H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Black Ceaser #4

 

 

「5528番地......この辺かな?」

 

 助手席のフブキ先輩が、歩道の番地表示に目をやりながら言った。右手側は最近造成された住宅地で、建てられたばっかりのピカピカの家が並んでいる。

 あたしは捜査用車をサンタ・モニカ大通り(ブールバード)沿いに進めていた。この宅地はウィルトン(プレイス)との交差点から続いていて、その角には開発会社の大きな看板が立っていた。リーランド・モンロー社長が、人のいい笑顔を浮かべて大写しになっている看板で、最近街中でよく見るようになった看板の一つだった。

 

「......あ、5531番地。ってことは、たぶん向かいだね」

「りょーかいです」

 

 あたしは方向指示器を操作すると、キャデラックを路肩に寄せて停めた。住宅の一つの前だけど、"売り出し中(For Sale)"の看板が出てるから大して邪魔にはならないだろう。

 道を横断して、向かいの二階建ての建物に向かう。

 

「えーっと、たぶんここかな。煙草屋さんだけど」

「隣はデリカテッセンですね」

「......裏かな」

 

 見た感じ、二階が貸し部屋ないし貸事務所のようだった。表に入り口が無かったから、フブキ先輩と並んで路地に入って裏手に向かう。

 

「あったあった。外階段ってことは、貸事務所かな?」

「みたいですね」

 

 建物の裏にコンクリの階段があって、二階のドアに繋がっていた。上に上がって、ドア脇の案内板を確認する。

 

「......ありましたよ。ジャメイン・ジョーンズ音楽事務所。238号室ですね」

 

 ドアを押し開けて、薄暗いタイル張りの廊下を進むと、建物の真ん中あたりで八角形のホールに出た。ぐるっと見回すと北東側に、"238"とステンシルで書かれたドアがあった。

 

「ここみたいですね」

「よし、行くよ」

 

 フブキ先輩がそう言って、ドアを押し開けた。

 事務所は廊下に負けず劣らず、薄暗かった。

 入ってすぐが細長い待合スペースになっていて、ぼろぼろのソファに大柄な黒人が二人、だらりと座っていた。待合室の奥には、本来受付デスクか秘書席に使うためらしいデスクがあったけど、その他の家具ともども押しやられて物置と化している。

 待合スペースと磨りガラスの仕切りで区切られた奥がオフィスらしい。

 

「誰が入っていいと言った?」

 

 そのオフィスから、男の声がそう呼ばった。フブキ先輩はその声を聞きつけるなり、どうやら酩酊しているらしい待合室の二人は無視して奥のオフィスにずんずん入って行く。

 

「ジャメイン・ジョーンズさん?」

 

 フブキ先輩はオフィスに入ると、大きな楢材(オーク)のデスクに着いていた黒人の男に訊いた。明るいグレーの背広にイエロー・ゴールドのベストを合わせている。黒檀のような肌とのコントラストが、なかなか個性的でお洒落な格好だ。口調にも、黒人風の訛り方がない。

 

「そういうあんたは?」

ロス市警(LAPD)です。ここを見て回ってもいいですか?」

 

 フブキ先輩の言い方は丁寧だったし、声も落ち着き払っていたけど、その響きには有無を言わせない圧のようなものがあった。ジョーンズの方も、それをすぐに感じ取ったらしい。

 

「ああ、だと思ったよ。令状はあるのかね?」

「必要?」

 

 あたしはゆったりと進み出ると、デスクの内側の端に腰を掛けてジョーンズを見下ろした。相手の身長は間違いなく6フィート(180センチ)以上あるけど、こうすれば悠々見下ろして、圧をかけられる。

 ジョーンズはぐっと黙り込んだ。

 

「......フブキ先輩、どうぞ見て回ってください。こいつはあたしが見ときますから」

「わかった」

 

 フブキ先輩がデスクの前を離れると、あたしもそっとオフィス内を見回した。床は待合室と同じ松材みたいだけど、オフィスには壁紙と合わせたらしい、青い絨毯が敷かれていた。毛羽はすっかり擦り切れちゃってたけど。

 デスクの奥のサイドボード――デスクと違って、ひどいマホガニー製だ――にはバイオリンやトランペットや、その他の楽器が飾られている。その上の壁にはいろんなジャズ・コンサートのポスターが、額縁に入れて掛けられていた。もっとも、こんな場末の音楽事務所が関わったとはちょっと考えづらい。

 

「なあ、何をお探しかな、お嬢ちゃん方。え?」

「刑事ね。いいから黙って座ってな、ジョーンズさん」

「......ねえ、ぼたんちゃん」

 

 オフィスの隅の方から、フブキ先輩が訊いてきた。

 

「KTI-FMの周波数って、いくつだっけ?」

「105.9MHz、だったと思いますよ」

 

 オフィスの奥に古くて大きい、据え置き型のラジオがあるのが目に入った。フブキ先輩がその前に立っている。見たところ、このオフィスで多少とも価値がありそうなのは、この大きなデスクと骨董品のラジオくらいらしかった。

 フブキ先輩が電源を入れて、ガーガー言うノイズが聞こえてきた。

 

「おい、そいつは骨董品なんだ。下手に扱って壊したら......」

「大丈夫ですよ」

 

 慌てたように声を上げたジョーンズを、フブキ先輩がいくつもあるツマミを捻りながら遮った。

 

「スコット・ファントム*1はお祖父ちゃんの家にありましたから。操作方法はわかります」

「違う、そうじゃな......」

 

 カチッと留め金が外れるような音がこっちまで響いてきて、ジョーンズが黙り込んだ。

 ラジオからマーサ・ティルトンの歌声が流れだす中で、フブキ先輩が天板を持ち上げた。ひょいっとデスクからお尻を持ち上げると、あたしもラジオの方に向かう。

 

「これじゃあ、随分音がこもっちゃうんじゃない?」

 

 ラジオの中をのぞき込んで、あたしはそう感想を漏らした。黄色い紙製の小さな箱が、真空管とかのある場所以外にぎっしりと詰め込まれていた。しかもなにやら、茶色がかった葉っぱの入った袋も見える。

 

「ヴァーノン、ウィルト!」

 

 ジョーンズが声を上げた。仕切り越しに、待合室の二人が反応する物音が聞こえた。

 

「こっちに来い! この娘っ子二人にお帰り願え」

「......ほら、聞いたろ。ボスがお呼びだ」

 

 呼ばれた大男二人がオフィスに入ってきた。気怠そうにしながら、拳を合わせてゴキゴキ鳴らす。

 

「聞いたろ、お嬢さん。大人しく出てってくれりゃ、痛い目に遭わずに済むぜ」

「大人しく座っててくれれば、違法薬物で酩酊してることは見逃してあげますけど?」

 

 フブキ先輩は、さっきまでと違って思いっきり挑発口調でそう言った。薄ら笑いまで浮かべている。

 抱きついたらフブキ先輩の顔が相手の肝臓辺りに位置しそうな、それくらいの身長差があるんだけど、陸軍さんは物怖じしないらしい。

 

「この......畜生風情が調子に――」

 

 乗るな、と言いながら相手は大振りの右をフブキ先輩にかました。あまりにも大振りすぎる。

 フブキ先輩は悠々躱して懐に入ると、そのまま相手の顎に頭突きをくれた。

 

「この!」

 

 もう一人があたしに突っかかってきたので、あたしもそれ以上観戦してる暇はなくなった。

 と言ってもこっちも恐ろしくトロい動きで左を突き出してきて、あたしはそれをひっつかんで引き寄せざま、左手で相手の後頭部を掴んで顔面をあたしの膝に叩き付けた。

 相手が鼻を押さえて床に転がったので再びフブキ先輩の相手を見やると、そっちも仰向けに床にひっくり返ってしまっていた。

 

「クソッ! この......」

「はい、そのまま!」

 

 あたしは、ガタッと立ち上がったジョーンズを指さして制止した。

 

「元通り座ってなよ、ジャメイン。次に立とうとしたら、こいつみたいに鼻っ柱をへし折るから。ほら、あんたも」

 

 顔を覆って床の上で丸まってる大男に、ブーツの靴先でつつきながら声をかける。

 

「そっちで伸びてる相方を、あっちのソファに連れてって大人しくしてな。フブキ先輩、ラジオの中身をお願いします。あたしはジャメインから話を聴いときますんで」

「......りょーかい」

 

 フブキ先輩は頭を撫でながら、ちょっと間をおいて答えた。どうやら、顎の当たったところがまだ痛いらしい。

 

「さてと、ラモントとタイリーは死んだよ」

 

 あたしはデスクの向かいの客用椅子に腰かけながら言った。めちゃくちゃ座り心地悪いなこの椅子。署で巡査や、あたしたちヒラの刑事が使ってるやつといい勝負だ。

 

「ラモントとタイリーが死んだ?」

 

 ジョーンズは鸚鵡返しにそう言った。ショック、ってわけでもなさそうだ。

 

「今頃ハリウッド救急病院の剖検室で、解剖台に載ってるだろうね。腑分けをしなくてもあの部屋を見れば、胃の中身はポップコーンのモルヒネソースがけだって想像がつくよ」

「......取引を申し出ているのかね?」

「申し出るのはあんただよ、ジャメイン。あたし、こいつが担当になったら嫌だなーって判事さんがいるんだよね。獣人が嫌いな人」

 

 あたしは手を伸ばして、デスクの上の灰皿から喫い差しの葉巻を取った。同じところからライターも取って、焦げている側をジリジリ炙る。

 

「ようするに白人の(シロい)人間以外は嫌いな人だから、今回ばかりは担当に据えてもいいかなーって思ってるんだ。死体二人分で五十年。連邦政府(サムおじさん)から盗みを働いた廉でもう三十」

 

 相手が計算して、それが頭に染み込むまでの間にあたしは一服して、目を細めた。へえ、結構いいの喫ってんじゃん。

 

「出る頃にはいくつかな、ジャメイン? 100歳? 110歳?」

 

 ジョーンズは頷きながら、あたしの方に身を寄せてきて言った。

 

「わかった、わかったよ。質問を聞こうじゃないか」

 

 

 

*1
E.H.スコット・ラジオ研究所が販売していた高級オーダーメイド・ラジオブランド

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