H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Quarter Moon Murders

 

 

「オオカミ刑事!」

 

 フレミングス人材派遣会社(スタッフィング・エージェンシー)が入居している7番街とホープ通りの角のオフィス・ビルから出たところで、制服巡査がそう声をかけてきた。ウチはそっちに向き直って応じる。

 

「なあに? えっと......」

「ケラー巡査です。無線が呼んでます。ドネリー警部が、直ちに中央署に向かうように伝達しろと」

「わかった。ありがとう、巡査......ウチたち、お休みなんだけどなあ」

 

 ケラー巡査が、ホープ通りに停めた彼のパトカーの方に戻っていくのを眺めながらボヤくようにそう言うと、フブキが小さく溜め息を吐きつつ妥当な範囲の答えを返してきた。

 

「急用なんじゃないかな。白上とミオと、両方の家に電話して誰も出なかったから、無線で"指名手配"をかけたんじゃない?」

「たぶんそうだろうけど......それじゃ、続きはまた今度かな」

「そうだね。あんまり課長を待たせちゃまずいし」

 

 フブキはそう言って、ちょうど通りかかったタクシーの方に手を振った。

 

 

 

 

 

「85セントです」

「じゃ、これで。お釣りは結構です」

 

 タクシーの運転手さんにかなり急いでもらって、中央警察署には10分ちょっとで到着した。迷った末に5ドル札で――特急料金とチップ込みで――払うことにして、フブキに続いてタクシーから飛び降りた。

 午前中からもう殺人的になりつつある太陽から逃げるように涼しい庁舎の中に入ると、フライシャー警部補が自分のデスクから声をかけてきた。

 

「ああ、お二人さん。警部は下だ、鑑識課にいる」

「ありがとうございます」

 

 警部補はすぐに外来受付に戻っちゃったから、とりあえずお礼を言っといてそのまま署の奥に向かっていく。

 ウチたちが非番でも、警察署に定休日とかはない。いつもと変わらず混んだ署内を抜けて地下に降りると、そこは上階の混雑が嘘みたいに閑散としていた。地下にあるものと言えば鑑識課の他はボイラー室、武器庫、ロッカー室くらいのもので、要するにこの時間帯には用がないところばっかりだから、まあ当然ではあるけど。

 フブキと連れ立って鑑識課の実験室に入って行くと、実験台の一つの前に立っていたドネリー警部が手招きして言った。

 

「お嬢さん方、非番に呼び出して申し訳ないね。だが、」

 

 ピッと指を一本立てて続ける。

 

「問題が一つ。イグザミナーが新たな手紙を受け取った」

 

 実験台を囲むのは警部の他に、ピンカー技師、ラスティ、そしてフィニス・ブラウン部長刑事。いつかと全く同じ面子だ。

 

「見せてもらってもいいですか?」

「ああ、これだ」

 

 レイがフブキに応じて、金属製のトレイを実験台の上に置いた。

 

「以前と同じようにガソリンで洗浄してあって、指紋の類は全然ダメだった」

 

 トレイに置いてあったのは封筒と便箋、そして赤い冊子だった。フブキが封筒を手に取る。ウチも肩越しにその封筒を覗き込んだ。20セントの切手が貼ってあって、消印と、料金不足のスタンプが押してある。不足分の5セントはイグザミナーが払ったんだろうか。

 そして表書きは前に見たのと同じように、新聞の題字を切り張りしたものだった。

 

 

――cunT BD  おレが どこニ 隠れてィるか 見ッけてみロ――

 

 

「このメッセージは、ここに居る人間――と、カラザース――を除けば殺人犯本人しか知らないはずだ」

「わかりませんよ、課長(スキッパー)。カラザースの助手が誰かに漏らしたかもしれません」

 

 警部の言葉にラスティが言い返した。たぶん、昨日カラザース検屍官が馘にしたっていう"ジェイミソンの友人"を念頭に置いての発言なんだろうけど、マルがこの場に居たら機嫌を悪くしそうな物言いだ。

 

「で、こっちの便箋が封筒の中身ですか」

「ああ。それとそっちの赤い冊子もな」

 

 フブキが便箋を手に取って広げる。タイプライターで文章が五行、打ってあった。

 

「......これもシェリーからの引用ですね」

「こっちもシェリーだよ、フブキ」

 

 ウチは赤い冊子を手に取って言った。表紙には"パーシー・ビッシュ・シェリー詩集"とある。

 

「何にしても、送り主がテレサ・タラルドセンの殺害犯だって可能性は高いだろうな。そして多分、ダリア事件の犯人でもある」

「私もそう思う。マルもだ」

 

 ブラウン部長刑事にレイが応じた。

 

「だが、だとしてどうする?」

 

 その二人を遮るように、ドネリー警部が言った。

 

「仮にこれがダリア殺害犯で、タラルドセン事件にも関わっていたとしよう。モラーの件は一旦置いておくぞ」

 

 ウチが口を挟みそうになったのを鋭く察して、こっちも遮って警部は続けた。

 

「五つの事件で、我々は首尾よく五人の"犯人"を捕まえた。迷宮入りは無しだ。この変態犯罪者を捕らえずに彼らを全員釈放するとなったら、市警は大変なことになる。上から下まで首が総とっかえだ。当然その"下"にはお前さんたちも入ってるんだぞ、お嬢さん方」

「"我はその身を広場の噴水に隠しけり"......」

「気に入ったのか、それが?」

 

 フブキが便箋にタイプされた詩文の、気になるらしい部分をぶつぶつ呟いていると、ラスティから茶々が入った。フブキはそれに短く返す。

 

寓意(アレゴリー)ですよ、ラスティ」

「アレ......何?」

「詩の技法の一つです、警部」

 

 フブキに気を使ってくれたのか、レイが警部に――それとたぶん、さっぱりわかんない顔をしてるウチと部長刑事にも――解説をしてくれた。

 

「抽象的な言い回しから、具体的な内容を仄めかすんです......だが、それは何を意味してるんだ?」

 

 後半はフブキに向けての問いかけだ。

 

「挑発、ですよね。自分は警察よりもずっと賢くて教養があると見せつけたい。でも......"広場(パブリック・スクエア)の噴水"......こんな簡単な答えでいいのかな......?」

「ウチには全然わかんないんだけど」

「パーシング公園(スクエア)の噴水だよ、ミオ」

 

 フブキは便箋をトレイに戻すと、ドアの方に手を振って言った。

 

「行こう、ミオ。たぶん、そこに何かしらあるはず。失礼します、警部」

「ああ、気をつけなよお二人さん」

 

 出ていくウチたちに、警部ではなくレイがそう返してきた。

 

「これは"ヤツの"ゲームだ。あんたらはただのプレイヤーだからな。用心するに越したことはない」

 

 

 

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