H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Naked City #14

 

 

「それじゃあ、婚約者(フィアンセ)さんの素顔を拝みに行きましょうかね」

 

 ユッカ通り6718番地の路肩に捜査用車を停めると、ポルカが皮肉ったらしくそう言いながら助手席から降りた。

 ウチが運転席から降りて歩道に回っていく間にスワンセンさんも降りて、ポルカに刺すような視線を向けていたけど、その鋭さはイブストローム夫人のお屋敷にいた時よりもだいぶ鈍っていた。たぶん、ここまでくる間に考える時間がたっぷりあったから、すっかり疑心暗鬼に陥っちゃったんだろう。

 日没から長々と続いた夕焼けも八時近い今ではすっかり治まって、アーネットの家があるアパートメント・ホテルにも煌々と灯りがともり始めていた。

 玄関ホール(ホワイエ)に入ると、お仕着せ姿の取次人(フットマン)案内(インクワイアリーズ)デスクから声をかけてきた。

 

「失礼、住人の方ではありませんね?」

ロス市警(LAPD)です。尾丸刑事と大神刑事」

 

 警察官(バッジ)をかざしてそう返したポルカの声は、取次人(フットマン)のそれをそっくりまねた感じだった。言葉は丁寧だけど、声音は不遜そのものだ。

 

「ヘンリー・アーネットさんは、こちらにお住まいですね?」

「はい。お会いになるのでしたら、アーネット様のご都合を確認します」

「いいや、しなくていい。何号室か教えてくれればいいんだよ」

 

 デスクの電話機に手を伸ばした取次人(フットマン)を、ポルカが敬語を取り去って遮った。一方取次人(フットマン)の方は、慇懃な態度を崩さずに言った。

 

「しかし、お約束は無いのですよね? 当館の規則では――」

「これが、約束だよ」

 

 ポルカが警察官(バッジ)をデスクの上において、指でとんとん叩きながら続けた。

 

「これが約束になるし、ポルカたちは職務執行中の警官だから、当館のいかなるクソ規則も守る必要はない。それと、」

 

 口を挟もうとした取次人(フットマン)を人差し指でぴっと指して制して、ポルカは続けた。

 

「これ以上ごたごた抜かすならあんたを司法妨害でしょっ引いて、1号室から順番にドアを叩いて回るけど、そうしてほしい?」

「......30号室です」

 

 たっぷり一秒、鼻から息を吐きだしてから、取次人(フットマン)が答えた。

 

「6階になります。階段はそちらの奥に......」

「正気かよ。あんた、こちらの白人のご婦人を6階まで歩かせる気か?」

 

 白人のご婦人と言うのは、スワンセンさんのことだ。

 

「そちらのご婦人は構いません。しかし当館の規則では」

「当館のクソ規則は、知ったこっちゃありません」

 

 ポルカは三度バッジをひらめかせると、二基の昇降機(エレヴェータ)の内のドアが開いてる方に堂々と乗り込んだ。スワンセンさんが後に続き、ウチは憤然としている取次人(フットマン)に小さく会釈をしてから(ケージ)に乗り込んだ。

 今朝、ストーンマン医院のあるオフィス・ビルで昇降機(エレヴェータ)に乗るのを渋っていたポルカと、同一人物とは思えないような変貌ぶりだった。帰りに揶揄ってやろう。

 昇降機(エレヴェータ)が六階に着いてぞろぞろ降りると、ウチの耳にドスン、バタンって音が飛び込んできた。

 

「ポルカ、今の」

「うん、聞こえた」

 

 アパートメントの防音性か結構いいらしくて、スワンセンさんには聞こえなかったみたいだ。スワンセンさんを後ろに庇うようにして、30号室のドアに近づいて行く。

 ポルカがドアに耳を当てて、ちょっと聞いてから言った。

 

「......悲鳴が聞こえる。アーネットの声だ」

「どいて、ポルカ」

 

 廊下の反対側の壁に寄りながらそう言って、ポルカがドアの前からどくと同時に、ウチは30号室のドアに肩から体当たりをくれた。

 メリメリと木が裂ける音がしてドア枠から受け金が外れて、ウチは30号室の中にごろごろと転がり込んだ。

 

「アーネットさん!」

 

 後ろから拳銃を構えてポルカが入ってくるのと、ウチが叫ぶのは同時だった。ちょうど目の前の壁に、ヘンリー・アーネットの巨体が叩き付けられたところだった。クリーム色の上着を羽織った大男が、居間の方にバタバタと逃げ出していく。

 

「止まれ、ロス市警(LAPD)だ!」

 

 ポルカがそう叫んで、男の後を追った。

 男は居間の窓に体当たりして窓枠ごとぶち破ると、非常階段を下りはじめた。

 

「ポルカ、そいつは殺さないで!」

「わかってる!」

 

 アーネットに駆け寄りながらウチがそう言うと、ポルカは振りかえらずに返してガラスの無くなった窓からするりと外に出た。そのまま非常階段の手すりをひょいって飛び越えて、ウチの視界から消える。

 

「ヘンリー!」

 

 三つ目の叫び声がして、ウチに下げられていたスワンセンさんが室内に駆け込んできた。床で大の字になっているアーネットに駆け寄って、肩をゆすりはじめる。

 

「ヘンリー! しっかりしてちょうだい、ヘンリー!」

「大丈夫です、スワンセンさん。フィアンセさんは大丈夫です」

 

 ウチはアーネットの脈拍を測りながら言った。ちょっと弱いけど、脈も呼吸もちゃんとある。数分くらいで目を覚ますだろう。

 

「スワンセンさん、そっちの足を持ってくれますか? あっちのソファに移動させましょう」

「わかったわ」

 

 ウチが腋の下に手を差し入れ、スワンセンさんが両足を持って、アーネットを広々とした居間に運び込んだ。目についたソファの上に寝かせると、スワンセンさんが隣に座ってアーネットの頭を膝の上に置いた。

 

「......よし、まあこんなもんでしょう」

 

 シャツの襟を緩めたり、台所(キッチン)にあったスコッチ・ウィスキーを喉に流し込んだりと、思いつく限りのことをしてからウチはそう言った。後は目が覚めるのを待つだけだ。

 

「さてと、ポルカは......」

 

 破壊された窓から外の方を見たウチは、次の瞬間身体をきゅっとこわばらせた。

 外はすっかり暗くなってたけど、獣人の目なら三軒隣の建物の屋上くらいまでは、まだ見通せた。屋上にはさっきの、クリーム色の上着がまだいた。どころか、こちらに背を向けて何かの上にまたがっている。男のお尻の下からこっちに向かって突き出されているのは、見覚えのある淡いグリーンのスカートとブーツを履いた両足だ。

 ほとんど考える暇もなく、ウチは手提げ鞄(ハンドバッグ)から拳銃を抜き取った。雑に男の方に構えて、そっちに向かって大声を上げる。

 

「ポルカぁ!」

 

 男がぎょっと振り向いたところで、特に狙いを付けず――狙ったところで、この距離じゃまず当たらない――に二発発砲した。

 

「きゃっ!」

 

 背後からスワンセンさんの悲鳴が聞こえるのと同時に、男もぱっと立ち上がって逃走を再開した。

 

「スワンセンさん!」

 

 ウチは窓枠を乗り越えながら、ソファから驚いた目を向けてきているスワンセンさんに叫びかけた。

 

「ウチが戻るよりも先にアーネットが目を覚ましたら、引き留めといてください。もし逃がしたら、あんたもアーネットも一緒にブチ込みますからね!」

 

 返事は聞かずに、ウチは非常階段を駆け下りた。

 

 

 

 

 

「ポルカ! ポルカ、大丈夫!?」

 

 雨樋と自分のジャンプ力を駆使して三軒隣の屋上にたどり着いたときには、男は影も形もなかった。匂いを辿れないこともないけど、今は相勤員の安否を確認する方が先決だ。

 ポルカはコンクリートの天井の上に、うつぶせに倒れていた。コートの右袖だけ、不自然にまくり上げられて腕が露出している。

 

「息......息はしてる。脈もあるな」

 

 アーネットと同じ、失神の症状だ。その原因はたぶん、首許に黒々と帯のように付いている痣だろう。絞め落されたんだ。

 ふと、ポルカの右腕の近くに落ちているものが目に入って、ウチは背筋が寒くなるのを感じた。赤と白のチューブに針の付いたそれは、間違いなくモルヒネの簡易注射器(シレット)だ。拾い上げて確認する。

 

「......針のキャップは無くなってるけど、中身はまだあるな」

 

 右腕と首許を子細に確認したけど、注射痕はなかった。注射しようとしたときにウチの声が聞こえて、慌ててそのまま逃げてったらしい。

 もし、気が付くのがもっと遅れてたら、あいつはさらにもう一本注射してポルカを殺してたかもしれなかった。

 

「間にあってよかったよ、ホントに......さて、問題は」

 

 ウチは今来た、山あり谷ありのルートを振り返って独り言ちた。

 

「ポルカを担いで帰れるか、だねえ」

 

 

 

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