H.L. Noire   作:Marshal. K

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相変わらず本編時間軸よりも未来のIntervalです。大体この事件の直後くらいでThe Gas Manに続きます。


The Set Up ~Interval~

 

 

「や、おまるん」

 

 一日の仕事を終えてウィルシェア警察署の玄関から出ると、路肩に見覚えしかない黒いキャデラックが駐まっていた。声をかけてきたのはそのキャディに寄り掛かっていた自動車の持ち主、獅白ぼたんだ。保安風紀課(アド・ヴァイス)の刑事であたしの同期、そして数日前にあたしが左遷されるまでは相勤だった。

 あたしはちょっと手を上げると、胡乱気な視線を向けて言った。

 

「よお。ここの風紀課に用か?」

「いや、おまるんを晩御飯にでも誘おうかと思ってさ」

「あたしを?......構わねえけどお前、ラミィは?」

「ラミちゃんは今日、夜勤だよ」

 

 キャデラックの方に目をやる。確かに、誰も乗ってないみたいだ。

 

「......わかった。ねねに電話してくるから、ちょっと待っててくれ」

 

 そう言って、あたしは今出てきたばっかりの庁舎の方に踵を返した。

 

 

 

 

 

「んで、次の目的地はどこだ?」

 

 夕飯を終えて食事クラブ――白人じゃなくても出入りできる、ちょっとイイところだ――を出ると、すっかり日も暮れた路地を駐車場に向かいながら、あたしは獅白にそう訊いた。

 相手はにやりと笑うと、キャデラックの助手席ドアを引き開けて、あたしに乗るように促しながら言った。

 

「やっぱするどいね、おまるんは......ま、着いてからのお楽しみってことで」

 

 あたしが助手席に収まると、獅白は飄々とそう受け流して運転席に滑り込んだ。エンジンをかけて、自動車の鼻先を表通りの方に向ける。

 

「参考までに、なんでわかった? ただの晩御飯のお誘いじゃないって」

「なんで? お前、獅白ぼたんが雪花ラミィを同席させずにポルカに飯を奢る。これが"仕事"のお誘いじゃなくて何だって言うんだ?」

「それもそっか」

 

 訊くまでもなかったね、と言って、獅白はかっかっかと笑い声をあげた。

 ひとしきり笑ってから、付け加えるように言った。

 

「実のところ、仕事に発展するかどうか、まだわかんないんだけどね」

 

 

 

 

 

「着いたよ、おまるん」

 

 獅白がキャデラックを駐めたのは、アメリカン・レギオン・スタジアムの駐車場だった。

 

「ここ......? ってことは、ボクシングか?」

「正解」

 

 二人で連れ立って東口をくぐって二階席に向かう傍ら、獅白があたしにざっくり試合を説明してくれた。

 

「今日はイギリスから来たアルバート・ハモンド――元海兵隊員で、海軍のボクシング競技会で優勝したんだって――と、地元LA出身で新進気鋭のキング・ガラハドの試合なんだ。ハモンドはもう三十五を過ぎたし、ガラハドは絶好調だから、黒人がイギリス野郎(ライミー)を叩きのめすって言って話題なんだよ」

「へえ」

 

 あたしは極めて無関心な返事を返したけど、話の方は段々飲み込めてきた。

 

「んで、配当割合(オッズ)は?」

「話が早いじゃん......さっき、署に行く前に寄ったところだと、KO勝ちなら22:1だったよ」

「ハモンドが22だな?」

「もちろん」

「で、ついでにお前はその黒人――ガラハドだっけ?――に賭けてきたのか?」

 

 ごまかされると思ってたんだけど、獅白は一瞬黙ってから、こっちを見ずに答えた。

 

「ちょっとしたタレコミがあってね......だから態々ここに来たわけだけど、あたしはハモンドに二十賭けてきた」

「......へえ?」

 

 それ以上は訊かずに、あたしは眼下のリングに目をやった。ガタイのいい――ボクサーなんだから当然だけど――白人と黒人が殴り合っている。というか、ほぼ白人のほうが一方的に殴られる展開だ。

 まだ2ラウンド目だけど、ハモンドの堅固なガードの上からガラハドが一方的にパンチを加えている。ハモンドは時折、申し訳程度にカウンターを打つ――そして防がれる――程度で、これといって反撃するような様子は見えない。盛りを過ぎたボクサーが若いヤツにボコられている、ようにも見える。ただ......

 

「なあ、獅白」

「なに?」

「ポルカはあんまりボクシングに詳しくないんだけどさ......ガラハドってやつのあのスキは、あれは罠かなんかなのか?」

 

 ガラハドはハモンドに何度もパンチを繰り出していて、それ故にガードの方はかなり無防備と言えた。無防備というか、ガード意識があまりにも低すぎる。カウンターを一発決めて形勢をひっくり返せるんじゃないかって、あたしが素人頭で考えるようなシーンがもう四回も繰り返されている。

 

「その程度のガード意識で、新進気鋭のボクサーになれるわけがないだろ? とするとあれはカウンターを誘う罠か、さもなきゃガラハドは"カウンターが来ない"ことを知ってるんじゃないか?」

「いいねえ、おまるん」

 

 獅白が目だけこっちに向けて、口角を思いっきり上げて言った。

 

「やっぱり風紀課向きの頭してるよ」

「お褒めに与りどーも」

 

 あたしは今、火災犯課だけどな。

 

「ねえおまるん、あそこのリングサイドの席に座ってるヤツが見える?」

「え?」

 

 獅白に言われて、赤コーナー側のリングサイド席に目を凝らす。愉快そうに手を叩いている、痩せた男が目に入った。中東系の彫が深い顔に、極太の眉。新聞や雑誌でよく目にする顔だ。

 

「......ミッキー・コーエンか?」

「大正解」

 

 これで全部繋がった。市内のノミ屋(ブック・メーカー)のほぼ全員があいつに場所(ショバ)代を払っている。てことはつまり、

 

「八百長の元締めが、御大自ら観戦に来てるのか」

「それだけ期待してるってわけだよ、この試合のアガリにさ」

「......でも、タレコミがあったわけだよな?」

「さあて、ミッキー・Cを敵に回そうなんて度胸が、ハモンドにはあるかな?」

 

 あるんじゃないのか。声に出しはしなかったけど、あたしはそう思った。

 いや、ハモンドのことなんて知りもしないけど。それでもあたしは、獅白のことなら多少は知ってる。ある程度の確証がなけりゃ、ハモンドのKO勝ちに20ドルも賭けるようなタマじゃないってことくらいは。

 

 ゴングが鳴って、第二ラウンドが終わった。両者がコーナーに戻っていく。

 この調子で試合が続くなら、10Rまでもつれ込んでもガラハドのTKO勝ちは固い。ハモンドの体力次第だけど、三十路後半のボクサーがガラハドに勝つには、早いうちにKO勝ちを狙うしかなさそうだ。

 

 そして、試合は次のラウンドで大きく動いた。

 第三ラウンドも、まるで2Rの再放送のような内容だった。ところが、残り30秒ってところでハモンドがついに、がら空きのガラハドの脇腹に見事なカウンターをキメた。

 ガラハドが体をくの字に折り曲げるなり、スタジアム中に悲鳴のような怒号が響き渡った。

 ガラハドは急遽ガードを組んだものの、ハモンドは左でカチ上げて楽々外し、顔面に容赦なく右ストレートを叩きこんだ。

 そこから先はもう、一方的だった。ハモンドに対する罵倒とガラハドに対する懇願するような応援を一向に意に介さぬ感じで、ハモンドはガラハド――まともに両腕を上げることもできなくなっている――をタコ殴りにした。10秒以上の時間を残しての右アッパーを受けてガラハドは半フィート近く浮き上がると、ついにマットに倒れ込んだ。

 審判(レフェリー)が駆け寄るも、カウントは取らずに両手を交差させる。

 

 イギリス野郎(ライミー)のKO勝ちを告げるゴングは、スタジアム中を包み込んだ怒号にかき消されてほとんど聞こえなかった。

 

 

 

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