H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Set Up #5 ~Interval~

 

 

「ハモンドの居所をご存知ですか?」

 

 あたしは室内の様子を見つつ、獅白がキャンディに質問するのを聞いていた。

 開けっ放しの衣裳鞄(スーツ・ケース)は慌てて衣類を詰め込みましたって感じで、バスの切符と合わせてキャンディが慌てて出発の支度をしてたのを裏付けてる。

 問題は、キャンディがどっちに行くつもりなのかだ。ハモンドに着いてイギリスに向かう予定なのか、それともオハイオか。

 

「ねえ、私はもうアルバートとは別れたのよ。そんなのわかりゃしないわよ」

 

 キャンディの話し方は、それとわかる中部訛りだった。カンザス系の訛りに東海岸のイントネーションが混ざっている。オハイオやアイオワや、あの辺り特有の訛り方だった。

 

「滞在先とかも?」

「知らないわ」

「ねえ、エドワーズさん。あたしたちがどうやって、ここにたどり着いたと思います?」

「さあ?」

 

 バラー・タバコに火を点けるキャンディを見下ろすようにしながら、獅白は淡々と続けた。

 

「ハモンドのホテルの雑誌に、お名前と住所を残してくれてましたね? つまり、あなたはあのホテルにいたんです」

「あのね、アルバートは負けることになってたのよ。それでちょっと小金を稼ごうって話だったの」

 

 煙草を振り回すようにしながら、キャンディが弁明を始めた。

 あたしは何とはなしにキャンディの手許の灰皿を見て、既視感に襲われた。そうだ、ハモンドの部屋の灰皿も、口紅の付いたバラー・タバコの吸殻でいっぱいだった。まさに目の前にある、この部屋の灰皿みたいに。

 

「でもアルバートは頑固だったの。やっぱりプライドが許さないとか言い出しちゃって。だから言ったのよ、そんなの捨てちゃいなさいって。プライドで飯が食えるわけじゃないでしょ?」

「てことは、試合が始まるよりも前に、別れて出て行ったんですね?」

 

 獅白がゆっくり、単語を区切りながら訊いた。どっちかと言えば、獅白自身が頭を整理するための言い方だったように聞こえた。

 

「ええそうよ、それが何か問題なの? 何も盗っちゃいないわよ」

「ふーん......じゃ、ハリーとかマーヴィンとか、レイって名前に心当たりはありません?」

「誰でもいいわよ。なんで私が知ってなきゃいけないの?」

ノミ屋(ブック・メーカー)じゃないんですか? ハモンドはホテルの部屋で、払戻額の予想をしてました」

 

 ノミ屋(ブック・メーカー)、って単語にぴくりとキャンディの目が反応した。素直でよろしい。

 

「投票券は、誰が持ってるんですか?」

「糞ったれ・アルバートに決まってるでしょ」

 

 一瞬、キャンディは衣裳鞄(スーツ・ケース)の方に視線を投げた。ちぇ、先にあっちもひっくり返しとくべきだったか。でも本人が起きてる以上、いま衣裳鞄(スーツ・ケース)をどうこうすることはできない。

 

「皆がアルバートを――それと私を――阿呆だと思ってたわけだけど、彼はそれをひっくり返したわけね」

「......なるほど。こんなとこでしょう。おまるん、何か質問とかある?」

「ああ、あるある」

 

 明らかなバトンタッチを受けて、あたしは前に進み出た。

 

「この旅支度を見る限り、街を離れるつもりなんですね?」

「ええ、すぐ実家に帰るわ」

「ホントですかねえ? ハモンドは勝ち金を集め次第、船で逃げないといけないわけですよね? あんたがハモンドに合流しようとしてんのはわかってるんですよ」

「はっ、アルバートが集められる金なんてないわよ。五体満足で街を出られれば御の字でしょうね」

「で、この後はどうするつもりなんですか?」

 

 獅白が後ろから口を挟んだ。

 

「連中は皆、あなたが一枚かんでると思ってますよ? あなただって無事に街を出られる保証は......」

「好きなように考えさせとけばいいわ。私はまだ、いくつか用事が残ってるの。それが済み次第、このゴミ溜めみたいな街からサヨナラよ」

「......ポルカからの質問は以上です」

 

 あたしは、何か言おうとした獅白を遮って続けた。何を言おうとしたのかはわかってるけど、これ以上突いても何も出なさそうだ。

 

「アルクェロを暴行で告訴します?」

「連れ出してくれれば、それでいいわ」

「わかりました......おら、起きろカルロ」

 

 あたしはまだ床にひっくり返ってるアルクェロに歩み寄ると、ブーツのつま先で額をつついた。しばらくもごもごと、何か意味不明なことを呟いた挙句、ようやくアルクェロは起きた。

 獅白がアルクェロに肩を貸してドアまで連れて行く。

 

「ほら、とっとと出な。それとそのナイフは処分しとくんだよ、カルロ? もし戻ってきたって聞いたら、犬っころみたいに撃ち殺すからね」

「くそ......あのクソビッチは、俺の金の行き先を知ってるんだぞ!」

「そりゃご愁傷様。勝負事でイギリス野郎(ライミー)を信用した自分を呪いなよ」

 

 獅白はそう冷たく言い放つと、なにか言い返そうとしたらしいアルクェロの鼻先でドアを閉めた。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、エドワーズさん。ポルカたちはここいらで失礼します」

 

 ドア越しにアルクェロが立ち去るのを確認してから、あたしはキャンディにそう告げた。

 

「安全に街を出られるように、お祈りしときますね」

「どうも。そう言ってくれて嬉しいわ」

 

 社交辞令を交わしてドアが閉まると、あたしたちは肩を並べて、黙りこくったまま下に降りた。そして駐車場のキャデラックに乗り込むや、真っ先にあたしが口を開いた。

 

「悪いやつらに狙われてるってのを身を以って知ったのに、今すぐ電停に走ってバス・ターミナル行きの路面電車に乗らないだって? 頭がイカれてんのか、さもなきゃ......」

「用事ってのが、払い戻しなんだろうね」

 

 獅白はそう言ってシートにもたれかかると、長々と溜め息を吐いた。

 

「長い長ーい張り込みになりそうだよ、おまるん」

「なあ、ポルカ明日の勤務が......」

「おまるんが明日非番なの、あたし知ってるけど?」

 

 全部織り込み済みじゃねえか!

 

 

 

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