H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Quarter Moon Murders #7

 

 

 ロサンゼルス郡立歴史科学美術博物館は、ボザール様式のどっしりした構えの、煉瓦造りの建物だ。ただ、今回はそっちに用はなくて、フブキは捜査用車を建物の南側にある駐車場に停めた。

 

「迷路ってこの先だよね?」

「そうだよ。こっちこっち」

 

 先に立って、フブキを迷路がある西側の庭園に案内する。すっかり夕暮れで博物館の閉館時刻間際だったけど、庭園には散歩してるらしい人達がちらほらいた。

 

「ところで、ミオ」

 

 フブキが後を着いてきながら訊いた。

 

「なあに」

「迷路だけどさ......道覚えてる?」

「......覚えてない」

 

 そう。ウチは行き当たりばったりで迷路を解いたんだ。だから道順なんて覚えてない。

 

「まあいいや。白上たちは獣人だしね」

 

 迷路の入り口に着くなり、フブキはそう言った。入り口から入ると、すぐの生垣の前で屈伸するようにひざを曲げて、そのまま飛び上がって垣根を越えてしまった。

 

「おいちょっと、フブキ!?」

「ミオはそこで待ってて! すぐ戻るから!」

 

 垣根越しにフブキがそう言うのが聞こえた。ウチはもどかしい思いで入り口周りをうろうろした挙句、結局言われた通りに、入り口前のベンチに腰を下ろして待つことにした。

 

 

 

 

 

「おまたせ、ミオ」

 

 待つこと十分足らずで、フブキは迷路の入り口から出てきた。その顔は、明るいとは言い難い。

 片手に便箋を持っていて、もう片方の手に何かを握り込んでいた。

 

「で、次は何だったの?」

「セリーン・ヘンリーの指輪」

 

 フブキは端的にそう言って、握っていた手を開いた。掌の上には、真っ赤なガーネットが散りばめられた、見事な指輪が乗っていた。

 

「マッコールさんがプレゼントしたやつだね」

「そうだね」

「そして? 次はどこだって?」

「読んでみて」

 

 フブキは珍しく、ウチの方に便箋を突きやって言った。

 

「白上は最初の一行でわかったよ」

 

 

――王座、祭壇、判事席、そして監獄;それら全てのあるところにて、

  然してその傍らにおいて、哀れなる者は身に着ける

  王笏を、王冠を、宝剣を、そして頸飾と書物とを――

 

 

「まさか......」

「その、まさかだと思うよ」

 

 ウチがぱっとベンチから立ち上がると、フブキの方は早くも駐車場の方に踵を返しながら続けた。

 

「暗くならないうちに行きたいんだけど......無理そうだね」

 

 目的地のある方角でもある東に、フブキにつられて目をやると、夕暮れの空が早くも暗くなり始めていた。それも、黒く厚い雨雲で。

 

 

 

 

 

 9番街とユニオン通りの角を通り過ぎる頃に降りだした雨は、ナッシュがフランシスコ通りから目的地に滑り込んだ時には土砂降りになっていた。いちおう八月のロサンゼルスは夏、つまり乾季なんだけど、それでも時々こんな感じの豪雨が降る。

 

「それでも、なにも今じゃなくてもいいのに......」

 

 ウチは捜査用車から降りると、そう呟いた。

 

「確かにね。屋根があるところに置いといてくれると助かるんだけどなあ......」

 

 フブキもナッシュから降りるとそう言って、目の前にそびえ立つ廃墟を見つめた。

 そう、場所は8番街とフランシスコ通りの角にある、映画セットの廃墟だ。

 

「ねえ、フブキ」

 

 早足でセットの方に向かいながら、そう声をかける。

 

「あれからまだ半年くらいしか経ってないって、信じられる?」

「ぜーんぜん」

「だよねえ」

 

 ウチたちが交通課で担当した最後の事件は、ここで幕を閉じた。

 廃墟内を駆け回った挙句、最後の銃撃戦と大爆発、大破壊で埃塗れになったウチと、対照的にピッカピカの式典用制服――他に着替えがなかった――に身を包んだフブキに、レアリー警部が盗犯課への昇進を言い渡したんだ。あれからもう、半年がたつ。

 

「あの時まだ制服だったぼたんちゃん達も、もう刑事になったしね......ねえミオ、あれ」

「うん。間違いなくあそこだよね」

 

 廃墟の中央、前に来た時の記憶が正しければ巨大な玉座が置かれていたところに、明かりがともっているのが見える。誰かが照明をセットしたみたいだ。少なくとも、半年前にはなかった。

 フブキがピラミッド型の壇を見上げながら、確認するように言った。

 

「ここをしょっちゅう撮影に使ってたビショップは、もう州立刑務所(サン・クエンティン)の中だから、消し忘れってことはなさそうだね?」

「たぶんね」

 

 二人でギシギシ言う階段――石造りのように見えるけど、どうやら木製で石っぽく塗ってるだけみたいだ――を登っていき、頂上にたどり着くと、間髪入れずにフブキが言った。

 

「......あった」

 

 ウチにもすぐわかった。手紙と指輪はすぐ目に入るように、玉座の座面に置かれていたんだ。

 フブキはまず指輪を手に取ってちょっと目を落とすと、すぐにウチの方に差し出してきた。それを受け取る。

 指輪には宝石じゃなくて、黒い円盤が着いていた。大きな白い字でEと書かれている。

 

「タイプライターの指輪。イブリン・サマーズの指輪かあ......フブキ、次は――」

 

 言い終える前に、足下からバキッという嫌な音がした。同時にピラミッド全体ががくんと揺れる。手紙に集中してたフブキがバランスを崩して尻餅をついた。

 

「あいたっ!」

「フブキ!」

 

 フブキに駆け寄って手を貸そうとするけど、柱が次々と折れる音は止まらず、玉座のあるてっぺんはどんどん傾いてきている。

 

「フブキ、そのまま!」

「え?」

 

 揺れる中で立ち上がれずにいたフブキを、そのまま抱き上げた。

 

「ちょっ、ミオ!?」

「いいから動かないで!」

 

 素直にすぐ大人しくなったフブキを抱えたまま、ウチはピラミッドの上でバランスを取りつつ様子を見た。音の感じと崩れ方からして、床が下に落ちる可能性低い。この真下にはぶっとい柱があるみたいだから、それがバランスを崩して倒れるのが先だろう。となると、問題はどっちに倒れるかだ......

 

「......こっちだ!」

 

 ぐらぐらする足場の揺れから、一番柱や梁が折れてる方向を見つけ出した。その端の方に寄っていく。

 足元からバキバキと致命的な音がして、ついに壇そのものが倒れ始めた。思った通りの方向に。

 

「そおいっ!」

 

 ウチはフブキを抱えたまんま、ピラミッド横の巨大な壁にジャンプした。その壁は、石壁に見せていた羽目板がほとんど剥がれ落ちて、中の足場が丸見えになっていたんだ。しかも、倒れる途中の玉座から飛び降りるとちょうどいい位置に足場の層の一つがある。

 ウチは、フブキがウチの首にギュッとしがみつくのを感じながら、木製の足場にどすんと着地した。

 

「ようし!......うひゃあ!」

 

 安心した、のもつかの間、その避難先の足場もバキリと厭な音を立てた。

 

「嘘でしょお!」

 

 どう体勢を立て直す暇もなく床板が抜けて、ウチとフブキはそのまま真下に落下した。

 

 

 

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