「この事務所を見て回ってください、フブキ先輩。あたしはこいつと、ちょっと世間話をしときますから」
「わかった」
憤然とした様子のオッティーを相手に、ぼたんちゃんが客用らしい椅子に座りながら私にそう言った。
私はそれを受けてテーブルの横を回り込むと、事務所の奥へと歩を進めた。奥にあるテーブルの一つには、電話機が何台も並べて置かれている。受話器は全部上げられて、壁のコルク・ボードの
「確か、シーゲルの
「さあ、知りませんな」
コンフィデンシャル・マガジンか何かで読んだ知識をもとに、電話機の横でタイプライターを相手にしていた男――従業員だろうけど、白人だった――に声をかけるも、にべもなくそう返されてしまった。まあ、そうやすやすとこれが違法な設備だって認めてはくれないだろうけど。
事務所の反対側の隅に向かうと、タイプライターを並べて仕事をしている男たちの奥に、スロット・マシンが一台置かれていた。これもまた、単独で設置されてたら"違法な賭博機械"の誹りを受けてしまう類のものなんだけど。
「......ん?」
近寄ってみると、三つのリールの内の一つが見覚えのあるシンボルを表示していた。アルファベットで"WIN"。
「そういえば......」
「これ、スロットのリール・シンボルみたいだな......試してみよう」
マシンの横のレバーをぐっと引く。が、ロックが掛かっていてガチッと抵抗されてしまった。
「げぇ、やっぱりお金いるのかあ......」
「白上、こういうの苦手だからなあ......これ、経費で落ちるのかな」
もし"当たり"だったら、押収してから鑑識課に頼んで使った分を取り戻せばいい、って考えはこの時は浮かばなかった。
「あと一列......あと一列なんだ......」
高速で回転する中央のリールを見つめながら、私はうわごとみたいにそう呟いた。左右のリールはそれぞれ、さくらんぼと"WIN"を表示した状態でホールドしている。
ここまでするのにもう1ドル50セント使っていた。そしてこの一回で失敗したら、さらに50セント投じなくちゃいけなくなる。そして、いまマシンの上には銀貨はあと二枚しかなかった。
「なあお嬢さん、それじゃだめだぜ。同じ絵柄をそろえにゃ」
後ろから従業員らしい男の一人が声をかけてきた。
「いいの、これで......ここっ!」
渾身のボタン押し、その結果リールが止まったのは......レモン。
私は盛大に溜め息を吐きながら、筐体におでこをぶつけた。震える右手で銀貨を掴んで、なんとかスロットに投入した。
「もう無心......もう無心だ......」
後から思い返せばなかなか
色々考えすぎて、もはや何も考えていないような状態で、私はボタンを押した。止まったシンボルは......鐘だった。
「やった!」
――ジリジリジリジリジリ!
この組み合わせでは本来鳴らないはずのジャックポット・ベルが鳴り響いて、筐体正面の下半分がぱかっと開いた。
「うわっ!......うわうわ」
中からコインが溢れだしてきたり、はしなかったものの、中に貯め込まれていたものを見た私は嘆息した。ぎっしりのモルヒネの箱。蓋の裏には、見覚えのある緑色のシールが貼られている。
「......色々説明してもらいたいところですね、オッティーさん」
ぼたんちゃんが静かにそう言うのが聞こえた。
「クソッ!」
ぼたんちゃんの視線が逸れたのを見てか、オッティーがぱっと逃げ出そうとした。
「おっと」
ぼたんちゃんは特に動じる様子もなく、野球のスライディングの要領でさっと足を滑らせると、走り去ろうとしたオッティーの足を引っ掛けた。バターン!と気の毒になるほど大きな音を立てて、オッティーは事務所の床の上に滑りこけた。
「うわー、痛そう......」
「ほら、立ちな」
ぼたんちゃんはうつぶせにぶっ倒れたオッティーの両脇に手を差し込むと、ひょいっと子供みたいに立たせた。
「わかったわかった、わかったよ。座らせろ」
言われるまでもなく、ぼたんちゃんはオッティーを元居た椅子に突き飛ばすようにして座らせた。
私もその場にいた連中に手錠をかけて回ると、オッティーのテーブルに戻った。
「さてさて。逮捕抵抗が付いたところで、その大事そうな杖を見せてもらいましょうか」
「傷つけるなよ、それは値打物の骨董品なんだ」
「ま、骨董品なのは確かでしょうね。んで、そう言う杖ってのは得てして......ほら」
ぼたんちゃんが捻りながら持ち手を引っ張ると、カチッと小さい音がして、カモシカの頭か何かを模した持ち手が外れた。
ぼたんちゃんが中から丸めた紙を引っ張り出した。広げて読み上げる。
「"私、ホセ・ラメズはマーロン・オッティー
「誰だって貸し借りはあるものだろ?」
椅子に座らされたオッティーは、憤然としつつも特にやましいところはなさそうに答えた。
「じゃ、これはモルヒネ密売とは関係ないんだね?」
「ああ、賭け事の借金だ」
「どうかな。そいつは中古家具屋をやってるんじゃないですか?」
「それがどうした?」
さっき2ドルもつぎ込まされたスロット・マシンの方を指して、私は続けた。
「あれを買ったのは、その中古家具屋さんで、ですよね? あんなものを作っておいて、密売に関与してないとは思えないんですけど」
「ちなみに、ジャメインは喋ったよ」
ぼたんちゃんが追撃にかかった。
「あんたとラメズは、レニーの"良い友人"なんだってね? レニー・Fの言うことを、何だって喜んでやるそうじゃない」
「俺が!?」
オッティーがドンとテーブルを叩いて応じた。怒ってる。演技、じゃなさそうだ。
「俺はホセが、ホセ・ラメズが持ってきたクスリを卸してるだけだ。くそったれな二人組がここにモルヒネを持ち込むまで、俺はクリーンな番号籤をやってたんだぞ」
「その二人組ってのがホセとレニーだね?」
「ああそうだ。ユダヤ人が
「なるほどね......フブキ先輩、他に訊きたいことあります?」
「んにゃ、ないよ」
「わかりました。マーロン、あんたは羽虫だけど、とりあえず収監するよ」
ぼたんちゃんは椅子から立ち上がると、タイプライターの一台の脇に置かれている電話機――
「留置場でしばらく過ごしたら、もうちょっと有益なことを思い出せるかもしれないしね?」
「クソくらえ。そっちのあんたもだ」
オッティーはまずぼたんちゃんに、ついで私に親指を下げて言った。
「見てろ、俺を告訴することはできんぞ」
「こいつをハリウッド署に。できるだけ遠回りして、お尻に悪そうな道を通ってあげて」
護送係のフーバー巡査にぼたんちゃんが、オッティーを引き渡しながら言った。
「それと、
旧棟は、いまは使われていない古い留置施設だ。水洗便器は無いし、換気は悪いし、総じて汚いしで、留置人にとっても看守係にとっても劣悪な施設なんだ。
「
フーバー巡査は護送車の後部ドアを閉めながら、人の悪そうな笑みを浮かべてそう答えた。