「おはよ、ポルカ」
ハリウッド警察署の駐車場に警察支給のビュイックを駐めると、フブちゃんたちの46年式クライスラー・サラトガはすでに横に駐まっていた。獅白のキャデラックはない。まだ来てないとは考えづらいから、たぶんもう出たんだろう。
公用車を降りて通用口に向かうと、そこでミオしゃが待っていてあたしに挨拶した。
「おはよ、ミオしゃ」
「ラ・ミラダ通り5810番地で
「殺人課が? ってことは、主任はポルカたちを?」
というかたぶんミオしゃを、なんだろうけど。
「うん、行かせるつもりだって。検屍官は死因をモルヒネの過剰摂取だって診てるみたい」
「モルヒネねえ......んじゃ、これがミオしゃとの最後の事件になるかな?」
「たぶんね」
ミオしゃに促されて来た道を戻り、
ミオしゃとあたし、そして獅白とフブちゃんに別れての指導期間は今日が最後だ。指導期間って言っても、風紀課員としてはともかく警察官としてはミオしゃの方が先輩なわけで、なんだかこの一週間は、あたしの方が学ぶことが多かった気がする。あたしは――そして獅白も――戦時採用で
ミオしゃはクライスラーをウィルコックス
「モルヒネ......先週フブキが挙げたやつだよね?」
「多分そう、かな」
あたしは歩道の方を見るとはなしに見ながら答えた。
「フブちゃんと獅白が押収したのは、全体の1/3くらいだったらしいから、今回のは残り2/3の中から出たんじゃないかな」
「その2/3って、誰が持ってるんだろう?」
「さあ。レニー・Fが全部捌いちまって卸の売人たちがバラバラに持ってるのか、あるいは強盗犯が他の誰かにも分けたのか」
あっちの捜査報告じゃ、レニー・フィンケルシュタインは強盗とは関係がないってなっていた。獅白が誰かに買収された、とはちょっと考えにくいし、ミッキー・コーエンは
「何にしても、現場を見てみなきゃだね。モルヒネを買っただけかもしれないし、ひょっとしたら在庫品に手を出したのかもしれないし」
後者の場合は、今度はあたしたちがモルヒネの残り全部を見つけることになるかもしれない。それはめっちゃワクワクすることではあるけど、予断は禁物だ。
交通信号機がチンと鳴って、ミオしゃはクライスラーをブロンソン通りに曲がらせた。
ラ・ミラダ通り5810番地は、バン・ネス通りとの角の北西側に建つアール・デコ調の、いかにも高級そうなアパートメント・ビルだった。
建物の造りはなかなかお洒落だけど、屋上に立つ不動産業者の
それと、正面玄関の前に駐車しているフォードのパトカーと検屍局の寝台自動車も、短期的なことだけど残念要素と言えるかもしれない。ミオしゃは反対側の路肩に駐まっていた、緑色のナッシュの捜査用車の後ろにクライスラーを停めた。
「6号室です」
玄関に近づくと、立ち番に当たっていたウィーライト巡査が煙草を足で踏み消しながら、あたしたちにそう言った。ハリウッド署は中央署とかに比べて少人数なんで、顔を覚えてもらえるのも早い。
「2階の、一番奥です」
「ありがとう、ウィーライト巡査」
ビルはホールも廊下も階段も、落ち着いた紅色の絨毯で覆われていて、しかも毛羽はフカフカだった。足音が全然しない。
定期的に手入れと交換が欠かさず行われている証拠で、仮に分譲だとしてもそれなりの維持費を取られることは確実だ。
「被害者はずいぶんお金持ちみたいだねえ......」
階段を上りながら、ミオしゃがそうポツリと呟いた。
2階に上がって廊下を一番奥の、開けっ放しのドアの方に進んで行くと、戸口から見覚えのある男が出てきた。
「ビコウスキー刑事! しばらくぶりですね」
あたしと獅白がが刑事に昇任したとき、交通課で指導役をしてくれた刑事さんだ。ミオしゃとフブちゃんも交通課からだったって聞いたから、たぶん二人とも面識があるはず。
「どうも、ビコウスキー刑事。殺人課に異動できたんですね」
「ああ、ついにな。久しぶりだね、お二人さん」
ビコウスキー刑事はミオしゃにそう答えると、ちょっと大げさにお辞儀した。
「そのままハグでもするのか?」
戸口の方からガラガラ声が聞こえてきた。
目をやると、下のナッシュみたいな汚い緑の背広に身を包んだブルドッグ風のおっさんが、安っぽい葉巻片手にこちらを眺めていた。殺人課の刑事なんだろうけど、あたしには見覚えがない。
「しませんよ、ギャロウェイ刑事」
ミオしゃがギリギリ失礼にならない程度にピシャリと返した。そっか、この人が有名な"
まあ、そこまで露骨な言い方じゃないにしても、"
「被害者はファッション・モデルのジュリア・ランドール、26歳」
ビコウスキー刑事はラスティを無視して、あたしたちに説明を始めた。
「浴槽の中で死んでいるのを今朝、家政婦のレイノルドセン夫人が発見して通報した」
「なるほど。ポルカたちが聞いたところじゃ、検屍官が......」
「カラザースは、人を振り回すのが好きなんだよ」
あたしがビコウスキー刑事に確認を取ろうとすると、それをラスティが遮った。寄り掛かっていた柱から離れて、脂ぎって緑がかった葉巻を振り回しながら――上等な絨毯に灰がぼろぼろ落ちた――続けた。
「睡眠薬を過剰摂取して、浴槽の中で眠っちまって、それでお亡くなりってわけだ。以上」
「マルは100%殺人だと言ってる」
ビコウスキー刑事が横から言い足した。あたしとしては、ラスティよりも検屍官の意見に賛同したいところだ。もっとも、現場を見てみない限りはなんとも言えないけど。
「じゃ、現場を見せてもらってもいいですか」
「ああ、どうぞ」
ビコウスキー刑事はこれまた芝居がかった仕草で、戸口の方に手を振った。
「どうも」
ビコウスキー刑事に会釈をして、ついで安物葉巻と安酒のくっさい臭いをぷんぷんさせているラスティの脇を抜けて、あたしたちは6号室に入った。