イグザミナー
おまるんと一緒に店の前に来た時、ドアが開いておっさんが一人、俯き加減で出てきて歩き去って行った。あたしはおまるんの腕をつついて言った。
「ねえ、おまるん。いま出てったおっさん、見覚えない?」
「え? いや、よく見てなかったな」
「クームズのおっさんだったよ」
「クームズ?......自動車屋の?」
「それそれ」
交通課の時に話を聴いた、中古車販売店の店主だった。
「だいぶ顔色が悪かったけどね」
「じゃ、あれだろ。クームズもハモンドにいくらか取られたクチなんだろ」
おまるんはなんだか愉快そうにそう言って、薬局のドアを押し開けた。
「
「ストップ、おまるん。どうもマーヴィン」
あたしはおまるんを制して、カウンターの向こうの男に声をかけた。
「調子はどう?」
「ちょうどカンバンにしようと思ってたところでさ、姐さん」
「さっき、すってんてんにされたばっかでしてね」
「金髪のご婦人、でしょ?」
「ええそうでさ。四千とちょっと、持ってかれましたよ」
「どれくらい前?」
「五分くらいですかね。そこの電話でタクシーを呼んでましたよ」
「番号はわかるか?」
横からおまるんが訊くと、マーヴィンは葉巻の煙と一緒にカウンターに乗り出して来て――この店は格子がない――、電話台の方を指して言った。
「あのご婦人にも訊かれましてね、そこの掲示板に貼ってある電番カードを見るように言いやしたよ」
「あんがとさん」
おまるんはそう言って、電話の方に歩いて行った。
「さて、マーヴィン。あたしの賭けのことなんだけど」
「あー、忘れててくれると助かるなあ、って思ってたんですがね......」
あたしは投票券をカウンターにおいて、それをとんとん叩きながら言った。
「払いなよ。さっきのご婦人に比べりゃ、四百くらい安いもんでしょ?」
「ねえ姐さん、50ドル札使ってもいいですかい? さっきの
「しっかたないなあ、いいよ」
マーヴィンが札束をまとめてる間に、おまるんが公衆電話から戻ってきた。
「イエロー・キャブ社の179号車だって。配車係がそう言ってた」
「そう。
「たぶんな」
「ねえ、マーヴィン。レイって知ってる?」
440ドル分の札束を押しだしてきたマーヴィンに、そう訊いてみる。
「シュガー・レイですかい? そりゃ勿論」
「違う違う、あんたの同業のほうだよ」
「レイなら、北チェロキー通りに店を構えてるって聞いてやす。ハリウッド
北チェロキー通り。それなら、知能犯課が言ってたマックス
「ありがと。またいくらか賭けに来るよ」
「毎度。幸運を、って言いたいとこですけど、こう勝ち続けられちゃうちは商売上がったりでしてね。複雑な心境でさ」
「お前、あいつを飼ってんだろ」
「あいつって?」
「マーヴィン」
捜査用車に戻ると、おまるんがあたしに訊いてきた。
「ノミ屋を情報屋として囲うのは悪くねえ手だよな......でも普通、勝ちっ放しの客に情報をやろうって気にはならねえと思うんだけど、どうやってんだ?」
「さあね。あたしに惚れてんじゃない?」
雑にはぐらかすと、おまるんは呆れ果てた目をして言った。
「あんな風にケツの毛まで抜かれちゃ、鼻血の一滴も出ねえと思うけどなあ......」
「あれじゃねえか?」
ハリウッド
すれ違いざまに車体側面の無線番号を確認する。
「179号車だ」
「誰も乗ってなかったな」
おまるんが後ろに遠ざかっていくタクシーを振り返りながら言った。
「タクシーを待たせてるってことは、さらに次の行き先があるってことだよな?」
「たぶんね」
あたしは短く返して、右手の
「うわっ」
急制動で頭をダッシュ・ボードにぶつけかかったおまるんが、バックでの急発進にまた振り回されて小さく声を上げた。
「どした、獅白? なんか荒っぽいぞ」
「ちらっと見えたんだよ、出てくるのが」
シフトレバーをドライブ・ギアに戻しながら、あたしは早口で答えた。
「でも、サイレン使うわけにはいかないから......」
チェロキー通りの交通が途切れるのを、ジリジリ待ってから左折すると、もうタクシーの姿はなかった。アクセルを踏み込んで、ハリウッド
「あ、いた!」
おまるんが交差点の先を指して声を上げる。
幸いなことに、タクシーはハリウッド
「あれが全然違うタクシーだったら、お笑いだけどね」
あたしがそう言ったタイミングで、交通信号機がベルを鳴らして青信号に変わった。アクセルを慎重に加減して加速する。
キャデラックは他の自動車たちと鼻先を並べて、タクシーの後を追ってチェロキー通りを進み始めた。