「......わかりました」
奥さんの目を長々と見つめてから私はそう言って、手帳を閉じた。
「なにか進展があり次第、逐一お知らせします」
「そうしてくださると助かりますわ、刑事さん」
おいとまを告げてブラック夫妻の家を後にする。
「ブラック夫妻の結婚生活は幸せ絶頂ってわけじゃなさそうだねえ」
ミオがビュイックのエンジンをかけながら言った端的な感想に、私も同意する。
「旦那さんは離婚沙汰になることを極端に怖がってるみたいだし、奥さんは旦那さんを放り出すにはちょっと......」
「小心すぎる?」
「それ」
「こんなことがなけりゃ、二人とも永遠に悲惨な生活を続けてただろうな」
ビコウスキー刑事も同意した。
「でもなお二人さん、一番ありえなさそうなことが事実だったってことも、この仕事やってたらよくあるんだ。奥さんを被疑者リストから外すのは、まだ早いと思うぞ」
それはそうだ、と思いつつミオに聞く。
「ところでミオ、どこに向かってるの?」
「
キャヴァナーズ・バーは
「誰かお探しで?」
店に入ると、バーテンダーがカウンターから声をかけてきた。鼻が利くのかこちらが客でないとすぐに解ったようだ。
「フランク・モーガンって人を知ってますか」
ミオがバーテンに聞く。
「ああ、うちの常連だよ。今日も奥で、一人で呑んでる」
店の奥のテーブル席には何組かお客がいたけど、一人で呑んでいるのはうちの一人だけだった。
ミオがそのツナギの男の向かいに座る。
「フランク・モーガンさん?」
「そういうあんたは?」
「ミオ・オオカミ」
テーブルの上に警察官
「
「そうだけど」
「彼が失踪したことをご存知ですか?」
「いや、知らなかったね」
ゆっくり言いながら私とビコウスキー刑事の方を見回し、ミオに視線を戻して付け加える。
「残念だったね」
「ブラックさんの自動車が放置されているのを発見しました。血塗れで。モーガンさん、それについて何かご存知ですか」
ミオがモーガンの目をまっすぐに覗き込みながら聞く。
「なにも知らない。なあ、このことは残念に思うよ。俺は、その、エイドリアンのことは好きなんだ。ほら、彼はその、いい上司でさ......」
「頼むから、こんな戯言を真に受けないでくれよ、お二人さん」
ビコウスキー刑事がうんざりしたように口をはさんだ。
「いいえモーガンさん、あなたはその場にいたんです」
ミオが目を逸らさずに言う。
「知ってることを話された方がいいですよ」
「適当なことを言うんじゃないぜ、"刑事さん"」
最後の部分を皮肉っぽく付け加えて、
「俺が貨物駅にいたって証拠でもあるのかい?」
「貨物駅で自動車を見つけたとは言ってないですよね?」
虚を突かれた感じのモーガンに、私はハンドバッグから屠畜場の領収書を取り出して見せる。
「自動車のトランクで見つけました。あなた名義の領収書です。屠畜場に電話して、あなたの顔を確認してもいいんですよ」
「わかった、わかったよ」
モーガンが手を振り回して言った。
「これはバカなエイドリアンのお芝居なんだよ。シアトルの誰かさんと駆け落ちしたいんだってさ。それで、自分が襲われたように装ってほしいって頼まれたんだ」
手帳の図表に書き込みを終えてから、ミオが質問を再開する。
「じゃあ、ブラックさんは今どこにいるんですか」
「知らんね。もうシアトルに発ったあとなんじゃないかな」
「うんざりですね、モーガンさん」
貧乏ゆすりが一段と激しくなったモーガンに対して、ミオが大げさに溜め息を吐いて返す。
「ここでウチと話すのがお嫌ならそこの裏路地に行きましょうか。ビコウスキー刑事が"じっくり"お聴きしますよ」
ビコウスキー刑事が指を鳴らしながら睨みつける。実のところ、私たちも獣人なので腕っぷしという点ではビコウスキー刑事と大差はないんだけど、見た目の圧迫感は背広姿の刑事の方が断然強い。
「あ、あいつはうちにいるよ」
ビコウスキー刑事にポンポンと肩を叩かれたモーガンがどもりどもり答える。
「この街を出ていく前に何がしかの金が入ってくるらしくて、それを待ってるんだ」
「住所は?」
「フィグエロアとテンプルの角にあるアパートメントだよ。2号室だ」
ミオが住所をメモしてからお礼を言う。
「ご協力感謝します、モーガンさん」
「なあ、力になれてうれしいよ、俺は、その、お巡りは好きなんだ」
「そうですか」
私はモーガンの後ろに回ると、両脇に手を入れて無理矢理立たせた。
「でしたら私たちの署にご案内します、と言ったらとても喜んでもらえそうですね」
小娘に引っ張り上げられてポカンとしているモーガンの両手を後ろに回して手錠をかける。
「フランク・モーガン、詐欺と共同謀議で逮捕します」