H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Naked City #3

 

 

「ビコウスキー刑事、ちょっとお願いできますか」

 

 廊下に出ると、先に立ってたミオしゃがビコウスキー刑事に話しかけた。

 

「レイノルドセン夫人からヘンダーソンさんって男性の話を聴いて、その人をあたってください。ウチたちはモルヒネの方を調べます」

「わかった、任せてくれ」

 

 ラスティの方は"やれやれ"って顔だったけど、ビコウスキー刑事は了解してくれた。二本指で陽気な敬礼を飛ばしてくるビコウスキー刑事に会釈を返すと、あたしもミオしゃの後に続いて階段を降りる。

 

「あー、オマル刑事?」

 

 玄関ホール(ホワイエ)に戻ると、立ち番をしてたはずのウィーライト巡査がホール内にいて、あたしに話しかけてきた。

 

「ん、どした?」

「検屍官に言われてホール内を調べてたんですが、ゴミ箱からこれが」

 

 ウィーライト巡査が差しだしたのは、中身が絞り出された使用済みのモルヒネシレットだった。

 

「なるほど......マルも喜ぶね」

「かも? でもミオしゃ、ここはハリウッドだから」

 

 巡査に持ち場に戻るように合図して、言葉を続ける。

 

「こんなんそこいら中のゴミ箱にあると思うな......少なくとも、これを凶器と断定するのは厳しいと思う」

「ま、解剖すればわかるでしょ」

 

 ミオしゃはシレットを証拠品保管袋に入れた。

 

「さてと、ポルカ。ウチたちはモルヒネの線を追おうって話になったけど、行先のアテってある?」

「ミオしゃは無いんか」

「無い」

 

 ずっこけそうになったけど、レイノルドセン夫人からはその辺は期待できなさそうでもあった。

 

「二つ、あるよ。一つはストーンマン医院(プラクティス)。もう一つはダシーヌ服飾店」

「服屋さんは被害者の勤め先だね? 病院は?」

「寝室の薬箱で確認したんだけど、被害者にベロナールとベンゼドリンを処方してた」

「ベロナールとベンゼドリン!?」

 

 ミオしゃがびっくりしたように聞き返してきた。

 無理もない。ベロナールはバルビツール酸系の睡眠薬、ベンゼドリンは覚醒剤だ。

 

「うん。被害者の情緒について、レイノルドセン夫人はなんか言ってた?」

「とっても不安定だったって。そっかあ、そんな服薬生活してちゃ、ジェットコースターみたいな情緒にもなるよねえ......」

 

 玄関をくぐって、通りをクライスラーの方に渡っていく。ウィーライト巡査の足元の吸殻は、着実に増えていた。

 あたしは助手席に乗り込みながら、ミオしゃに言った。

 

「なんで、ポルカとしちゃそのストーンマン医師(せんせい)に話を聴いてみたいかな。ベロナールとベンゼドリンを同時に処方するような先生なら、求められればモルヒネも渡しそうだし」

 

 ミオしゃは運転席に座ると、始動(イグニッション)キーを捻りながら答えた。

 

「じゃ、次はその病院に行ってみよっか。住所は?」

「アイバー通り1646番地」

 

 

 

 

 

 アイバー通り1646番地は5階建て耐火煉瓦造りの、いかにも戦時中に建てられましたって感じの雑居ビルだった。これといって目を引く装飾もなく、ついでに空調もないらしくてほとんどの窓が開け放たれている。

 ミオしゃはデリカテッセンと印刷屋さんに挟まれた正面玄関をくぐると、郵便受け(ポスト)の上に掲げてある案内板に歩み寄った。

 

「......あったあった。ストーンマン博士、505号室」

 

 後ろから案内板をのぞき込むと、同じ階には弁護士事務所とかも入居してるみたいだった。

 磨き上げられてピカピカの、松材の廊下を奥に進むと、ミオしゃはためらいなく昇降機(エレベーター)に乗り込んだ。

 

「あ、あの、ミオしゃ?」

「なに?」

「階段にしない?」

 

 特に白人専用とかの掲示は無いけど、一基しかないから獣人が使うと白い目で見られそうだった。

 

「ポルカ、一応ウチたちは公務中の警官なんだから......早く乗りな?」

「はい......」

 

 諦めて(ケージ)に乗り込むと、ミオしゃが運転レバーを廻してドアを閉めた。ガクンとひと揺れしてから、籠はするすると上に昇っていく。

 天井にレコード・プレイヤーが仕込んであるらしくて、ルイ・アームストロングの"ビフォア・ロング"が流れだした。外見のわりに中がお洒落なのは、戦時下に建てられた建物全般に言えることだ。アメリカ人は――というか人間は――戦時下でも完全に贅沢さを失いたくはないってわけ。

 アームストロングが歌いだす前に昇降機が停まって、チンという音とともにドアが開いた。正面の黒曜石風のプレートに、"5"と書かれているのが目に入った。

 505号室は一番奥の事務室で、それはつまりこのビルで一番いい部屋だってことだ。ストーンマン医師はずいぶん儲けてるみたいだ。

 

「お名前をどうぞ」

 

 ドアを開けると、現代的なデスクでタイプライターを相手にしていた女性が声をかけてきた。秘書兼受付嬢ってとこかな。

 

ロス市警(LAPD)です。ストーンマン医師に取り次いでください」

 

 あたしが言葉遣いだけは丁寧にそう言うと、受付嬢はむっとした顔になって返してきた。

 

「ストーンマン先生は診療中です。そちらでお待ちになって......」

「いいや、待たないね」

 

 敬語スイッチ、オフ。警官はナメられたら終わりだ。殊にあたしは女だし、獣人だし、チビだしで、ナメられやすい。

 

「警察の公務を優先してもらうよ。そこの構内通話機(インターコム)で、今すぐ会うって先生に伝えな?」

「無礼ですよ、ご自身でご承知でしょうが」

「そりゃどうも」

 

 受付嬢は根負けしたらしく、しぶしぶ通話機のボタンを押した。

 

「ストーンマン先生、こちらにロス市警から......"お嬢様方"がお見えになっています」

"......ああ、こちらにおいで願って。この患者さんは、彼女らが帰ってからにしよう"

「どうぞ、診察室はあちらです」

 

 受付嬢が振った手の先で今まさにドアが開くと、神経質そうな小男が顔を顰めて出てきた。

 

「なあ、あんたらの仕事は俺の坐骨神経痛より重要なのか? いや、何でもない、ほっといてくれ」

 

 言うだけ言って、男は待合室のソファにそろそろと腰を下ろした。彼が後回しにされた患者さんらしい。

 

「ほら行くよ、ポルカ。とっとと終わらせて、あの人を掛からせてあげよう」

 

 診察室の方に背を押すミオしゃに、あたしは肩越しに返した。

 

「とっとと終わるかどうかは、先生次第だと思うけどなあ」

「ま、そうだけど」

 

 

 

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