H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Quarter Moon Murders #5

 

 

「ここが"人の目にして耳なる寺院"?」

 

 フブキが駐車場に捜査用車を駐めると、ウチはナッシュから降りて建物を見上げた。

 

「厳密には、"高み"の部分が"目にして耳なる寺院"なんだよ」

 

 フブキの言葉を受けて、建物の上の方に目を凝らす。てっぺんのピラミッド型の屋根にはカラフルなタイル絵が張られていて......

 

「あ......ああ~!」

 

 場所は5番街の、ホープ通りの突き当りにあるロサンゼルス市立中央図書館。

 地中海リバイバル様式の建物のあちこちに、古代エジプト風の彫刻が設えられているその建物の最上部は、タイル張りのピラミッドになっている。そこに描かれているのはプロビデンスの目。その左右の面には耳のタイル絵もある。

 

「なるほどねえ......でも、ピラミッドって寺院(テンプル)だっけ?」

「そこは白上もちょっと気になるところではあるんだけど......寓意だからそんなに気にしなくていいと思う」

 

 少なくとも教会(チャーチ)ではないしね、って付け加えて、フブキは手近の竪樋に飛びついた。

 

「ちょっ、フブキ?」

「図書館は今、改装工事で閉館中だよ」

 

 予想外の行動に狼狽えるウチに、竪樋を登りながらフブキが返した。

 

「あのピラミッドに何かあるなら、足場を辿って登って行かなきゃだ」

「......なんだか今日は、高いところに登ってばっかりな気がするなあ」

「確かにね」

 

 

 

 

 

 図書館の周りには、塗り替え工事のために足場が組んであった。その足場と、竪樋やら貯水タンクやらを上手く使ってフブキはどんどん中央塔のピラミッドに近づいて行く。

 ウチは感心しながらその後を着いて行っていた。ウチだけだったら、倍は時間がかかっていたに違いない。

 

「よいしょっと。ほら、ミオ」

「ありがと、フブキ」

 

 公文書館に続いてまたもフブキに引っ張り上げてもらって、ウチは中央図書館の最上部にたどり着いた。

 タイル張りのピラミッドは塔屋(ペントハウス)の屋根部分で、その周りは狭いバルコニーになっている。眺望を楽しむところと言うよりは、デザイン上かメンテナンス上の都合で作られたスペースって感じだ。

 バルコニーの周囲には古代エジプトの影響を受けたらしいスフィンクスやら神聖文字(ヒエログリフ)やらの彫刻があしらわれている。

 

「さてと、モノはこのピラミッドの上かな?」

 

 フブキが塔屋を見上げながらつぶやいた。プロビデンスの目のタイル絵が張られたピラミッドの上には、"学研の徒を照らす松明をかざす黄金の手"がそびえ立っている。

 

「この角度じゃ、なにも置けなさそうじゃないかなあ?」

「それもそうだね。じゃあ、周りのどこかか」

 

 フブキはそう言うと、バルコニーを反時計回りの方に歩き出した。ウチはその反対に歩を進める。

 ぐるっと塔屋の周りを半周して北側の角に達すると、先に来てたらしいフブキが屈みこんで何かを見ていた。

 

「あった?」

「うん」

 

 言葉少なにフブキが差しだしてきたものを受け取る。メダリオンだ。なにか、宗教画らしい女性の絵が描かれている。

 

「これは?」

「グアダルペの聖母、だよ」

 

 一緒に置かれていたらしい便箋を広げながら、フブキが言った。

 

「メキシコで人気な聖母様だ」

「メキシコ......アントニア・マルドナードのネックレス?」

「たぶんね」

 

 アントニア・マルドナードは五人の被害者たちの中で、唯一ヒスパニックだった人だ。彼女のネックレスは結局、フィーニーの持ち物からは見つからなかった。

 

「"響き渡る死の嗤い、死の毀しし墓碑銘、残骸また残骸!"......」

 

 一方フブキは便箋の中身をぶつぶつ読み上げている。何も言わないから、たぶんまたシェリーからの引用なんだろう。

 わからないだろうな、とは思いつつ、ウチも背後から便箋を覗き込んだ。

 

 

――響き渡りし死の嗤い、死の毀しし墓碑銘、残骸また残骸!

  その骸は広大なる、人が地を覆わんとする街々の許に居ぬめり

  其は不死ならざれど、人に非ざり;――

 

 

「全然わかんない......」

 

 思った通り全然わかんなかったので素直にそう言うと、フブキも唸り声を上げて言った。

 

「白上にもピンとこないなあ......この、"人が地を覆わんとする街"ってのはロサンゼルスのことだよね?」

「たぶん......」

 

 確信は持てないから、ウチはそう言うしかない。ロサンゼルスは今なお人口が激増しているから、的外れとは言えないけど。

 

「骸......お墓かな? ハリウッド記念(フォーエバー)墓地とか?」

「うーん、でもそれだと"人に非ざり"がわかんないなあ」

 

 フブキは首をひねると、立ち上がって辺りの建物を見るとはなしに見回しながら続けた。

 

「"其は不死ならざれど、人に非ざり"......動物とか植物とか?」

「"残骸"ってことは建物かもしれないよ?......動物の死体っていうと、ウチは博物館の化石とかを思い出すけど」

「化石......ああ」

 

 フブキはため息を吐くようにそう言うと、ウチの方に向き直った。

 

「それだ、ミオ。この一番最後の文。"強く嵌まるは、黒き深み;"」

「黒き深み?......タールピット!」

 

 思い当たったのは、さっきウチが自分で触れた博物館――歴史科学美術博物館――のすぐ南に位置する、ウェストレイク・タールピットだ。

 タールピットは黒々としたタールと、その上に薄く溜まった水からなる池だ。一見浅い池に見えるけど、実は底の地面に見えているものは堆積したタールで、一歩踏み込んだら最後、抜け出せなくなって死んでしまい、その死骸はタールに沈んで化石になってしまう。

 件の博物館の化石も、二十年ほど前にタールピットから引き上げられたものだそうだ。

 

 フブキはウチに頷くと、便箋とメダリオンを証拠品保管袋に入れながら言った。

 

「正直、ここほどの自信はないんだけど......行ってみる価値はありそうだよ」

「その前に、その証拠品を巡査に預けないとね。それと、」

「それと?」

 

 ウチはちらっと、遥か下の駐車場に位置するウチたちの捜査用車の方を見やってから続けた。

 

「落っこちないように、安全に降りること」

 

 

 

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