H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Naked City #9

 

 

「楽勝じゃねえか......ワナか?」

 

 ヘンリー・アーネットの尾行をしながら、あたしは口の中でそう呟いた。アーネットはひどく急いでるらしく早足で、尾行を気にする素振りはまるでなかった。あまりにもスタスタ進んで行くもんだから、とっくの昔に尾行がバレて、誘い込まれてるんじゃないかと不安になったほどだった。

 しかしそれも杞憂だったらしく、アーネットはバン・ネス通りとの角で反対側にわたると、通り沿いの旅行代理店に入って行った。あたしは何気ない顔でお店の前を通過して、玄関ドアの大きな窓ガラス越しに、アーネットがデスクの一つに座って店員と話し込んでるのを確認した。お店を通り過ぎ、新聞売りからロサンゼルス・ミラーを10セントで買って、旅行代理店の斜向かいにあったバス停のベンチに腰を下ろす。

 紙面の陰からちらちら様子を窺っていると、これまたものの数分と経たずにアーネットが出てきた。やはり尾行を気にする様子ゼロで、さっきよりも安心したような足取りで横断歩道を渡って、サンタ・モニカ大通り(ブールバード)を自分の自動車の方に戻って行った。

 あたしは新聞を畳むと、旅行代理店に入った。

 

「いらっしゃいませ」

 

 さっきまでアーネットの接客をしてたデスクに直行して、警察官(バッジ)をかざす。

 

ロス市警(LAPD)です。今来た水色の背広の男性ですけど、何を買って行きました?」

「あー、鉄道の切符です」

 

 店員さんはちょっと狼狽えつつも、素直に喋ってくれた。

 

「パシフィック・サウスウェスト鉄道のメキシコシティ行き、明後日の夜行列車です」

「往復ですか?」

「いえ、片道をお一人分です」

「どうも。それともし彼がまた来ても、あたしのことには触れないでください」

 

 そう言いおいて、あたしはお店を出た。メキシコ行きの夜行列車とは、古典的*1なことをしてくれる。

 

 

 

 

 

「どうだった、収穫あった?」

 

 クライスラーの捜査用車に戻るなり、ミオしゃがそう声をかけてきた。その声音から、ミオしゃの方にはなにか大きな収穫があったらしいことを感じ取ったけど、とりあえず自分の分の報告をする。

 

「夜行列車の片道切符を買ってた。明後日の夜、一人でメキシコシティ行き」

「おやおや」

 

 ミオしゃは驚きとも呆れともつかない声を上げた。

 

「古典的だねえ......ホントに素人さんなんだなあ」

「素人でも、クロなのはハッキリしたけどな」

 

 やましいところの無い人間は、唐突にメキシコ行きの片道切符なんて買ったりしない。

 

「さてと、ポルカにこれを見てほしいんだけど......」

 

 ミオしゃはそう言って、手提げ鞄(ハンドバッグ)から証拠品保管袋を取り出した。中身を出して、あたしの手に載せる。

 

「うえっ!? これって......」

 

 あたしは自分の掌の上のものを見て息を呑んだ。その煙草入れ(シガレット・ケース)は見事な金細工の施された、一目で高級品とわかる逸品だった。

 蓋を開いて裏を確認する。イブストロームという人物に宛てたメッセージが彫られていて、明らかに一点物だ。そしてそのメーカーズ・マークは......

 

「マジかよ、ファベルジェ*2じゃん......」

「やっぱりわかるんだ」

 

 ミオしゃが感心したように言った。

 

「ウチがアーネットの人相を告げた時の、質屋さんの顔ったら見物だったよ。アーネットはそれを質草に、600ドル用立ててもらってる」

「ボラれてんじゃん」

 

 あたしは思わず失笑した。

 

「これ、まともに売れば一万とか、一万五千は優にするぞ」

「質屋さんもそう言ってたよ。相手が明らかに急いでたから、足元見たみたいだね」

「んで、ミオしゃはいくら出したの?」

「保安係にチクらないことを条件に、10ドル」

「ミオしゃも大概、あくどいよなあ......」

 

 あたしは煙草入れを袋に戻すと、ミオしゃの方に返しながら続けた。

 

「とにかく、このシガレット・ケースはイブストロームって人のものでアーネットのじゃない。貰いもんかも知れねえけど、とりあえず署に戻って盗品手配書を確認して......」

 

 あたしを遮るようにして、無線機がキューンとハウリング音を鳴らした。

 

「KGPLから5K11。5キング11、どうぞ(カム・イン)

 

 ちらっとミオしゃと目を見交わしてから、送話器を手に取る。

 

「5キング11です、どうぞ(ゴー・アヘッド)

「5K11、オオカミ刑事とオマル刑事に伝言があります。読み上げますか?」

「大神刑事宛ての伝言から読み上げ願います」

「KGPL了解。ハリウッド署警務副主任からオオカミ刑事宛て、"窃盗常習犯ジミー・ルブランクを前回逮捕した警官は、フレッド・ウォリス巡査、ハリウッド(ディビジョン)。本日はハリウッド第九徒歩警邏区(ビート)に配置中"。伝言は以上」

「5K11了解。続いて尾丸刑事宛ての伝言を読み上げ願います」

「KGPL了解。ハリウッド署警務副主任からオマル刑事宛て、"セント・ヴィンセント宝石会社からの回答によれば、ここ一年以内にヘンリー・アーネットなる人物による、宝石類の購入記録は無いとのこと"。伝言は以上」

「5K11了解......とすると、あの婚約指輪も盗品か?」

 

 送話器を置きながらそう言うと、ミオしゃが捜査用車のエンジンをかけながら返してきた。

 

「かもね。でも、それは手配書を確認してからにしよう。まずはウォリス巡査に話を聴きたいところだけど......第九徒歩警邏区ってどこ?」

 

 そっか、ミオしゃはウィルシェア(ディビジョン)だったからハリウッド(ディビジョン)の警邏区はわかんないのか。ただ、

 

「......わかんない。ポルカも制服は中央署(セントラル・ディビジョン)だったから」

 

 二人で顔を見合わせることしばし、あたしは再び送話器を取った。

 

「5キング11からKGPL」

「5キング11、どうぞ(ゴー・アヘッド)

「KGPL、ハリウッド第九徒歩警邏区の管轄範囲を教示願います」

「少し待て......5K11、ハリウッド第九徒歩警邏区は、サンセット大通り(ブールバード)のゴードンとウィルコックスの間」

「5K11了解。以上5K11......だってさ、ミオしゃ」

「よっしゃ、じゃあ行こうか」

 

 

 

*1
メキシコ行きの夜行列車は、小説や歌などで罪を犯した人が逃げるときのテンプレとしてよく使われていた

*2
世界有数の金細工職人。革命前はロシア皇帝からイースターエッグ製作を請け負っていた、御用達職人でもあった

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