H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Quarter Moon Murders #8

 

 

 ギイギイと(レール)を軋ませて、目抜き通り(メイン・ストリート)線の路面電車がサンセット大通り(ブールバード)電停に停まった。

 

「よいしょっ」

 

 私は電車の中央ドアからひょいっと飛び降りると、後から降りてくるミオに手を貸す。ミオはちょっと恥ずかしそうにしながら、私の手を取ってステップから舗道に降り立った。

 ちら、と電車の後方に目をやると、後続の自動車はしっかり電停部分の車線を空けて停まっていた。よしよし。

 時刻は10時過ぎ。官庁街(シビックセンター)目抜き通り(メイン・ストリート)は人と自動車であふれていた。

 

「えーっと、一本西だったかな?」

「確かそうだね」

 

 ミオと二人でサンセット大通り(ブールバード)を西に向かってスプリング通りに折れると、久しぶりに見る酒場(バー)が目に入った。

 ドアを押し開けて、外とは対照的に薄暗い店内に入る。開店してそう経ってない時間のはず――しかも今日は平日だ――なのに、それなりにお客が入っていた。

 

「いらっしゃい。何を呑まれます?」

「マッコールさん、奥にいますか?」

 

 入ってすぐのカウンターから注文を訊いてきたバーテンさんに、質問を返した。マッコールさんはここのオーナーさんだ。

 

「ええ、いつもの定位置に」

「どうも」

 

 バーテンさんは、ヘンリー事件の時に聞き込みに来た時とは別の人だった。

 お店を突っ切って一番奥に向かうと、以前聴取に来た時と同じ席にマッコールさんが座っているのが見えた。目立つ白い背広にハイビスカスの花。

 ただ、ネクタイは黒だった。まだセリーンの喪に服しているらしい

 

「こんにちは、マッコールさん」

「......ああ、警察の」

「その節はどうも」

 

 あの時と同じように、ミオがマッコールさんの向かいの椅子に腰を下ろした。私はその斜め後ろに立つ。

 

「今日はセリーンの事件で?」

「ええまあ」

「犯人は捕まえたんじゃ?」

 

 マッコールさんが怪訝そうな顔でそう訊いてきた。それにミオが、調子を変えずに返す。

 

「書類の穴埋めのための、補足的な質問があるんです」

 

 悲しいかな、この仕事をしてると――公式には、いまは仕事中じゃないけど――嘘を吐くのが上手くなっちゃう。詐欺師としても、二流どころ位なら食っていけそうな感じだ。

 ミオも昔は、それはそれはわかりやすく嘘がへたっぴだったのになあ......いや、それは白上も同じか。

 ぼうっと物思いに耽っている中、ミオが質問を続けていた。

 

「表のバーテンさんは、臨時雇いの人ですよね?」

「ああ、そうだが」

「どちらの派遣会社(エージェンシー)をお使いなんですか?」

「フレミングス人材派遣(スタッフィング)。事務所はたしか、ダウンタウンの7番とホープの角だったかな」

 

 私がメモを取るのを待って、ミオが続けた。

 

「フレミングス......他には?」

「いや、その一社だけだ」

「そうですか。ありがとうございました、質問は以上です」

「いや、構わんよ」

 

 ミオが立ち上がると、マッコールさんも椅子から立って言った。

 

「こちらこそ、お礼を言わなきゃな。ありがとう、セリーンを殺したヤツを捕まえてくれて」

「......職務を果たしたまでです」

 

 ミオは若干の間を開けて、マッコールさんにそう返した。私の方からはミオの表情は見えなかったけど、その声には隠し切れなかった苦さがにじみ出ていた。

 

 

 

 

 

「このビルかな?」

 

 7番街とホープ通りの交差点で、私はビルの一つを見上げながら言った。かなり最近建てられたビルなのは間違いない。およそ装飾と呼べるものがない、コンクリートの箱みたいなビルだった。

 

「たぶん......ほら、フブキ」

 

 ミオが、ホープ通り側にあるビルの正面玄関まで歩いて行って、郵便受けを指して返した。

 

「どれどれ......"401 フレミングス人材派遣会社(スタッフィング・エージェンシー)"。確かに」

「4階の他の郵便受けは空白だね。空室なのかな?」

 

 私はドアを押し開けながら、ミオの疑問に返した。

 

「ワンフロア全部借切ってるのかもよ?」

 

 ガタつく昇降機(エレベーター)を降りて4階の廊下に出ると、"受付はこちら"と書かれた看板が401号室の前に置かれていた。

 階段の正面の壁に掲げられている各部屋案内は取り外されて、代わりにフレミングス社の看板が鎮座している。自分で言っといてなんだけど、本当にワンフロア借切りらしい。

 待合室らしい401号室に入ってすぐのデスクに、受付嬢がレミントン・ランドのタイプライターを前にして座っていた。

 

「こんにちは、本日のご用件は......」

ロス市警(LAPD)です」

 

 厳密には公務中じゃないのに警察官(バッジ)を提示することに、ちょっとバツの悪い思いをしながら、受付嬢を遮って言った。

 

「ここの責任者はどなたですか?」

「えー......ドナッティ副社長です。本日はフレミング社長がお休みですので」

「お会いできますか?」

「確認してまいります。どうぞ、奥でおかけになって......」

「案内してもらえると、ウチたちは助かります」

 

 立ちあがって待合室の奥を指した受付嬢を遮るように、私の背後からミオが言った。身長が足りない分、その口調で高圧さを補っている感じだ。

 それに気圧された、のかどうかはわからないけど、受付嬢は笑顔をすっと消して答えた。

 

「お好きなように。こちらです」

 

 受付嬢は先に立って待合室から出ると、廊下を歩いて奥へと進んだ。一番奥の一つ手前の部屋に来ると、ドアを軽くノックしてから開けて、中に声をかけた。

 ドアに目をやると、部屋番号の下に名前が掲示されていた。

 

"405 ヴィクター・ドナッティ 副社長"

 

「ヴィック、お客様が見えています。警察の方です」

「お通しして」

 

 私たちは無表情な受付嬢の脇を抜けて、ヴィクター・ドナッティ副社長の405号室に入った。

 副社長室は中央署の署長室よりも一回りは広くて――警察署はどこも狭いけど――、その部屋の窓際のデスクから小太りの男性が立ち上がった。

 

「大神と白上、ロス市警(LAPD)です」

「ヴィクター・ドナッティです。本日はどのようなご用件で? 転職をお考えですか?」

「こちらでは、市内の酒場(バー)にバーテンダーを派遣されてるんですよね?」

「ええ、そうです」

「いつ、どの酒場(バー)に、誰を派遣したのかわかりますか?」

「はい、契約先ごとに計画表がありますから。先方から"派遣バーテンが来てない"とか連絡があった時に、それが誰かわからないんじゃ、しょうがないでしょう?」

 

 ドナッティさんはそう言いながらせかせかと執務室を横切ると、書類整理棚(キャビネット)を開いた。

 

「それで、どちらの分を確認されたいのですかな?」

「話が早くて助かります。それじゃまず――」

 

 

 


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