H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Naked City #17

 

 

 ミオしゃのハンカチの口枷に加えて、腰縄まで付けられたストーンマン医師を乗せた護送車(Bワゴン)が縁石を離れると、あたしとミオしゃは捜査用車の方に戻った。

 助手席のドアを引き開けると、無線機が甲高いハウリング音とともにあたしたちを呼び出していた。

 

「KGPLから5K11。5キング11、どうぞ(カム・イン)

「5キング11です、どうぞ(ゴー・アヘッド)

 

 送話器を取って応答する。

 

「5K11、オオカミ刑事宛にビコウスキー刑事、殺人課(ホミサイド)から伝言があります。読み上げますか?」

「願います」

「KGPL了解。伝言、"ランドール事件の被疑者は元プロレスラーのウィリアム・狼のウィリー(ウィリー・ザ・ウルフ)・リード。最後の登録住所はハリウッドとバインの角のアパートメント・ビル。該住所で合流を待つ"。伝言は以上」

 

 運転席に視線を送ると、ミオしゃは小さく頷いて始動キーを捻った。

 

「5K11了解。KGPL、ハリウッドとバインの角を中心に四ブロックを対象として、緊急配備(ドラグネット)を敷くようハリウッド署警務主任に要請願います。対象はウィリアム・リード、三十代白人男性、」

 

 組み付かれた時の身長差を思い出しながら続ける。

 

「推定身長6フィート10(205cm)乃至7フィート(210cm)です」

「KGPL了解。要請者の名義は何としますか」

「コルミャー警部補、風紀課主任で願います」

「KGPL了解。以上KGPL」

 

 

 

 

 

 セルマ通りとバイン通りの交差点まで来ると、早くもパトカーとバリケードが展開されてハリウッド大通り(ブールバード)方面への交通が規制されていた。

 ミオしゃが捜査用車をバリケードの前に停める。あたしはレギュレーター・ハンドルを廻して窓を開けて、助手席の方に歩み寄ってきた巡査に警察官(バッジ)を提示した。

 

「尾丸、保安風紀課(アド・ヴァイス)

殺人課(ホミサイド)の連中はあっちの、ザ・ブロードウェイの下の方にいます」

 

 巡査がバリケードをどけると、ミオしゃが再び捜査用車を発進させた。

 ハリウッド大通り(ブールバード)とバイン通りの角は、映画産業の中心地とも呼ばれている。南東の角にあるタフト・ビルディングと、北西の角にあるレムリ・ビルディングには、ハリウッドの映画会社のほとんどがオフィスを置いているからだ。

 ただ、今回の目的地は南西側の角にあるブロードウェイ・ハリウッド・ビルディングで、ここは映画産業とはあんまり関係がない。ダウンタウンの百貨店ザ・ブロードウェイのハリウッド支店だけど、上の方の階は貸しオフィスやアパートメントになってるんだ。

 ミオしゃはバイン通りの反対車線側、ちょうどザ・ブロードウェイの下に緑色のナッシュを見つけると、交通規制が敷かれて対向車がいないのをいいことに反対車線を横切って、ナッシュに鼻先を合わせてクライスラーを駐めた。

 エンジンを切ったミオしゃとあたしが捜査用車から降りると、ナッシュからも刑事二人が降りてきて、ビコウスキー刑事が口火を切った。

 

「聞いてくれ、ヤツはこの辺りのどっかにいるはずだ」

「上にはいなかったの?」

「ああ......それ、どうした?」

 

 新古典主義(ネオ・クラシカル)建築のザ・ブロードウェイを見上げながらあたしが訊くと、ビコウスキー刑事は答えと同時に質問を返してきた。首許の痣は今もって健在だ。

 

「あー......訊かんでくれる?」

「わかった。お隣の住人によると、ヤツはいつもクリーム色の上着にバスケットボール・シューズを履いていて、ここいらのどっかでハーモニカを吹いてるそうだ」

「クリーム色の上着」

 

 あたしはオウム返しにそう言ってから、ミオしゃと目を見交わした。

 あたしを絞め落したあいつは確かにクリーム色の上着を着てたし、バスケットボール・シューズかはわかんないけど足回りは運動靴だったはずだ。

 

「じゃ、ウチとポルカでハリウッド大通り(ブールバード)の方の路地を回ります」

 

 ミオしゃがビコウスキー刑事に目を戻して言った。

 

「ビコウスキー刑事とギャロウェイ刑事は南の路地をお願いできますか」

「よし、わかった」

 

 ビコウスキー刑事がそう言ってバイン通りを下りはじめると、相変わらず乗り気じゃなさそうなラスティが大儀そうにその後に続いて行った。

 

「じゃあウチたちも行こうか」

「うし」

 

 10時を回った今ではザ・ブロードウェイも閉店していて、通りに面した飾り窓に若干の灯りを残すだけになっていた。それでなくても緊配のせいで自動車も歩行者もほとんどいなくて、ハリウッドとバインの角は死んだように静かだった。

 風に乗って一瞬だけ、あたしの耳にハーモニカの音らしいものが届いた。

 

「......あ?」

「聞こえた?」

 

 音の聞こえた方、ハリウッド大通り(ブールバード)の西の方に目をやると、ミオしゃも同じ方を窺いながらそう訊いてきた。

 

「こっちで当たりだったみたいだな」

 

 ミオしゃは何も言わずにハリウッド大通り(ブールバード)をのしのしと西に進み始めた。あたしも慌ててその後に付いて行く。

 ハーモニカの音は通りを進むにつれて、どんどん大きく、はっきりしてきた。

 

「あそこの裏路地か?」

 

 あたしは帽子の下で、耳をぴくぴく動かしながら呟いた。

 ブロードウェイ・ハリウッド・ビルの裏手には本館よりちょっと背が低い新館が建っていて、そのさらに裏手の裏路地というか、空き地の様なところから音が響いているようだった。さながらビルの谷間って感じの場所だ。

 路地というには広い、その空き地のような一画に出ると、そこには若い男女が十人弱たむろしていて、ハーモニカの音色に合わせて踊ったり、酒を呑んだりしていた。一番奥でハーモニカを吹いているらしいのは、一際背の高い男だった。忘れようのない、クリーム色の上着。

 あたしはふと一計を案じて、帽子を取ってフェネックの耳を出したまま路地に入って行った。

 

「......あ? なんだあんた」

 

 一番表通り側で、ビール瓶を持って地面に座り込んでいた一人が、近寄ってくるあたしに気付いて声を上げた。それにつられて、路地の奥のリードも鳥打帽の下からこっちを見た。その表情が驚愕に包まれるのが遠くからでもわかって、あたしは満足した。そこまでは良かったんだけど。

 リードはハーモニカを放り出すと、慌てたように上着の下に右手をつっこんだ。今の状況でその仕草は一つしか意味を持たない。

 

「やっべ!」

 

 あたしも慌てて手提げ鞄(ハンドバッグ)に手を伸ばすけど、向こうの方が早そうだった。婦警は早撃ち勝負じゃどうしても不利だ。

 すると背後から一発、バンと大きな銃声が鳴り響いた。ミオしゃが45口径陸軍制式拳銃(コルト・アーミー)を空に向けて威嚇射撃をしたんだ。裏路地はその銃声で一気に悲鳴に包まれた。若者たちが蜘蛛の子を散らすように、路地の奥や表通りの方に逃げ散っていく。

 リードも驚いたのか、上着の下から出した38口径コルト・ポジティフを撃つでもなく、泡を食ったように手近の非常階段に飛びついた。

 

「待て、リード! 止まれ!」

 

 背後からミオしゃが叫んだ。とはいえ、止まれと言われて素直に止まるヤツもそういない。あたしは大男の後を追って、本日二回目の非常階段に飛びついた。

 

 

 

 

 

「ポルカ、耳を使おう」

 

 非常階段を上り切り、リードが体当たりして壊した――またかよ――らしい窓からブロードウェイ・ハリウッド・ビルに入り、その屋上まで上り詰めたところで、ミオしゃがそう言った。

 

「他の階に入った様子はなかったから、あいつに羽が生えたりしない限り、この屋上のどっかにいるはずだよ」

「でもミオしゃ、耳って言ったって......」

 

 あたしは不満げにそう返した。10階建てビルの屋上は風がビュンビュン吹いていて、正直物音を聞き取るどころじゃなかった。

 

「集中して......」

 

 ミオしゃは耳の先端をピクピクさせながら、あっちにこっちに動かしている。と、ほどなくして。

 

「いた」

 

 短くそう言った。ミオしゃが指す方を見ると、屋上にそびえ立つネオン広告塔の梯子をクリーム色の背中が昇っていくのが目に入った。

 あれを聞き取れるなんて、ミオしゃの耳はどうなってんだろう? あるいは、退役軍人はあれくらい聞き取れるもんなんだろうか。

 ミオしゃがコルト・アーミーを一発ぶっ放して、その弾丸が鉄塔に火花を散らすと、リードの方も梯子の上の不安定な姿勢から何発か撃ち返してきた。当然狙いが定まるわけもなく、だいぶ離れた床からコンクリの破片が舞い散る。

 ミオしゃと並んであたしも38口径警察標準輪胴拳銃(ポリス・スペシャル)を構えた。ミオしゃが照準を修正する間に何発か鉄塔に撃ち込むと、リードはこっちを狙うの諦めて塔を上りはじめた。弾が飛んでこない方が、ミオしゃは集中できるはずだ。

 やがてまた一発、45口径コルトの重い銃声が鳴り渡った。

 

 

 

 

 

「ろくでなしが、この観光名所で磔になっていると聞いたが......」

 

 日付が変わる直前のブロードウェイ・ハリウッド・ビルディング。その屋上に、緑色の背広の男が現れた。あたしとミオしゃが指さすのに応じて、吹き付ける風に持っていかれないよう帽子を押さえながら、コルミャー警部補はネオン広告塔に目をやる。

 ウィリー・リードの死体は縦に並んだ"BROADWAY"のネオン看板(サイン)の、Dに仰向けに引っかかっていた。

 コルミャー警部補は満足げな唸り声を漏らしてから、こっちに向き直って続けた。

 

「ジュリア・ランドールの両親が明朝――まもなく今朝になるが――、遺体を受け取りにニューヨークからやってくる。救急病院で彼女を見てきたが......文句のつけようのない美貌だったな。よくできた蝋人形のようだった。感動的だったよ」

「今回の関係者は、皆さんそういう印象を持たれていたみたいですよ」

 

 ミオしゃが苦笑しながらそう返すと、警部補はきゅっと顔を顰めて言った。

 

「くそっ、背筋が薄ら寒くなってきた。これで男二人がムショ送りに、もう二人が公衆霊安室(モルグ)送りになってるわけだからな。くわばらくわばら......」

 

 コルミャー警部補は頭を振って、背後の巡査たちに顎をしゃくった。巡査たちが鉄塔の死体を回収しに向かうと、その後に付いて去って行った。

 あたしはその後ろ姿をしばらく見送った後、腕時計にちらっと目を落としてからミオしゃに向き直った。

 

「それじゃミオしゃ、この件も片付いたし日付も変わったしで、これにてポルカもお役御免です。そら、とっとと帰った帰った」

「え、でも書類が......」

 

 戸惑い気味のミオしゃににんまりと笑顔を見せて、あたしは返した。

 

「全部ポルカがやっとくから。ミオしゃは明日から、晴れてフブちゃんと二人行動できるんだから、今日はもう帰って明日に備えなよ」

 

 ミオしゃの両腕をつかんでくるりと体の向きを変えると、さっき警部補が登ってきた塔屋の方に背中を押した。

 ミオしゃは塔屋の入り口で立ち止まると、深々と頭を下げて言った。

 

「じゃ、お言葉に甘えて......それと、一週間お世話になりました」

「いやいや、ポルカも色々学ぶことがあったし......」

 

 先輩に頭を下げられるのがちょっと気恥ずかしくて、あたしがぼそぼそそう言うと、ミオしゃは頭を上げてちょっと微笑んでから、階段を下って行った。

 あたしはそれを見送ってから、これから深夜の警察署で一人行う書類仕事に思いをはせて、自分の虚栄心を呪って盛大に溜め息を吐いた。

 

「あーあ、こりゃ徹夜確定だわ......今から呼び戻すのは、流石にカッコ悪いよなあ......」

 

The Naked City -Case Close-

 

 

 

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