H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Quarter Moon Murders #2

 

 

「やっぱり登るしかないか......」

 

 11時前のパーシング公園。その中央に位置する噴水を見上げながら、私は期待と、ちょっとの諦念を込めて呟いた。

 

「それしかない......みたいだね」

 

 ミオも私と同じような口調で返してくる。

 二人で噴水の周りをぐるっと一周したところだった。一番下の水盤の中にトレビの泉よろしく何かが置かれてないか目を光らせたけれど、収穫はゼロ。この噴水に何かあるとしたら、後は水が湧きだす水瓶を支えている四人のコンクリート製智天使(ケルブ)と、彼らを支える台座だけだ。びしょ濡れになるのは避けられそうにない。

 

「うーん......ミオ、公園の周りをぐるっと回ってきてくれる? で、徒歩でも自動車でもいいから警邏中の制服を一人、捕まえてきて」

「わかった」

 

 ミオはヒル通りの方に軽く駆けて行った。

 私は噴水の周りをうろうろしながら人目を引かずに――そして服を濡らさずに――登る方法を考えていたけど、結局妙案は一つも出なかった。

 水を止めてもらうのが一番合理的なんだけど、園内に管理事務所の類がない以上、市の公園部に頼んで職員をよこしてもらうしかない。それにはたぶん、かなりの時間がかかる。

 

「となると、やっぱり今登るしかないんだよなあ......あ、ミオ。おかえり。早かったね?」

 

 ミオが思ったよりも早く、制服巡査を一人引き連れて戻ってきた。見覚えのない顔だ。

 

「ただいま。ちょうど6番街の徒歩警官(ビート・コップ)がそこの角で休憩してたんだよ、助かった」

「そっか。巡査、名前は?」

「ターナー巡査、中央署(セントラル・ディビジョン)です。私は何をすれば?」

「じゃあターナー巡査、今から白上がこの噴水に登るから、君はここでそれを見てて」

「見てるだけですか?」

「そうだよ?......一応聞くけど、ここにいる市民の皆さんが、」

 

 午前中とは言え、すでに噴水のある広場には結構な人出があった。散歩してる人、ベンチで休憩してる人、井戸端会議をしてる人等々。今日は暑い日だから、涼し気な噴水周りは人気だ。

 

「獣人の女の子が急に噴水によじ登るのを目撃したとして、どういう行動をとると思う?」

「あー......警察に通報かと」

「もっとダイレクトに、フブキの足をつかんで引きずり降ろそうとするかもね」

 

 ミオがそう付け加えた。もっとも、ターナー巡査も言葉を選んで返答したみたいだったから、その可能性は頭に置いてあったと思うけど。

 

「さっきのミオみたいに、徒歩警官かパトカーを探しに行くっていうのもあるよね。でもその場に制服がいて、それをただ見てるだけだったら?」

「手出しはしないと思います」

「そう言うこと。じゃ、もし何か言ってくる人がいたら、ミオと一緒に対応お願いね」

「了解」

 

 そうして二人にくるっと背を向けると、私は噴水との距離と彫像の高さを大雑把に目算してから思いっきり跳躍した。10フィートは飛びあがって花壇と水盤を飛び越し、智天使の彫像に抱きつくようにして着地する。台座に両足が付いた瞬間バシャーンと大きな音がして、高々と水が飛んだ。

 

「うひゃっ!」

「フブキ、大丈夫!?」

「大丈夫!」

 

 噴水の下から心配そうに声をかけてくるミオにそう返すと、私は智天使たちの足元に目をやった。

 彼らの足場は台座の他の部分よりちょっと高くなっている。そして、さっき着地する直前にそこに何か置かれているのが目に入ったんだ。

 

「これは......社会保障カード?」

 

 

――社会保障制度識別番号票

 

  社会保障番号:078-05-1120*1

      氏名:エリザベス・ショート 署名

 

  本票は社会保障制度の為のものであり、公の身分証明には使用不可――

 

 

 ブラック・ダリア事件の被害者、エリザベス・ショートの社会保障カードだった。

 ざあっと私の背中を悪寒が走った。本当に、推論ではなく本当に、これはダリア事件の犯人によるものみたいだ。

 

「フブキ? フブキー!?」

 

 しばらく固まっていた私を心配してか、ミオが下から声をかけてくる。

 

「すぐ戻るよ!」

 

 そう返事をすると社会保障カードと、その横に置いてあった便箋をつかんで、噴水から飛び降りた。

 

「よっと」

「フブキ、それは?」

「次の便箋と、ベッティ・ショートの社会保障カード」

 

 ミオが息を呑むのをよそに、私は便箋を広げて中身を読んだ。

 

「......これも手打ち(ハンド・タイプ)だね。"そこに(うろ)あり、地を這い繁る青く匂い立つ草花が、その陽を遮り"......」

「それもシェリー?」

「そうだね。また"プロメテウス"からだよ」

 

 私が手渡した社会保障カードを見つめるミオと、明らかに困惑した表情のターナー巡査をほったらかしにして、私は手近のベンチに座り込んだ。

 

「"そこに洞あり"......"地を這い繁る草花が"......"その陽を遮り"......」

「じゃあ次は、どこかの洞穴ってこと?」

「ううん、そこは重要じゃないと思う」

 

 ミオの方に便箋を振って続ける。

 

「あくまで比喩だからね......"地を這い繁る"......ってことは、縦穴の上に植物が生い茂ってるってことかな?」

「縦穴ねえ......比喩なんでしょ? ウチは吹き抜けのホールとかに入ると、おっきな洞窟に入ったような気分になるけど......ひゃっ!?」

 

 私は興奮のあまりベンチから飛び上がって、ミオの肩を思いっきりつかんで揺さぶりまわした。

 

「それだよミオ、それだ!」

「痛い痛い、痛いってば、フブキ!」

「ご、ごめん......」

「んで、どこなの?」

公文書館(ホール・オブ・レコード)だよ」

 

 淡い緑色の光に照らされた、吹き抜けの玄関ホール(ホワイエ)を思い出しながら続ける。

 

「あそこのホールは天井にアール・デコ調のステンド・グラスがあるんだ。まさに"繁る草花"の、ね」

「なるほど。じゃ、公文書館に......行く前に、いったんうちに寄ろうか」

「なんでさ?」

「だってフブキ、びしょびしょじゃん。早く着替えないと、風邪ひいちゃうよ」

「へっ?」

 

 慌てて自分の服を確認する。そういえば捜し物を見つけた興奮で、服を絞ったりするのを忘れていた。今も上衣(チュニック)やスカートの裾からぽたぽた滴が垂れているし、しっぽもすっかりしぼんで細くなって、これじゃまるで猫みたいだ。

 

「違わい、キツネじゃい!」

「誰にツッコんでるんだよ!?」

 

 

 

*1
有名な、"無効な社会保障番号"。諸事情で全米に知れ渡ってしまい、裁判所が無効判決を出した初めての社会保障番号として知られている

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