H.L. Noire   作:Marshal. K

140 / 250
The Set Up #6 ~Interval~

 

 

「ワシントンより、アメリカン・センチュリー放送が全国ニュースをお知らせします」

 

 音量を最小に絞ったラジオから、ニュース・ショウの音声が低く流れてきていた。時刻は夜11時を回ったところだった。おまるんは助手席で仮眠をとっている。

 モーテルはひっそりと静かで、カルロがのこのこ舞い戻ってきたり、エドワーズさんが闇夜に紛れて抜け出そうとしたりってことはまだなかったけど、一応あたしは気を張って警戒を続けていた。

 

「第80議会では(H)(U)アメリカ的(A)(C)員会が召集され、ハリウッド映画産業への共産主義の浸透について、公聴会が行われました。委員長のJ・パーネル・トマス下院議員は......」

 

 エド・ハーリヒーが淡々とした声でニュース原稿を読み上げている。ちょっと前までナチス主義者を取り締まってた連中が、今度は共産主義狩りに乗り出している。確かに共産主義が脅威だって話はわかるけど、あたしにはなんだか、ナチスの滅亡で解散したくないHUACがなんとか存在意義を作ろうとしているように聞こえた。

 

 話半分に聴いてるうちに公聴会の録音は終わって、煙草のCMを挟んで音楽番組が流れだした。

 

「こちらはACBネットワーク、KTI-AMです。ブルズアイ・シガレットの提供でお送りするのは、テックス・ウィリアムズで、"スモーク!スモーク!スモーク!ザット・シガレット"」

 

 ウェスタン・カントリー風の曲が流れだして、テックス・ウィリアムズがほとんど喋ってるような調子で歌いだした。

 さわりの"だけどもし、俺が煙草を発明したやつに会ったら、そいつを惨殺するのを我慢できないだろうな"って歌詞を聞いてあたしはくすくす笑った。あたしも同じ気持ちだ。

 あたしはおまるんを起こさないように、そっと助手席の小物入れ(グローブ・ボックス)を開けると、中に隠してあったパッケージから煙草を一本抜き取った。そう、禁煙するのなんのと言っても、結局こうやってどっかに隠した一本を喫ったりしちゃって、完全な禁煙にはいつも失敗する。お金はかかるし、健康には良くないし、でもわかっていても離れられない。

 

「あたしも殺してやりたいよ、これ発明したヤツ」

 

 煙草用電熱ライターが熱されてポンと飛び出てくるのを待ちながら、あたしはラジオの向こうのテックス・ウィリアムズに呟いた。

 真っ赤な電熱コイルで煙草の先端をジリジリ焼いてから、最初の一服を満足とともに吐き出した時だった。

 

「......ポルカにも一本寄越せ」

「うわっ、おまるん起きてたの」

「起きてたもなにもお前、ほら」

 

 折よくラジオが、仮眠の交代時間を告げた。

 

「AM640kHz、KTIラジオが午前0時をお知らせします」

「な?」

 

 ライターをもう一回押し込んでから、あたしは小物入れ(グローブ・ボックス)からもう一本引き出しにかかった。ライターはすぐに飛び出て、おまるんはそれで火を点けた。一服して煙を吐くと、フィルターの根元のブランド名を睨みつけて言った。

 

「うえっへ、なんだこれ......何て読むんだ? ジテインズ?」

「ジターヌ、だよ」

 

 換気口(ヴェント)を開けようと手探りしながら答えると、おまるんはちょっと間を置いて、もう一服してから返した。

 

「不味い......ってほどじゃないんだけど、フランス人の趣味はよくわかんねえな」

「独特だよね」

 

 おまるんは三角窓(ピラー・ウィンドウ)を開けながら"お前も大概だぞ"って視線で言ってきたけど、声には出さなかった。

 あたしは一本灰にすると、そのまま素直に仮眠に入ることにした。ここで切り上げないと、一晩中煙草吹かしてそうだし。

 

「じゃあおまるん、次の二時間よろしく」

「ほいほい」

「それ、一箱全部喫い潰しちゃってもええんよ?」

「殺す気か?」

 

 小さく抑えられたベニー・グッドマン楽団の"シング・シング・シング"を聴きながら、あたしはゆっくり意識を手放しにかかった。

 

 

 

 

 

「お聴きの放送局は、KTIラジオです。午前8時をお知らせします」

 

 夜はつつがなく過ぎ去って、平和な朝が訪れた。エドワーズさんは夜のうちに逃げ出したりしなかったらしく、7時過ぎに一度、管理棟に朝食を摂りに出てきていた。

 

「お待たせ」

 

 助手席のドアが開いて、ファウンテン通り沿いで通勤者たちを相手に商売してる露店まで、朝食を調達しに行ってたおまるんが戻ってきた。

 

「サンドイッチ、どっちがいい?」

「なにがあるの?」

「えーっと、確かこっちがコンビーフと卵サラダ。んで、こっちがボローニャソーセージとハムとチーズ」

「ボローニャソーセージ」

「ほい。それとこれ」

 

 おまるんは紙袋を探って、サンドイッチと一緒に紙コップ(ディキシー・カップ)を一つ、渡してきた。指先から冷たい感覚が伝わってくる。

 ふたを開けると、中身はオレンジジュースだった。

 

「露店の向かいに薬局(ドラッグ・ストア)があったから、ついでに買ってきたんだ」

 

 おまるんは自分のカップから、きめ細かい泡が立つルートビアを一口飲んでそう言った。その鼻の下には泡でちょっとしたヒゲができているけど、面白いのであたしは黙っておくことにした。

 

 

 

 

 

 なんだかんだ夜のうちに、あたしたちは煙草をほとんど喫い潰してしまっていた。これで明日から禁煙できるだろう。多分。きっと。

 サンドイッチを平らげたあたしたちは、最後の二本を灰にしていたところだった。おまるんのヒゲは、流石にもうなくなっている。

 ラジオからは、不動産業者のCMが流れているところだった。"ジョニーが凱旋するとき"をバックに、社長だというおっさんが喋っている。

 

「......そして今、祖国に帰還した皆さんの未来を、エリシアン・フィールズ不動産開発(デベロップメント)がお守りします。私、リーランド・モンローが、復員軍人の皆さんに、家と土地を合わせて提供します......」

「おまるん」

 

 あたしは目を離さずに言って、おまるんの腕をつついた。おまるんの方も、あたしを待たずにもう煙草を消しにかかってたけど。

 

「ああ、見えてる」

 

 エドワーズさんが赤い衣裳鞄(スーツ・ケース)を持って、部屋から出てきたんだ。

 離れた駐車スペースから刑事二人が見守る中で、エドワーズさんは一旦管理棟に入ると、恐らく鍵を返してからすぐに出てきてガワー通りの方に向かった。

 

「ポルカが行く」

 

 おまるんが助手席のドアを押し開けながら言った。

 

「ポルカの方が背が小さいからな。獅白はこいつを回してくれ」

「おっけ」

 

 ドアを閉めてから、お散歩ペースでとことこ歩き去るおまるんの後姿を眺めつつ、あたしは送話器を手に取った。

 

「刑事無線44号車からKGPL」

「刑事無線44、どうぞ(カム・イン)

「KGPL、知能犯課(バンコ・フラウド)に照会を願います。ハリウッド地区で店頭営業しているノミ屋(ブック・メーカー)について――」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。