「次。オオカミとシラカミ、
いつもと変わらない、朝のハリウッド警察署。会議室の演壇から、風紀課主任のアーチー・コルミャー警部補が紙挟み片手にそう言った。
と、ウチの隣からフブキが、疑念を滲ませた声で言った。
「あの、主任? 聞く限りだとそれは
「ハチの巣にされた二人組は、モルヒネの売人だったそうだ。それで向こうから応援要請ってわけだな。今朝の朝刊は見たか?」
「え? はい」
フブキが豆鉄砲を食らったような感じで答えた。ウチもすばやく、今朝読んだロサンゼルス・タイムズの記事を思い返す。重大な事柄は特になかった気がするけど......
「パサデナの治安判事が亡くなった記事は読んだか」
「はい。でも、それがどう......」
「パサデナ市警によると、彼は
流石にぎょっとした。そんなことは新聞には書いてなかったはずだし、それに治安判事なんてお堅い公職に就いてる人が
「今日の公報で検屍官が発表するだろうが、死因はモルヒネの
「ODで死んだ判事、か......」
捜査用車に乗り込むと、開口一番フブキがそう呟いた。判事がODで死んだ云々はまだ公開情報じゃない。人の耳がある場所では、迂闊にはできない話だった。
「嵐が来るね、間違いなく」
ウチはゆるゆる進む捜査用車の中から、通用口の前に集っている記者連中を眺めてそう返した。彼らは別にパサデナの判事の件で来ているわけではなくて、先週から市警をてんてこ舞いさせている一連のスキャンダル、"ブレンダ・アレン事件"のネタを拾いに来ているんだ。
そのために全身が耳になってるような連中だから、まだ未公開の"パサデナ市治安判事モルヒネ過剰摂取死亡事件"の話をぽろっとこぼしちゃった日には、棚からぼた餅とばかりに書き立てるだろうし、ウチとフブキは良くて制服送り、悪くすれば馘だ。
なんとかブレンダ・スキャンダルの続報を――あるいは棚ぼた的特ダネを――拾おうと躍起になってる記者連中から目をそらして、ウチは運転席のフブキに続けた。
「治安判事。地元の名士さんが就く法曹公職。間違いなく白人さんだし、分別盛りの年頃だよね?」
「間違いなくね。黒人や獣人が裏路地で、ODで野垂れ死んだって誰も何も言わなかったけど、今度ばかりはロス中の市民が恐怖のどん底に突き落とされるだろうね」
「
111クラブはハリウッド
「ありがと、巡査」
ウィーライト巡査にそう返して、クラブの入り口をくぐった。
「うえっ......」
「うわっ......」
それと同時に濃い血の臭いが鼻を突いて、ウチもフブキも似たか寄ったかの声を上げて思わず立ち止まってしまった。廊下の見える範囲には、死体らしいものはない。
「こんなとこまで臭ってくるってことは......」
「中は相当ひどいことになってそうだね」
果たしてホールの中へ入ったウチたちを迎えてくれたのは、文字通りハチの巣にされてバー・カウンターに寄り掛かっている黒人男性だった。
死体のシャツには赤い染みがたくさんできていて、赤いシャツに白い染みがあるって言ったほうが比率的にはしっくりくるほどだった。頭部は少なくとも二発の弾丸を受けて、ぐずぐずに型崩れしている。
「......弾倉丸々一つ分撃ち込んだって感じかな」
「みたいだね」
ウチがしゃがみこんで死体の様子を調べながらそう言うと、フブキがそう短く返してから続けた。
「20発。拡張弾倉なら30発か。メッセージ性が強いな......」
「よう、お二人さん」
円形になっているバー・カウンターの反対側から、ビコウスキー刑事が歩いてきてそう言った。ウチが立ち上がる間にフブキがそれに返す。
「ビコウスキー刑事、お久しぶりです。
「ありがとさん」
「で、ここにモルヒネが?」
「ああ。それとステージの裏に、オーナーの遺品が色々あるぞ」
ビコウスキー刑事は一旦言葉を切ると、背広から手帳を取り出して続けた。
「オーナーは......エディ・マクゴードリック、26歳。退役の海兵隊軍曹だ」
「退役軍曹?」
フブキがそう言ってクラブをぐるりと見渡したので、ウチもそれに倣ってホールに目を転じた。
ホール内はひどい有様だった。死体が出来上がっていることを抜きにしても、テーブルもソファもスタンド・ライトも、およそあらゆる調度品が床にひっくり返されたり粉砕されたりしている。
壁も天井も弾痕だらけで、天井の照明のいくつかは支えを失って配線だけでぶら下がっているし、バー・カウンターの奥の棚では銃撃を受けたらしい酒瓶たちから大量のお酒がこぼれ出て、死臭や血の臭いと一緒に現場の空気をひどいものにしていた。
それでも、このクラブがかなり高級なところだっただろうことは一目瞭然だった。
「いくら最前線で身体を張ってても、こんなところを買えるだけの手当をたかだか軍曹で手に入れられるとは思えないなあ......」
「ウチも同感」
陸軍航空大佐で戦闘機パイロット兼飛行隊長でした、とかなら話は変わってくるだろうけど、軍曹じゃこんなところ手も届かないはずだ。手付金さえ払えるか。
「手当を賭け事に放り込んで大勝ちしたとか?」
「あるいは親が金持ちで、ここの調達資金を無心したのかもな」
ビコウスキー刑事がそう言って続けた。
「
「その
「あっちで待たせてある。よければお二人さんが現場を見て回る間、ちょっと口説いてようと思うんだが......」
「いや、ウチが話を聴きます」
ウチはすばやくそう割り込んだ。
ビコウスキー刑事は女ウケが悪い。いや、悪い人じゃないのはよくわかってるんだけど、"口説き"モードに入ったビコウスキー刑事に言い寄られるのは、ウチも勘弁してほしいところだ。
証人が愛想をつかして逃げてしまうのを防ぐために、ビコウスキー刑事が異議をさしはさむ前にウチは続けた。
「他の被害者は?」
「音楽家二人、ビトルストンとボウだ。前は四人組のジャズ・バンドを組んでたそうだが、
「その二人って、ラモントとタイリーですか?」
「ああそうだ」
フブキに質問に、ビコウスキー刑事が返した。一瞬ウチは、フブキが被害者と面識があったのかと思ったけど、すぐにフブキが風紀課の初日に当たった事件のことだと思いだした。レニー・フィンケルシュタインの麻薬密売組織の、一番末端に位置していた黒人二人。
「そっか......じゃあミオ、
「わかった、任せて」