「それじゃ、合わせて30セントです」
ウチはハリウッド警察署の向かいで商売してる露店で、ホットドッグと飲み物を買ってるところだった。普段はドッグ1つ15セント、飲み物は壜一本10セントで売ってるけど、警察官
ウチはポケットの中を掻きまわして、
「毎度。熱いんで気をつけてくださいね、刑事さん!」
ホットドッグと飲み物のガラス壜で両手が塞がっていたから、露天商さんの陽気な挨拶ににっこり笑って返してデ・ロングパー通りを渡る。
消防署との間から駐車場に入ると、ちょうどポルカが通用口から出て捜査用車の方に向かっているところだった。同居してる人がいるらしくて、帰りが遅くなることを電話しに行ってたんだ。
「ほい、ポルカ」
「んお、ありがとミオしゃ」
助手席前でポルカを捕まえて、ドッグとコーラ・キングの壜を押し付けた。
運転席に回って乗り込むまでの間に、ポルカは早くもドッグにがっついていた。ウチも手早く包み紙を解いてかぶりつく。1、2分ほどで二人とも綺麗に平らげてしまった。
コーラ・キングの壜を半分空にして、ポルカがぼそりと呟いた。
「ふう......まあ、マシになったかな」
「お昼抜いちゃったからねえ......」
お昼を食べる前にマルのところに行っちゃったから、そこから6時半をすぎた今の今まで何も食べてなかったんだ。もっとも、何か食べてからマルのところに行ったら、剖検室で全部反吐しちゃってた気もするけど。
「さて、じゃあイブストローム夫人のところに向かおうか。ポルカ、住所は?」
「ちょっと待って」
ポルカがメモ帳をめくって確認する。
「......北キングスリー通り1008番地」
「よし、行こう」
「すげえうちだな、これ......」
ポルカが目の前に建つお屋敷を見上げながら、ため息交じりに呟いた。イブストローム夫人のお宅はスパニッシュ・コロニアル様式のかなり大きな邸宅で、まさに"お屋敷"って言葉がふさわしいたたずまいだった。
ウチもポルカに負けず劣らずその豪邸っぷりに見とれていたけど、その独り言のお蔭でポルカより先に我に返った。とん、とポルカの肩を一つ叩いて、玄関への短い階段をを上り詰める。
観音開きの大きな玄関ドアをしばらくノックすると、黒い保守的なお仕着せに身を包んだ女性が応じた。
「はい?」
「
「ええ。こちらへどうぞ」
褐色の肌に黒髪と、いかにもヒスパニック系なメイドさん――あるいは家政婦さんだろうか――に案内されて、ウチとポルカは邸内に足を踏み入れた。
玄関から続く居間にはグランド・ピアノがあって、藤色のカクテル・ドレス姿の女性がこちらに背を向けるようにして演奏していた。
ポルカが背後で息を呑む音が聞こえた。目を真ん丸にしてるんだろうって言うのが、振り返らなくても雰囲気でわかった。「ピアノだ......」とか呟かなかっただけ、良しとするか。
メイドさんは彼女の背後に寄って、何事か耳打ちした。
「ありがとう、マリア」
女性は演奏を止めてそう答え、ピアノ椅子から立ち上がって堅い声でこちらに向き直った。
「わたくしがイブストローム夫人です。なにかご用でしょうか?」
「こちらのお宅で盗難被害にあったお品について、その内の何点かが発見されたので報告に伺いました」
「ああ、なるほど」
最初に名乗った時の調子から一転して、一気に態度が軟化した。にっこりと笑みを浮かべると、ウチたちをいかにも高級で座り心地のよさそうな応接セットの方にいざないながら言った。
「どうぞおかけになって。なにかお飲みになります?」
「いいえ結構です、仕事中ですので」
若干食い気味に遮ると、ポルカか何か言おうとして吸ってた息を、そのまま吐きだすのが聞こえた。さてはオメー、あそこの隅のホーム・バー(!)からなにか貰おうと思ってたな?
「いくつか質問をさせてほしいんですけど、構いませんね?」
「勿論ですとも。それで、当家から盗まれた四十三点の品物はどうなりましたの?」
「ああ、じゃあその話に入る前に、ポルカは飲み物を頂きますよ」
ちょっと神経質そうなイブストローム夫人の声を聞いたとたん、ポルカが断固とした調子でそう言った。ちょっと振り返って軽く睨みつけるけど、当人はどこ吹く風といった様子だ。
「マリア、彼女にお飲み物をお出しして」
「どうも。スト......ウォッカとかあります?」
「申し訳ありませんが......」
「ああ......じゃあコニャックで」
ブランデー・グラス片手にポルカが応接セットに戻ってくるのを待ってから、ウチはイブストローム夫人に質問を始めることにした。
「さて、4月14日にこちらで発生した窃盗事件についてですけど......」
「ああ、恐ろしい夜でした」
ウチの質問を遮るようにして、イブストローム夫人が言った。
「まるでもう一年も前の事の様です...... でも、それよりもあなた方が発見した品物の話をしましょう?」
話をはぐらかされた......ようにも感じたけど、声音や表情はその印象を否定していた。たぶん、彼女にとっては窃盗事件自体はもうどうでも良くて――なんなら忘れたいとさえ思っていて――それよりも金品が戻ってくるかどうかが問題なんだろう。
これは盗犯課にいた時、フブキと一緒によく見た反応の一つだった。とりわけ、発生から時間が立っている事件では。
とはいえ、これに乗ってちゃ話が進まないのも、盗犯課での経験で学んではいる。
「その当夜、あなたはこちらにいらしたんですか?」
「まさか! 運のいい事に、おりませんでした。ハロルド・ストーンマン博士とその奥様のところで社交パーティがありましてね、そこに出ていましたの」
ウチはポルカと短く目を見交わした。コニャックをちびちびやりながらも、ポルカの頭はちゃんと回ってるみたいで、ウチと同じことを考えているのが確認できた。
社交界は狭い。と言って、これを偶然と考えて切り捨てちゃうようじゃ、刑事は務まらない。
「楽しいひと時を過ごして、帰って来たら家じゅうがひっくり返されていたんです」
「なにが盗まれたのか、正確に御記憶ですか?」
「なにが盗まれなかったのか、をご説明した方が簡単なのですけどね」
冗談めかしてそう言って、イブストローム夫人は続けた。
「当家に半世紀に渡って伝わるティアラと、ファベルジェの
その後も長々と続いた一覧をメモに書留めて、盗難手配の原簿から写してきた一覧と見比べた。
正確だ。いや、"代々伝わる"とか、その辺の枕詞は手配書にはないからわかんないけど、品目だけはぴったりだった。
「えーと、今回発見されたのは、シガレット・ケースと指輪です」
「ああ、あのシガレット・ケースは......二万五千ドルはしますの」
変な溜めがあった。まるで、価値だけ思い出すのに時間がかかったような。
「見つかってよかったですわ」
「奥さん、念のために伺いますけど、そのシガレット・ケースは確かに二万五千もするものなんですか?」
「どういうことです?」
「ああ、勘違いしないでください」
ポルカが鷹揚そうな口調で割って入った。
「ポルカたちは宝石類にはあんまり詳しくないんですよ、盗犯専門じゃないもので」
よく言うよ。ウチと違って盗犯課にいたこともないのに、あの
「ただ、ポルカたちは質屋さんでシガレット・ケースを見つけまして。そこの店主さんが言うには、一万か一万五千はする品だって言うんですよ。あの人たち程モノの価値に詳しい人たちを、こっちは知らないものですから」
それに、と付け加えてポルカが続けた言葉に、イブストローム夫人がビクリと反応した。
「それに、保険金の支払請求の時に損害価額を水増しするのは、割とみんなやってることですから」
それはウチの頭にはなかった。ぱっとイブストローム夫人に目を戻すと、ふうっと一つ、観念したように息を吐いたところだった。
「ええそうです、二万五千というのは、カリフォルニア火災生命に出した保険金請求に使った数字ですとも。実際には、そちらの狐のお嬢さんが言った通りの価値です」
「でしょうね。それと、ポルカはフェネックです」
イブストローム夫人は、ポルカの訂正には特に興味を見せずに続けた。
「私の娘のボーイフレンドが、あのシガレット・ケースにとても興味があったようでしてね。それこそあれが盗まれたと知った時、私以上にがっかりしたのではないかしら、というくらい」
「そうですか......ご協力ありがとうございました、イブストローム夫人」
ウチは立ち上がりながらお暇を告げた。
「発見された二点については、別件の証拠となるので返還に少々お時間を頂くかもですけど、そのうち会計課から連絡があると思います」
「それ以外はどうなんですか、刑事さん?」
イブストローム夫人はさっと立ち上がって、厳しい調子でそう言った。
「他はまだ、見つかってないのですか?」
「ほらあ、ミオしゃ。やっぱ先に呑んどくべきだったんだよ」
ホーム・バーの方にブランデー・グラスを返しに行きながら、ポルカが他人事みたいに言った。おいちょっと、ウチ助けろよポルカァ!
「どうなんです、見つかってないんですか?」
「いやあ、あの、先ほども言ったようにウチたちは盗犯課じゃないんで......」
へどもど言い訳する格好になってしまったウチは、どうやらおもしろがっているらしい後輩を呪いながらなんとか逃れる術を考えた。
そしてその逃げ道は、意外なところから降りてきたんだ。