訊いた。警部補はしばしこっちを見返してから、すっと視線を切って言った。

 

「サンダースは私が扱う。彼のことは、」

 

 あたしが一歩踏み出すと、コルミャー警部補はさっと掌をこっちに向けてあたしを制して続けた。

 

「局長が直々に面倒を見るだろう」

「サンダースは、出廷するんですか?」

 

 それを無視してあたしが訊くと、警部補はしかめっ面で返した。

 

「あのな、オマル刑事。私はお前の大金星を誉めてやってるんだ。それでよしとすることだな。サンダースはもう、お前の関われるところじゃなくなった」

 

 そうして"話は終わりだ"とばかりに背を向けて歩き去ってしまった。

 

「......ほらね、言ったでしょ」

 

 獅白が背後から静かに言った。

 

「サンダースが自分で言ってたけど、あいつが関わってた証拠は何一つ残んないよ」

「......まあ、それでもいいさ。なんか、うまく言葉にはできねえけど......あそこで手錠をかけないって選択肢は、あたしにはなかったからさ」

「じゃ、あたしがどうこう言えることじゃないね」

「さんきゅ」

「ん......」

 

 獅白は珍しく茶化さずに短く返すと、キャデラックの助手席のドアを引き開けて言った。

 

「乗ってきなよ。家まで送ってくよ」

 

Reefer Madness -Case Close-

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりか」

 

 数日後、あたしはハリウッド警察署の一階で、掲示板を見ながらそうボヤいた。

 

 

――ロサンゼルス市警察局

  警察局長 ウィリアム・B・ウォーレル 署名の名において、以下の通り辞令を発する。

 

  尾丸ポルカ刑事、刑事部保安風紀課

  火災犯課附きを命ずる。

 

  警察本部人事課長

  警部

  マサイアス・マクモリソン 署名――

 

 

「半月足らずで戻っちゃったら、マッケルティ警部がカンカンに怒りそうだ」

 

 自分の課が流刑地扱いされるのが大嫌いなマッケルティ警部のことだ。きっと散々怒鳴り散らされるだろう。でも、発令されちゃった以上、この辞令をどうこうすることはもうできない。

 とはいえ、あたしも特に悔いがあるわけじゃない。せいせいしてるくらいだ。

 

「......さて、コルミャー警部補のとこに行って、自分宛の辞令を受け取らなきゃな」

 

 あたしは左遷を言い渡される警察官にしては妙に軽い感じの足取りで、二階の署長室に歩を進めた。

 

 

 

 

 

「失礼、ロス市警の尾丸刑事?」

 

 私物をウィルシェア署の火災犯課の事務室に移したり、想像通りマッケルティ警部に怒鳴られたりと忙しい一日を終えて家に帰ると、アパートメントの玄関口でそう声をかけられた。女性の声だ。

 

「そうだけど。誰?」

「不知火、地方検事局(LADA)

 

 玄関口脇の路地の暗がりから進み出てきたのは、多少面識がある程度の検察捜査官だった。夏場にはポニー・テイルにしてた見事なブロンドの長髪を、いまは腰のあたりまでゆったりと垂らしている。

 

「えーっと......確かピーターセン検事補の捜査官、だっけか」

「そうだよ」

「んで? その検察捜査官様が、島流しになった刑事に何の用です?」

「島流しになったわけだし、転職を考えてるんじゃないかと思ってさ」

「え......」

 

 予想外の返しを受けて固まったあたしに、捜査官はその名前を体現するような、燃えるような赤い視線をまっすぐに向けて言った。

 

「あたしの捜査官補とか、興味ない?」

 

 

 




繰り返しになりますが、このお話は本編時間軸よりも後の事件です。なので、本編でフブミオコンビが風紀課に異動したときには、おまるんは風紀課員として登場します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。