「さてと......」
フブキが
時刻は11時半を回ったところ。うちに帰ってきちゃったから、ついでに早めのお昼ご飯を食べようって魂胆だ。それに、フブキがかなり寒そうにしてたから、できれば暖かいものがいい。
八月の半ばで真夏日和な今日だけど、カリフォルニアは乾燥してるからびしょ濡れのまま――二人分のハンドタオルでできるだけふき取りはしたけど――出歩けば、容赦なく熱を奪われて体感温度はかなり下がる。本人は"大丈夫だよ~"なーんて言ってはいたけど、そんなわけあるか。
「と言っても、これを食べちゃうと晩御飯無くなっちゃうからなあ」
コンロの上のお鍋には今朝下準備をしたハッシュドビーフ――に、なる予定のもの――があるけど、どのみち今から煮込んでも時間が掛かっちゃう。
「そうすると、選択肢はこれぐらいしかないか......」
ウチは戸棚を開けて、缶詰を引っ張り出した。2年前までは糧食係軍曹として頻繁に目に、そして口にしていたパーネルズ・スープ会社のビシソワーズ缶だ。棚の中にはミネストローネの缶もある。
「これをあっためて......確か冷蔵庫にコールスローの残りがまだあったはず......」
「......これからどうなるんだろう?」
フブキがふと、ポテトスープを口に運ぶ手を止めてぼそっと呟いた。
ちょうどその時、ウチは難しい顔をしてスープ皿を睨みつけていたところだった。
別にスープが不味いわけじゃなくて、むしろ前線基地で糧食班が大鍋を掻きまわしていたころと全然変わらない味だった。ただそれだけにちょっと、思い出したくないことまで色々思い出しかかって、"スープ皿に盛れば多少はマシかな?"なんて自分の浅はかな考えを呪っていたところだったんだけど。
「......何が?」
「白上たち」
フブキは本格的にスプーンを置くと、開けっ放しの窓の外に目をやった。ちょっと覗き込むと、フブキのスープ皿はもうほとんど空だった。相変わらず食べるのはえーな、こいつ。
「5人も誤認逮捕しといて、ダリアの犯人の逮捕だけで本当に許されるのかな?」
その口調はほとんど、"許されていいのかな?"って言ってるようなものだった。たぶん、そっちが本音と言うか、フブキの言いたいことなんだろうけど。
「......たぶん、新聞の出方次第じゃないかな」
ウチもスプーンを置いて、天井の片隅を見つめながら続けた。
「もし、ダリアの犯人を捕まえられたとして、新聞が誤認逮捕のことをそんなに騒ぎ立てなかったら、お偉いさんは賞状をくれても
もちろん、仮定の話だ。新聞が誤認逮捕を取り上げる気になったら、賞状は相殺されて無くなるだろうし、降格や免職も可能性として充分ありうる。
「それにもちろん、捕まえられたら、の話だよ?」
捕まえられなかったら? その時はドネリー警部が言った通りになるだけだ。上はウォーレル局長から下はウチたちまで、みんな首が飛ぶ。ボーロン市長は'49年の再選が危うくなるかもしれない。お偉いさんたちはそれは嫌だろうから、極論手紙ごと握り潰しかねない。
ただ、パーカー警視の存在がある以上、握り潰し通すのも難しいだろう。局長執務室が予定より早く空くと知ったら、首席監察官はよろこんでほじくり返すだろうから。
「結局のところ、捕まえられなかったら白上たちに平穏な日々は訪れないってことか」
「馘にされるか、あるいは5人の無実の人たちを処刑台に送って、それが暴かれるのをビクビクしながら待つことになるねえ」
「絶対に嫌だね。それに、無辜の市民を処刑台に追いやるなんて、分隊員に母親代わりと慕われたオオカミ軍曹には看過できないことなんじゃない?」
「やめてよ、フブキ......看過できないってのはその通りだけど」
「なら!」
フブキが急にガタッと立ち上がった。
「早く次に、公文書館に行こう!」
「んじゃ、お皿洗いは任せてね」
「え、でも......」
「フブキ......気持ちはありがたいけど、その恰好で出るつもり......?」
ウチはじとっとした目をフブキに向けた。お風呂上がりの現在のフブキは、コットンのシュミーズとパンツという出で立ち。それとスリッパ。どう考えてもお着替えが必要で、ウチは同時進行でお皿洗いをしたほうが早い。
フブキは自分の格好を見下ろしてから、しゅんと耳を垂らして言った。
「シラカミ軍曹、着替えて参ります......」
「よろしい」
軍隊ではずっとフブキの方が上官だったんだけどな、とは思いつつ、ウチも立ち上がって食器を下げる準備を始めた。