H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Black Ceaser #2

 

 

「ふーぅ......」

 

 駐車場に出ると、あたしは小さく深呼吸した。空気が美味しい。

 場所が裏路地なので、その空気はゴミの臭いやら吐瀉物や小便の臭いやらが混じっていたけど、今までいた部屋の圧倒されるような腐敗臭に比べれば新鮮極まりなかった。

 後からやってきたフブキ先輩は、我慢せずに大きく深呼吸していた。

 

「はぁー......すごい臭いだった......」

「あたしも、あそこまで強いのは久しぶりでしたね」

「風紀課って、ああいう死体をよく扱うの?」

「いや、あたしも風紀課に配属されてからは、初めてですよ」

 

 フブキ先輩と肩を並べてアイバー通りを渡りながら、ダウンタウンで制服勤めだった日々を思い出して言った。

 

「制服の時中央署だったもんですから。ドヤ街(スキッド・ロウ)とか、こういうのがたまにあったんですよ」

「あー、なるほどね」

 

 アイバー通りは朝の通勤者たちで溢れていた。パトカーや検屍局の寝台自動車は路地の奥に駐まっているので、彼らは通り沿いのアパートメントの一室に、二人分の死体があるとは全然気が付かない様子で歩を進めている。

 通りを渡って反対側にある売店は、通勤の片手間にハンバーガーやホットドッグで朝食を摂ろうって人達で盛況だった。あたしはふと一計を案じて、直接売り子のところに行こうとしたフブキ先輩の手を引いて、列の後ろに並んだ。

 売店は若い黒人男性のワンオペで、グリルもボイルもフライも、あらゆる作業を一人でこなしているようだった。それでも列は順調にはけて、十分ほどであたしたちの番が回ってきた。

 

「いらっしゃい、何にします?」

「フブキ先輩、お先にどうぞ」

「えーっと......じゃあ白上はフライド・チキンとポップコーンを」

「あたしはポップコーンだけでいいや」

 

 フブキ先輩はカウンターに25セント銀貨(クォーター・ダラー)5セント玉(ニッケル)を置いた。チップまで含めた、一般的な額だ。

 一方あたしは1ドル札を出してカウンターに置くと、強調しすぎない程度にぽんぽんと紙幣を指で叩いた。メニューによると、ポップコーンは一杯10セント。チップ込みでも15セントがいいとこだ。

 売り子はあたしをちらっと見てから、フブキ先輩の銀貨をカウンター下に入れて、1ドル札とニッケルは自分のポケットに突っ込んだ。

 

「それじゃ、ちょいとお待ちくださいね」

 

 売り子がフライヤーの方に向かうと、あたしはフブキ先輩に小声で言った。

 

「フブキ先輩、裏に回ってくれません?」

「わかった」

 

 フブキ先輩が立ち去る。売り子は調理場を行ったり来たりして、やがてポップコーンが山盛りの紙コップ(ディキシー・カップ)を二つ持って戻ってきた。さっき向かいのアパートメントで散々見たデザインだ。

 

「お待ちどうさん、先にポップコーンでさ。チキンはもうちょいお待ちくだせえ」

「あたしのはどっち?」

「向かって右側で」

 

 あたしはポップコーンを受け取ると、売り子の見ている目の前でカップをひっくり返した。

 

「ちょっと、姐さん!?」

 

 ポップコーンが歩道に散らばって、売り子が狼狽する。

 

「さあて、これは何かな売り子さん?」

 

 思った通り、カップの底には黄色い紙製の箱がテープで貼り付けられていた。ウェストコートの下から警察官(バッジ)を出して掲げる。

 

「言い忘れてたけど、あたしお巡りなんだ」

 

 言い終わらないうちに、売り子はぱっと身をひるがえした。調理場の裏にあるドアに体当たりして、そのまま逃げていく。

 あたしは悠然とカップをカウンターに置くと、警察官(バッジ)をお客たちの方に振って言った。

 

ロス市警(LAPD)です! 今日はもう閉店なんで、朝ごはんはよそでお願いします!」

 

 一気に上がった不平不満の声を背中に浴びながら、あたしはカップを持ってお店の裏に回った。

 

「あ、ぼたんちゃん」

「どうもフブキ先輩。首尾よく行きました?」

「まあ、見ての通りだよ」

 

 ちょうどフブキ先輩が売り子に馬乗りになって、後ろ手に手錠をかけたところだった。

 

「何したの? この人、急に飛び出してきたけど」

「モルヒネを買って、バッジを見せました」

「なるほどね?」

 

 フブキ先輩は売り子を立たせると、くるっと向きを変えて自分と向い合せにして言った。

 

「名前は?」

「......モーガン」

「フルネーム」

「フリートウッド・モーガン」

「ぼたんちゃん、白上が話を聴いとくから、お店の家探しお願いできる?」

「いいですよ。逃げるのはやめときなよ、フリートウッド」

 

 あたしはすれ違いざまにフリートウッドに言った。

 

「そっちの刑事さんは陸軍上がりだから、45口径持ってるよ。まだ若いのに、頭吹っ飛ばされたくはないでしょ?」

 

 

 

 

 

「さてと、確か紙コップ(ディキシー・カップ)ここから出してたね......」

 

 調理場の隅にある段ボール箱を前にして、あたしは小さく呟いた。

 モーガンはさっき、紙コップ(ディキシー・カップ)を取り出すにしては妙に長い時間を、この箱の前で使っていた。蓋を開けると、カップがギッシリ詰まっている。けど、その隙間には別のものも詰め込まれていた。

 

「あったあった、モルヒネが沢山......お客が来たら、ここで貼り付けて出すわけだね」

 

 同じ所に、モーガンの私物らしい鞄が置いてあった。楽器ケースみたいに見えるな。

 開けてみると、中には本当にトランペットが入っていた。

 

「おっと、トランぺットだ。マウスピースと、ミュートと......あれ?」

 

 ミュートからかさりと、紙が触れ合うような音がした。普通、この中に物が入ってることはないんだけど......

 

「これは......番号籤か」

 

 ミュートの中には番号籤の投票券が入っていた。ブロンソン通りのオッティーズ。同じ券が向かいのアパートメントにも散らばってたな。

 楽器ケースには他に、流行りのジャズ・クラブの無料入場券が入っていた。ひっくり返すと、裏に赤いインクでスタンプが押してあった。

 

 

――ジャメイン・ジョーンズ芸能事務所(ブッキング・エージェンシー)発行

 

 

「ジャメイン・ジョーンズね......あっちの二人も一応音楽家だし、ここも調べてみるかな」

 

 ざっと店内を見て回ったけど、他には大して重要そうなものはなかった。

 あたしはトングを使ってフライヤーからチキンを取り出すと、そこにあったバンズに挟んで呟いた。

 

「このポップコーンとフライドチキン、フブキ先輩に持ってくか......」

 

 カウンターに置きっぱなしだったフブキ先輩の分のポップコーン――確認したけど、こっちにはモルヒネは無かった――を持って、あたしは店の裏手に戻った。

 

 

 

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