H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Black Ceaser #6

 

 

「ねえ、ぼたんちゃん。マーロン・ホプグッドって覚えてる?」

 

 ジャメイン・ジョーンズとゆかいな仲間たちを、サーズフィールド巡査の護送車(Bワゴン)に任せて捜査用車に戻ったところで、フブキ先輩がそう訊いてきた。

 あたしは始動(イグニッション)キーを捻ってエンジンをかけて、キャデラックをウェスタン通りの方に出しながら記憶を漁った。ホプグッド? なんか聞いた覚えがある気がする......ああ。

 

「ええ、覚えてますよ。フブキ先輩が危うくドタマに風穴開けられかかった、あの小道具店のオーナーですよね」

「それそれ。いや、マーロンって名前聞いて思い出したんだけど、あの人今どうしてんのかなって」

「相変わらずロイの情報屋をやって、しぶとく見逃してもらってるみたいですよ?......ふふっ」

 

 そこでふと、先週の件を思い出してあたしは軽く吹き出してしまった。

 

「? どうしたの?」

「いやね、へへっ......あいつ、こないだファウンテン通りとコール通りの角の電停で、ご婦人のスカートの中を盗撮してまわってましてね。警察に通報されたんですよ」

「へえ。捕まったの?」

「あたしとおまるんで捕まえたんですよ。つっても軽犯罪でしたから、罰金払ってすぐ出ましたけどね」

「思った以上に元気そう......」

 

 フブキ先輩の声は、なんとも言えない感情に溢れていた。あたしにもその理由はなんとなくわかったから、一応、やんわりと釘を刺しておくことにした。

 

「あのね、フブキ先輩。もうしばらく風紀課(ここ)にいればわかると思いますけど、アメリカ中から純粋な若い女の子が女優を目指してここに集まる限り、ハリウッドは彼女たちを永遠に食い物にし続けるんですよ。思い上がった怪物どもを州立刑務所(サン・クエンティン)か精神病院にぶち込み続けるためには、ホプグッドみたいなやつも必要なんです。やりきれないと思いますけど、割り切ることも大切ですよ?」

 

 捜査用車はもうすぐファウンテン通りとの角に達しようとしていたけど、フブキ先輩からの返答はなかった。

 

 

 

 

 

「1456番地は......ここかな?」

 

 フブキ先輩はブロンソン通りに入るまではすっかりだんまりだったけど、通りに入ってからはちゃんと縁石の番地表示を確認してくれた。ホプグッドの件で、こんなにもすぐに割り切れたとは思えないけど、仕事のために一旦脇に置いてくれてるんだろう。

 ブロンソン通りとサンセット大通り(ブールバード)の角に大きなドライブイン・ダイナーがあって、そのすぐ南の建物がどうやら1456番地らしかった。向かいには十年ほど前にボウリング場に改装された、旧ワーナー・ブラザーズ・スタジオの大きな建物がそびえ立っている。

 

「......ここも裏、ですかね?」

 

 あたしは捜査用車から降りて、建物を見上げてそう言った。三階建ての建物の一階は電器屋さんと金物屋さんで、ジョーンズの芸能事務所と同じように二階以上は貸事務所らしかった。

 特に案内の無い裏口から入って階段を二階に上がると、二階は仕切りや壁のない大部屋になっていた。

 中央の受付らしいテーブルに歩いて行くと、フブキ先輩が奥の方の男たちに声をかけた。

 

ロス市警(LAPD)。白上刑事とお......獅白刑事です」

「マーロン・オッティーと言います」

 

 こげ茶色の背広を着こんだ黒人がやってきて、手に持った帳簿をテーブルに置きながらそう言った。シャツの襟を流行りのスタイルに広げている。

 テーブルの上の骨董品らしい杖と合わせて、モーガンの"洒落者気取り"って表現がしっくりくる感じだった。

 

「何の用ですか? 刑事さん。ここじゃ合法な、キチンとした個人胴元(ブック・メーカー)をやってるだけですがね」

「んじゃ、あそこの電話はなに?」

 

 あたしは大部屋の奥の方のテーブルに置かれている、何台もの電話機の方を指して言った。

 

「どう見ても電信競馬(ワイヤー・レース)用の、無許可の設備に見えるけどね?」

「それに、この違法な番号籤ですけど」

 

 フブキ先輩が、手提げ鞄(ハンドバッグ)から例の投票券を出して続けた。

 

「あなたの名前と、ここの住所が書いてますよね? これもあなたとは無関係だと?」

「あのな、俺はちゃんとショバ代をイタリア人どもに払ってるんだ」

 

 オッティーが椅子に座りながら答えた。

 

「で、そいつらがあんたら市警にも金を払ってる。あんたらにゃ、俺を捕まえられんぜ」

「違法賭博絡みならそうかもね。でもモルヒネの話になったら、どうかな?」

 

 あたしはテーブルに両手を着くと、オッティーの顔面すれすれまで目を近づけて迫った。オッティーの目が一瞬、自信なさげに揺らぐのを見て取って、あたしはフブキ先輩に振り向かずに行った。

 

「この事務所を見て回ってください、フブキ先輩。あたしはこいつと、ちょっと世間話をしときますから」

「わかった」

 

 フブキ先輩が、電話機がずらっと並んだテーブルの方に離れていくと、あたしはテーブルのこっち側の椅子に腰かけてオッティーを見据えた。

 

「あたしたち、余剰軍用品のモルヒネのことで来たんだよ。それについて、何かあたしたちに言うべきことがあるんじゃないの?」

「話には聞いたさ。港でデカい強盗があったんだってな」

 

 奥からガチャンと音が聞こえてきて、オッティーがぱっと振り返った。目をやると、フブキ先輩が部屋の片隅にあるスロット・マシンで遊んでるところだった。なにかお目当てがあるのか、50セント銀貨(ハーフ・ダラー)をマシンの上に数枚積み重ねている。

 

「マーロン、麻薬のこと」

「あ、ああ」

 

 まだそっちが気になるらしいオッティーの注意を、こっちに引き戻した。この感じだと、さっきのスコット・ファントムみたいになにか仕掛けがありそうな感じだ。

 

「まあ、俺がやるような仕事じゃないな。もっと勝算のあるやつの方がいい」

「ねえ、いい加減にしない? マーロン。あんたはレニー・フィンケルシュタインと良い仲なんでしょ? あいつの下でモルヒネの卸しをやってるって、あたしそう聞いたんだけど?」

「なんのことだか。ああ、俺はあんたら市警の下でクスリを卸してるぜ、クソ野郎」

「あのね――」

――ジリジリジリジリジリ!

 

 あたしの発言を遮って、騒々しいベルの音が事務所内に響き渡った。オッティーがぱっと音の元、スロット・マシンの方に目をやった。

 

「......色々説明してもらいたいところですね、オッティーさん」

 

 奥からフブキ先輩が静かに言った。マシン筐体の正面下半分が蓋みたいに開いていて、その中に黄色い箱が山積みにされてるのが、こっちからでもよく見えた。

 

 

 

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