ギイギイと
「よいしょっ」
私は電車の中央ドアからひょいっと飛び降りると、後から降りてくるミオに手を貸す。ミオはちょっと恥ずかしそうにしながら、私の手を取ってステップから舗道に降り立った。
ちら、と電車の後方に目をやると、後続の自動車はしっかり電停部分の車線を空けて停まっていた。よしよし。
時刻は10時過ぎ。
「えーっと、一本西だったかな?」
「確かそうだね」
ミオと二人でサンセット
ドアを押し開けて、外とは対照的に薄暗い店内に入る。開店してそう経ってない時間のはず――しかも今日は平日だ――なのに、それなりにお客が入っていた。
「いらっしゃい。何を呑まれます?」
「マッコールさん、奥にいますか?」
入ってすぐのカウンターから注文を訊いてきたバーテンさんに、質問を返した。マッコールさんはここのオーナーさんだ。
「ええ、いつもの定位置に」
「どうも」
バーテンさんは、ヘンリー事件の時に聞き込みに来た時とは別の人だった。
お店を突っ切って一番奥に向かうと、以前聴取に来た時と同じ席にマッコールさんが座っているのが見えた。目立つ白い背広にハイビスカスの花。
ただ、ネクタイは黒だった。まだセリーンの喪に服しているらしい
「こんにちは、マッコールさん」
「......ああ、警察の」
「その節はどうも」
あの時と同じように、ミオがマッコールさんの向かいの椅子に腰を下ろした。私はその斜め後ろに立つ。
「今日はセリーンの事件で?」
「ええまあ」
「犯人は捕まえたんじゃ?」
マッコールさんが怪訝そうな顔でそう訊いてきた。それにミオが、調子を変えずに返す。
「書類の穴埋めのための、補足的な質問があるんです」
悲しいかな、この仕事をしてると――公式には、いまは仕事中じゃないけど――嘘を吐くのが上手くなっちゃう。詐欺師としても、二流どころ位なら食っていけそうな感じだ。
ミオも昔は、それはそれはわかりやすく嘘がへたっぴだったのになあ......いや、それは白上も同じか。
ぼうっと物思いに耽っている中、ミオが質問を続けていた。
「表のバーテンさんは、臨時雇いの人ですよね?」
「ああ、そうだが」
「どちらの
「フレミングス
私がメモを取るのを待って、ミオが続けた。
「フレミングス......他には?」
「いや、その一社だけだ」
「そうですか。ありがとうございました、質問は以上です」
「いや、構わんよ」
ミオが立ち上がると、マッコールさんも椅子から立って言った。
「こちらこそ、お礼を言わなきゃな。ありがとう、セリーンを殺したヤツを捕まえてくれて」
「......職務を果たしたまでです」
ミオは若干の間を開けて、マッコールさんにそう返した。私の方からはミオの表情は見えなかったけど、その声には隠し切れなかった苦さがにじみ出ていた。
「このビルかな?」
7番街とホープ通りの交差点で、私はビルの一つを見上げながら言った。かなり最近建てられたビルなのは間違いない。およそ装飾と呼べるものがない、コンクリートの箱みたいなビルだった。
「たぶん......ほら、フブキ」
ミオが、ホープ通り側にあるビルの正面玄関まで歩いて行って、郵便受けを指して返した。
「どれどれ......"401 フレミングス
「4階の他の郵便受けは空白だね。空室なのかな?」
私はドアを押し開けながら、ミオの疑問に返した。
「ワンフロア全部借切ってるのかもよ?」
ガタつく
階段の正面の壁に掲げられている各部屋案内は取り外されて、代わりにフレミングス社の看板が鎮座している。自分で言っといてなんだけど、本当にワンフロア借切りらしい。
待合室らしい401号室に入ってすぐのデスクに、受付嬢がレミントン・ランドのタイプライターを前にして座っていた。
「こんにちは、本日のご用件は......」
「
厳密には公務中じゃないのに警察官
「ここの責任者はどなたですか?」
「えー......ドナッティ副社長です。本日はフレミング社長がお休みですので」
「お会いできますか?」
「確認してまいります。どうぞ、奥でおかけになって......」
「案内してもらえると、ウチたちは助かります」
立ちあがって待合室の奥を指した受付嬢を遮るように、私の背後からミオが言った。身長が足りない分、その口調で高圧さを補っている感じだ。
それに気圧された、のかどうかはわからないけど、受付嬢は笑顔をすっと消して答えた。
「お好きなように。こちらです」
受付嬢は先に立って待合室から出ると、廊下を歩いて奥へと進んだ。一番奥の一つ手前の部屋に来ると、ドアを軽くノックしてから開けて、中に声をかけた。
ドアに目をやると、部屋番号の下に名前が掲示されていた。
"405 ヴィクター・ドナッティ 副社長"
「ヴィック、お客様が見えています。警察の方です」
「お通しして」
私たちは無表情な受付嬢の脇を抜けて、ヴィクター・ドナッティ副社長の405号室に入った。
副社長室は中央署の署長室よりも一回りは広くて――警察署はどこも狭いけど――、その部屋の窓際のデスクから小太りの男性が立ち上がった。
「大神と白上、
「ヴィクター・ドナッティです。本日はどのようなご用件で? 転職をお考えですか?」
「こちらでは、市内の
「ええ、そうです」
「いつ、どの
「はい、契約先ごとに計画表がありますから。先方から"派遣バーテンが来てない"とか連絡があった時に、それが誰かわからないんじゃ、しょうがないでしょう?」
ドナッティさんはそう言いながらせかせかと執務室を横切ると、書類
「それで、どちらの分を確認されたいのですかな?」
「話が早くて助かります。それじゃまず――」