H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Set Up #2 ~Interval~

 

 

「いくぞ、獅白」

 

 怒号と罵倒の飛び交うスタジアムの中、ちょうど立ち上がろうとしたところでおまるんがそう言った。その目はビール瓶やら椅子やらが投げつけられているリングに向いている。ハモンドの姿はもう無い。

 

「どこに?」

 

 行き先はわかってたけど、試しにそう訊いてみた。

 

「控室にきまってんだろ」

 

 早足で出口に向かいながら、おまるんが続けた。

 

「八百長を反故にしたんだ、どんな目に遭ってもおかしくねえ。だろ?」

「いいねえ。時間外なのに――しかも今はよその部署なのに――積極的に動いてくれて、あたしは嬉しいよ」

 

 おまるんは振り向いて何か言おうとしたけど、控室の方から響いてきた怒声に黙り込んだ。

 

「くそったれ、アルバート! 今すぐここを開けろ!」

 

 角を曲がると、濃紺の背広の男が控室のドアを叩き割らん勢いでノックしているところだった。背後には縞のシャツにベスト姿の大男が腕を組んで立っている。

 おまるんがさっと警察官(バッジ)を出して、そっちに歩み寄っていく。

 

ロス市警(LAPD)だ、下がって! なに騒いでんの」

「ハモンドの阿呆が、閉じこもってやがるんだ」

「あんたらは?」

「カルロ・アルクェロ、マネージャー」

「トレーナーのリトル・ボーイだ」

 

 おまるんが一瞬、トレーナーに胡乱な視線を投げた。身長6フィート半(195cm)を優に超える大男が"ちびの少年(リトル・ボーイ)"を名乗るのは、冗談かなんかだろうか。

 

「勝ち星を上げたボクサーに対して、ずいぶんな態度じゃん?」

「勝ち星だと?」

 

 おまるんの疑問に、マネージャーが食って掛かるように返した。

 

「取り決めがあったんだぞ。俺たちゃ取り決めをしてたんだぞ!」

 

 最後の部分は控室のドアに向けて怒鳴っていた。

 

「つまり、金をもらって負ける約束をしてた、と?」

「ああ。で、それを反故にしやがったんだ!」

「下がって」

 

 あたしは二人を制して下がらせると、控室の薄っぺらいドアに一発蹴りを入れた。

 バリッと音がして受け金がドア枠から外れると、ドアが内側にパッと開く。その瞬間にさっと風が吹いて、あたしの髪を広げた。

 

「誰もいねえ」

 

 おまるんが室内を見渡して呟くのを尻目に、あたしはさっきの風の原因になった窓に駆け寄った。上げ込み窓の一つが開けっ放しだ。

 

「ここから逃げたんだ」

「なるほどな。カルロは空っぽの部屋に怒鳴り続けてたわけか」

「みたいだね。ハモンドのロッカーは?」

 

 後半はリトル・ボーイに対しての質問だ。ドアわきに佇んでいたトレーナーは、控室の奥の方を指して答えた。

 

「奥から二番目」

「どうも」

 

 "A. ハモンド"と書かれたテープが貼られたロッカーに歩み寄ると、さっと引き開けた。

 ハモンドが体を折りたたんで中に入ってる、わけは当然なくて、私物らしい私物はほとんどなかった。そのかわり、置き忘れたらしいメモが一つ。

 

 

――ハリー 18/1

  マーヴィン 22/1

  レイ 19/1

  電話# AL 345――

 

 

「部屋の中には、大したもんは残ってないな」

 

 おまるんが後ろで、ロサンゼルス・インクィジターを置きながら言った。一面には最近よく名前を聞く、フォンテーンとか言う精神科医のことが載ってるみたいだ。

 

「じゃあ、これを辿ってみようか」

 

 あたしはメモをおまるんの方に振って言った。

 

「まずはこの電話番号から」

 

 

 

 

 

「いいから、とっととあのクズ野郎を俺のところに連れて来い。さもなきゃ......」

「俺だって悪いと思ってるよ、ミッキー。ヤツも負けるって、俺に約束してたんで......」

 

 控室から出るなり、あたしたちの耳に言い合う声が飛び込んできた。言い訳をしてる方がさっきのアルクェロとかいうマネージャーの声だ。そしてそいつに脅しをかけてるのは......

 

「さもなきゃ、お前をサン・ペドロで魚の餌にしてやる。それは約束できるぞ?......おやおや」

 

 青い背広の男がこっちの足音を聞きつけた。振り返って、微笑のようななにかを顔に浮かべた。

 あたしも似たような表情を口にはりつけて、その男に声をかける。

 

「どうも、コーエンさん。イギリス野郎(ライミー)にしてやられたみたいですね?」

「そのようだ。だが警察の手を煩わすようなことじゃない。俺の部下たちがヤツを探し始めているからな」

「じゃあ、そいつらを呼び戻した方がいいですよ」

 

 おまるんが口を挟んだ。

 

「認知した以上、ポルカたちも捜査しますから。もしハモンドさんの身に何かあったら、いま聞いた脅迫のことを法廷で証言します」

「......ずいぶん元気なワンちゃんだな? 同僚かね?」

「ええ、こいつは尾丸ポルカです。おまるん、こちらマイヤー・コーエンさん」

「どうも。それと、あたしはフェネックです、コーエンさん」

「そうかね」

「フェネックってのはね、深ーく穴を掘るもんなんですよ。ご存知でした?」

「......いいや」

「じゃあ、今回で覚えてもらえるでしょう」

 

 そう言い捨てて、おまるんはさっさと東口玄関の方に立ち去ってしまった。

 

「......随分威勢のいい同僚だな?」

「ええ。サンダースさんを逮捕しちゃうくらいですからね」

「ヴィクター・Sを? じゃあ、例の左遷されたヤツか」

「そうです......ではコーエンさん、あたしもこれで」

「ああ、ご機嫌よう、ライオンのお嬢さん。もし、ハモンドの野郎を見つけたら......」

「引き渡しませんよ?」

 

 コーエンの方がちょっと背が高いんだけど、その目を真正面から睨んであたしは続けた。

 

「あたし、腐っても警察官なんでね。ハモンドに思い知らせたいなら、あたしたちより先に見つけることですね」

「......もちろんだとも。俺の部下が、イングルウッドのギャング崩れや犬っころより劣るとでも?」

「そうは思ってませんよ。じゃ、また」

 

 

 

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