H.L. Noire   作:Marshal. K

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Driver's Seat #4

 

 

 とりあえずウチは食事室(ダイニングルーム)から見て回ることにした。

 食卓のうえには新聞、煙草、灰皿、そして紙マッチがある。新聞は最近取り沙汰されている精神科医に関するもので、ウチはあんまり興味が無い。とはいえ、ブラック夫妻が精神医学に興味がある可能性を、小さく頭の隅にメモしておく。

 

 マッチには市内の酒場(バー)の屋号が書かれていた。"キャヴァナーズ・バー"。旦那さん――ひょっとしたら奥さん――の行きつけだろうか。

 

 台所(キッチン)に回ると、テーブルの上にチラシと領収書が置いてあった。インスタヒートの給湯器(ボイラー)のものだ。導入されたのもホントに最近で、二日と経っていない。

 

 勝手口から外に出てキッチンの窓の下に向かうと、確かにそこにチラシに描かれていたのと同じボイラーがあった。下部には都市ガス本管からの給気管と水道本管からの給水管、そして邸内の温水配管への給湯管がある。はずなんだけど、給湯管の一部が無くなっている。

 チラシと見比べると給湯栓のある部分だ。ちょうど、現場にあった血塗れの鉛管(パイプ)のような。

 

 

「ミオ」

 

 寝室に行ってみると、フブキがクローゼットの前から手招きした。

 

衣裳鞄(スーツケース)一つ分の空きがあるんだ。それとこれ」

 

 フブキが手渡してきたのは一枚の切符だった。大陸横断鉄道の一つ、パシフィック・ノースウェスト鉄道のものだ。ロサンゼルス・シアトル間の往復切符で、去年12月の消印が押してある。

 領収書が一枚クリップ留めしてあって、これとは別にシアトルへの片道切符を買ったらしい。

 

「それにこの寝室も」

「確かに。このベッドは一人用だし、」

 

 整理箪笥(ロワー・チェスト)の上の写真立てを指さして続ける。

 

「あれもブラックさんが一人で写ってる。隣の部屋はもう見たの?」

「見たよ。奥さんの寝室だね」

 

 フブキがクローゼットの向こう側に目をやって、

 

「シングルのベッド。一人で写った写真」

「なるほど」

 

 ウチは写真立てに歩み寄ると、裏の蓋を引き開けてみた。

 

「フブキ」

「それは気が付かなかったな」

 

 写真の裏にはちょっとした恋文があった。

 

「"私のエイドリアン、あなたがいないととても寂しいわ。早く帰ってきて、ダーリン!"か。このニコールって人は、他人の旦那さんに随分入れ込んでるみたいだねえ」

「旦那さんもみたいだけどね、入れ込んでるのは」

 

 壁の向こうの、奥さんを透かして見るようにしてフブキが続ける。

 

「あの人が知ってるのかどうか、確かめに行こうか」

 

 フブキと寝室を出ようとしたとき、ベッドサイドにキャヴァナーズ・バーの紙マッチがあるのが目に留まった。やっぱり旦那さんの行きつけか。

 

「フブキ、ちょっと先に行ってて」

 

 玄関ホール(ホワイエ)でフブキを先に居間に行かせると、ウチは電話機に向かって受話器を取り上げた。掛け金(フック)スイッチを叩いて交換手を呼び出す。

 

「交換台です。お困りですか?」

「警察です。記録課(R&I)をお願いします」

「お繋ぎします」

 

 交換手が交換機のダイアルを廻す。

 

「R&Iです」

「オオカミ。識別番号(バッジナンバー)1272V(ヴィクター)

「ご用件をどうぞ」

「キャヴァナーズ・バーの住所をお願いします」

「少々お待ちください......キャヴァナーズ・バー。アリソ通りとヒューイット通りの角、ユニオン(ステーション)の南側です」

「ありがとうございます」

 

 住所をメモすると、お礼を言って受話器を置いた。

 居間に戻って、すでに質問を再開していたフブキの隣に腰を下ろす。

 

「......従業員とは距離を取るよう言っていたのですが。いつも二人で呑みに出かけていましたけど」

"何の話?"

"領収書のモーガンさん"

 

 フブキと小声で交わしてから、ウチが質問する。

 

「それはいつもキャヴァナーズ・バーで、でしたか?」

「どうしてご存じですの? 仕事終わりのエイドリアンは、実質的にあそこに住んでいるようなものでしたわ」

「旦那さんはそこで過ごす時間が長かったんですね?」

「最近までは。この頃、主人は仕事でシアトルに行くことが多かったので」

 

 目で合図して、主導権をフブキに戻した。

 

「昨日、なにかいつもと違うことがありましたか? 些細なことでも構いません」

「その、主人は昨日、早く帰宅しました。あんな時間に帰ってきたことは、これまで一度もありませんでしたのに」

「それから?」

「それから、すぐに出て行ってしまいました。主人は普段7時ごろまでキャヴァナーズにいるんですの」

 

 フブキが手帳にメモを取って、質問を続ける。

 

「旦那さんの寝室の写真について伺っても?」

「何をお知りになりたいんですの?」

 

 奥さんは、急に居間の壁紙の模様が気になりだしたらしい。

 

「主人が最近、その、出張先のシアトルで撮ったものですわ」

 

 フブキが身を乗り出して追及する。

 

「あの写真、ずいぶん面白いことが書いてありましたね? あなたが気が付かないはずがないと思うんですけどね、奥さん」

 

 自分は気が付かなかったくせに、と思ったけど、声には出さないでおいた。

 

「ニコールさんって、どなたですか?」

「無礼でしてよ、その物言いは。......でも写真立ては見ましたわ。主人はわたくしのことを阿呆だと思ってますの。でも、女ってそういう事に鋭いでしょう」

 

 涙声で言って、同意を求めるようにウチとフブキの方を見る。

 背後でビコウスキー刑事が所在なさげに身体を動かす音がした。

 

「主人がわたくしを捨てるつもりだったのか、あるいは犯罪に巻き込まれたのかはわかりませんけども。わたくしは主人の無事を祈るばかりですわ」

 

 その言葉にウソはなさそうだった。

 

「では、あなたの昨晩の動向を説明してもらってもいいですか?」

「なんてことを、わたくしを疑っているのですか? よくもそんな――」

「現状では奥さん、あなたの立場は非常に疑わしいと言わざるを得ません」

 

 今にも泣きだしそうな奥さんに、ビコウスキー刑事が咳払いをして付け加える。

 

「疑いを晴らすためにも、この確認は必要なんです」

「昨日は一晩中ここにおりました。もちろん、エイドリアンを待ってのことですわ!」

「それを証明できる方はいますか」

 

 フブキが例の、職業的仮面で聞いた。

 

「それは......いいえ、わたくしは一人でしたので。エイドリアンの夕飯を作って、待っていたんですの」

 

 帰ってきませんでしたけど、と付け加えるブラック夫人はとても打ちひしがれているようで、ウチには嘘をついているように見えなかった。

 

 

 

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