「停めろ獅白、たぶんあそこが終点だ」
キャデラックの捜査用車がラス・パルマス通りに曲がると、一本先のサンセット
「当たりみたいだね」
獅白はそう言って方向指示器を操作すると、通りの中ほどで捜査用車を路肩に寄せた。キャンディがタクシーから降りて、運転手が――たぶん、気前のいいチップを貰ったんだろうけど――真っ赤な
荷物がそろうと、キャンディはターミナルにすたすた入って行った。その後ろ姿に向かって、運転手が遠目にもわかるほどご機嫌な笑顔で、制帽の庇に手を当ててお礼を言っている。
「あっ」
「どうした?」
獅白が急に、バス溜まりの方に目をやって声を漏らした。
「今、ハモンドがいた気がする」
「まじかよ」
あたしもそっちに目をやるけど、全然わからなかった。
「あたし、ちょっと見てくるわ」
獅白が運転席のドアを押し開けながら言った。
「おまるんはターミナルに行って、エドワーズさんから目を離さないで」
「りょーかーい」
二手に分かれてからふと思ったけど、前に尾行がバレてた以上、あたしが行くのまずくないか、これ?
「......シカゴ行き、グレイハウンド68便は、混雑の影響で15分遅れての発車となります。アクロン行き、インター=ステート72便は予定通り......」
バス・ターミナルの中は、あたしにとってこれ以上望めないほどちょうどいい混み具合だった。ちびなあたしが人ごみの中に紛れつつ、こっちからはキャンディを見失わずにすむ程度だ。
あたしは人ごみの中をそれとなく縫って、広い待合室が大体見渡せるソファに陣取った。折よく隣にほったらかしにされてた――マナー違反だけど、今のあたしには大助かりだ――ロサンゼルス・ミラー紙を広げて、高速道路の建設予算に関する記事を読むふりを始めた。
新聞を広げる前は時刻表の前にいたキャンディの足音に、耳をそばだてる。この混雑ゆえに待合室内は足音であふれていたけど、なんとかあたしはキャンディを聞き分けて、少しして彼女が待合室から出ていくのを確認した。新聞を少し下げて、様子を見る。
「なんだ、トイレか......」
キャンディが去った方は、婦人用トイレのドアだった。
「......待てよ?」
古典的なトリックがあたしの頭をかすめた。トイレに入ったと見せかけて、窓から抜け出して尾行者を撒くあれだ。ひょっとして、あたしまた尾行がバレたんか?
げんなりした気分になりつつもトイレを確認すべきかどうか迷っていると、まさにそのトイレからくぐもった悲鳴が聞こえた。即決して新聞を放り捨てた次の瞬間、
――パァン!
乾いた銃声が一発響いて、今度はターミナル中が悲鳴に満たされた。お客たちが我先に出口に殺到して行く。
「警察! 警察です! 通して! 警察です!」
出口行きの人の波に文字通り流されそうになりつつ、あたしは警察官
「
銃口とともにさっと見渡した範囲内には、もう人影はなかった。個室のドアは全部閉まってたけど、一番奥の一つを除いて、人の気配はない。
そして一番奥の個室からは、ゴロゴロと猫が喉を鳴らすような音がしている。真っ赤な血がタイルの床を辿って、個室から中央の排水口へ流れ出していた。
「ししろお!」
奥の個室のドアを開けてから、あたしはトイレの外に向かって叫んだ。
獅白が背後にやってくる足音がした。そっちを振り返らずに言う。
「獅白、救急車呼んでくれ」
「ハモンドは見失っちゃった」
獅白はそう短く言って、すぐにトイレから出て行った。
「喋んないで、エドワーズさん」
何かを言おうとするキャンディにそう言った。キャンディはさっきから何か言おうとしてたけど、口からはゴボゴボ、ゴロゴロいう音と、血のあぶくが出てくるだけで言葉にならなかった。
「わかってる、ハモンドがやったんだろ? あたしたちが捕まえるから......」
がしっと、キャンディがあたしの腕をつかんだ。その力の強さにぎょっとしたあたしの目を覗き込んで、キャンディが小さく首を振った。息を吸って何か言おうとして、でもそれがキャンディの最後の呼吸になった。
手から力が、目から光が無くなって、天使の街の、薄暗くて汚い公衆トイレがキャンディの死に場所になった。