「アーネットさん?」
取調室2に入るなり、ミオしゃがそう声をかけた。
淡い水色の背広を着こんだ男が、目を落としていた警察コーヒー入りのマグカップからぱっと顔を上げるのを確認して、ミオしゃが向かいの椅子に座りながら続ける。
「大神刑事と尾丸刑事です。ご足労頂いてありがとうございます」
「ああ......何か自分にできることをしようと思って......ジュリアのために」
あたしはドアを閉めて寄り掛かりながら、アーネットの様子を観察した。
一見、打ちひしがれて動揺してるようにも見える。ただ、それにしては据わった声をしていた。この悲しみはうわべだけか。
「ジュリア・ランドールさんのことを、どの程度ご存知でしたか?」
ミオしゃは特に相手を観察するでもなく、質問を切り出した。もっとも、ミオしゃなら観察するよりも先に、直感的に見抜いてしまいそう程度ではあったけど。
「大しては。俺はファッション事務所をやっていてね、ジュリアはその......時折俺のところでモデルをしていた。その程度だ」
「そんな取り繕いをお聴きしたくて呼んだわけじゃないんですよ」
ミオしゃがピシャリと返した。あたしもそれに乗っかる。
「要するに、あんたがランドールさんとヤッてたかどうかが知りたいんですよ、ポルカたちは」
「おい、俺は婚約してるんだぞ。その質問は失礼だろ......」
「で、お答えは?」
あたしに喰ってかかったアーネットに、ミオしゃが冷たく迫った。冷たく......いや、よく見たら首許ちょっと赤らんでるな。
「......これは内密にしてくれるよな? 特に、ヘザーには」
ミオしゃが頷くのを受けて、アーネットは深々と息を吐いてうなだれた。
「ああそうだ、ジュリアとはそう言う関係だった」
「でしたら、ヘンダーソンさんという方をご存じありませんか?」
顔を覆ったアーネットに、ミオしゃが次の質問を投げた。
「ランドールさんの家政婦が、五十代ないし六十代の男性について証言しています。彼について何か知ってますか?」
「ヘンダーソン? 聞いたことがある、ような気もするな。フルネームは知らないが確か......ニューヨークとか東部の方から来たとか聞いたと思う」
「家政婦さんによると、ランドールさんは彼についてサン・フランシスコの人だと説明したようですけど? 東部から来た人なら、訛りですぐそれとわかりそうなものですけどねえ?」
「オーケイ、わかった」
ミオしゃが、身を乗り出すようしてアーネットを睨みつけながら追及すると、アーネットは座りなおしながらあっさりと切り上げた。
「俺はそいつのことを聞いたこともないし、どこから来たのかも知らない。ジュリアはいつだって金を欲しがってた。金の亡者だったんだ。そのヘンダーソンって爺さんからなら、いくらか毟り取れると思ったんじゃないか?」
ミオしゃはしばらくの間、鉛筆の先でメモ帳をこつこつ叩きながら、アーネットをじっと見据えていた。ああ、納得してないなこれ。
「......彼女は指輪をしてました。かなり値の張るものです。それもヘンダーソンさんからのものだと思いますか?」
「ああ、そうじゃないか? たぶん、ジュリアはそいつとその気になったんだろうよ。たぶんな」
どんどん嘘の吐き方が雑になってきてるな。ただ、生憎こっちには反論できる材料がない。
指輪と言えば、さっきマルからランドールさんの指輪の話を聴くのを忘れちゃってたな。なんせその......"お仕事中"だったから。
「......結構です。ジミー・ルブランクという名前に心当たりは?」
ほとんど唐突なレベルでミオしゃが話題を転換した。アーネットの目がさっと泳ぐ。
「......いや、知らない」
知ってる反応だ。
「俺が知ってるようなやつなのか? ファッション業界の人間じゃなさそうだが......」
「んじゃ、あんたはルブランクがランドール殺しに関わってないって、そう思うわけだな?」
あたしは相手の語尾に、ほとんど被せるようにして言った。
アーネットの目がこっちを向く。視線がかち合って、一瞬で切れた。おっと、こりゃマジでルブランクが下手人の一人っぽいな。
問題はこいつがもう一人の下手人なのか、他にもいるのかだ。少なくともアーネットが、何らかの形でランドール殺しに関わってるのは確実になった。
「......さあ、そのルブランクってやつが犯罪者なら、ジュリアの事件に関わっててもおかしくはないだろ。たださっきも言ったが、俺はそのルブランクってやつを知らないんだ」
ただ、こいつは意外と手ごわい。印象はともかく、言葉尻から追及するのは難しそうだ。ルブランクとアーネットが知り合いなことを裏付けられる証拠は、いま手許に無い。
「わかりました」
ミオしゃがメモ帳を閉じながら言った。ただその視線は明らかに厳しいもののままだった。泳がせるつもりかな、こりゃ。
「よければ連絡先を教えてもらえますか?」
「ああ、名刺でいいかい?」
名刺を受け取ると、ミオしゃはさっと目を通してから訊いた。
「ハリウッド
「あー、海兵隊にいたころの手当が......」
「従軍してたんですか?」
ほとんど遮るようにして、ミオしゃが質問を重ねた。あれ、口調が変わってる?
「ああ、
「どちらの中隊でした?」
「あー......色々だ。負傷者が多かったもんだから」
「ジャック・ケルソー曹長をご存知ですか?」
「さあ? 聞いたこと無いな。なんせ、人の入れ替わりが激しかったから」
「結構です。ご協力ありがとうございました」
ミオしゃはさっと立ち上がると、さっきまでとは打って変わって敬意に満ち溢れた声でそう言って、取調室2から退室した。