H.L. Noire   作:Marshal. K

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Manifest Destiny #4

 

 

「で、いくら握らせたの?」

 

 クラブ・モカンボの上階にある一室。スパニッシュ・コロニアル風にまとめられた、広くて落ち着いた雰囲気の個室は明らかにこのクラブで一番いい部屋で、私たちではなく"3番テーブルのお客"に配慮した結果らしいのは確実だった。

 ボーイがそのお客を呼ぶためにドアを閉めて立ち去るなり、私はぼたんちゃんにそう訊いた。

 

「50ドルです」

「たっか!?」

 

 素直な感想が出てしまって、慌てて口に両手を当てる。私が毎月受け取ってる軍人恩給の三分の二以上だ。ぼたんちゃんは何でもないようにけらけら笑って言った。

 

「多少蓄えがあるもんで......でも全然痛くないわけじゃないんで、経費として請求しますよ。二十までなら経理も出してくれるでしょ」

「それはウチたちの名前で請求しとくよ」

 

 ミオしゃがため息を吐きながら言った。

 

「頼んだのはこっちだし......さっき書いてた請求書と一緒に出しちゃったら、監察官から勘繰られちゃうよ?」

「いけね、見られてましたか」

 

 カッコつけたかったんですけどね、って笑って、ぼたんちゃんは続けた。

 

「まあ、つっつかれてもあたしの懐はそれなりにクリーンなんで、向こうの時間の無駄なんですけど......パーカー警視なら、何か掘り出しちゃうかもしれませんけどね。あの人潔癖症だから」

 

 首席監察官のパーカー警視は警察局長執務室争奪戦において、今や刑事部長のグリーン警察次長と横並びのところまで来ている。ブレンダ・スキャンダルの件で市警のみならず市長部局まで揺れ動いている今、パーカー警視が風紀課に対する"狩り込み"を行って市長にアピールする可能性は結構高い。

 伝統的な共和党員のボーロン市長は、このままスキャンダルが続くようなら早晩――少なくとも'49年の市長選挙までには――ウォーレル局長を解任しなきゃいけないだろう。現状を鑑みれば、グリーン次長ではなくパーカーが局長の椅子を手に入れる可能性は限りなく高いと言えた。そしてそのためなら、パーカーはたぶん手段を選ばない。

 そのことを指摘しようとしたとき、ドアが開いて男が二人入ってきた。

 

「どうも、お久しぶりですコーエンさん。調子はいかがですか」

 

 男の一人、青い背広に身を包んだ、太眉のいかにも中東系の顔立ちのほうが答えた。片手にくゆらせている葉巻の煙からは、煙草に詳しくない私でも上等なものだとわかる香りがしている。

 

「やあ、ライオンのお嬢ちゃん。悪くないな、ここ最近は悪くはない」

 

 そこでこちらに視線を移して続ける。

 

「で、そっちの二人は?」

「紹介します。あたしの同僚の大神刑事と白上刑事です。先輩、こちらマイヤー・コーエンさん」

「どうも、こんにちは」

 

 軽く会釈をすると、もう一人の男、紺色の背広を着こんだガタイのいい方が言った。

 

「礼儀正しいな」

 

 その言葉に含まれる嘲りの色は無視して、ぼたんちゃんに目で訊く。

 

「こっちはジョニー・ストンパナートさんです、先輩。確か海兵隊に従軍してらしたんですよね。フランスでしたっけ?」

「オキナワだ」

「そうでしたか。こちらのお二人は陸軍で、イタリアにいたんですよ」

「なるほど。じゃあ、運が良かったんだな」

「ええ、まあ」

 

 ミオが奥歯に何か挟まったような口調で短く返した。私もそれに付け加える。

 

「フランスとか太平洋に配置換えになった人たちの話を聞く限り、確かに白上たちは幸運だったみたいですね」

「そろそろ本題に入ってもらってもいいかな」

 

 コーエンがコーヒー・テーブルの椅子に座りながら言った。いかにも東部の出らしい早口だ。

 

肉料理(ミート・ディッシュ)が出てくるところだったんだ。冷めてしまう」

「では、いくつか質問させてもらいます、コーエンさん」

「弁護士を呼んだ方がいいかな?」

 

 向かいに座ってそう切り出すと、相手は唇をゆがめて返した。口調から冗談、というか挑発と判断して流して続ける。

 

「あなたの義理のお兄さん、レニー・フィンケルシュタインさんですが、彼は盗品のモルヒネを売り捌いていました。彼のところから押収したのは、全体の1/3です」

 

 そこで言葉を切って、コーエンの反応を伺う。コーエンはうっすらとした笑みを顔にはりつけると、鷹揚そうに答えた。

 

「古い話だな、お嬢ちゃん。生憎と、俺はあいつの考えなぞまるで知らなかったんでね」

「それじゃウチたちは、あなたがモルヒネのことは何も知らないと、そう考えるべきだってことですか?」

 

 ミオが背後から――私の隣にはぼたんちゃんが座っている――そう訊いた。その声音は明らかに挑発しているそれだ。私もそれに乗っかる。

 

「それはあまりにも都合がよすぎません?」

「レニー――彼の魂に安らぎあれ――は間抜け野郎だったんだ。だがヤツはファミリーの一員だったし、俺もそれを覆すつもりはない。だから......」

 

 ぐっと身を乗り出して、まさに視線そのものでこっちを刺しながら、コーエンはドスの利いた声で続けた。

 

「俺がいま、手を出さないことに感謝するんだな、小娘」

 

 正直に言って、私はビビった。表に出なかったかどうか、結構怪しい。ロスを牛耳るマフィアのボスを相手にしてるんだから覚悟はしてたけど、その凄み方の迫力はそれをはるかに上回っていた。

 私が黙り込んだのを見てとって、コーエンは背もたれにもたれかかって続けた。

 

H(アヘン)をシノギにするのは恥さらしだ、俺は認めん。売人と薬中を全員ブチこめば、それで解決だと思うがね」

「では、フィンケルシュタインさんが残りの在庫をどこに隠したか、あなたは知らないと?」

 

 ミオが重ねてそう訊いた。その声には怖気づいたような色は全然なくて、私は自分の肝の小ささをこっそり恥じた。

 コーエンは高価そうな葉巻をゆっくり一服すると、その煙をゆるゆると吐きながら答えた。

 

「......俺が答えられる質問をすることだな、小娘。その方がお互い、有益な時間の使い方になる」

 

 つまり、喋る気はないってことだ。これ以上突っついてもダメそうだったから、私は攻め方を変えてみることにした。

 

「では、質問を替えましょう。クールリッジのモルヒネ強盗には、海兵隊員が関与してるものと白上たちは見てます。内の一人が昨晩、111(ワン・イレブン)クラブで射殺されました。それについて、なにかご存知のことはありませんか」

「さあ、知らんね」

 

 コーエンは再び、あの薄っぺらい笑みを顔に張った。

 

「一体何とコメントすべきかな?......そう、ショックだったよ。サムおじさん(アンクル・サム)の精鋭たちが、犯罪者に身を落とすとはね、と」

 

 それは冗談かなにかのつもりだったんだろうか? 少なくとも、彼の隣に座る副官は退役海兵隊員なんだし。

 

「この稼業は危険なんだ、俺が保証してやる。だから俺なら、さっさと足を洗うよう連中に勧めるね」

「ねえ、コーエンさん」

 

 ふと、ぼたんちゃんが口を挟んだ。

 

「黒人や獣人が何人野垂れ死んでも新聞は取り上げませんけどね、パサデナの判事さんみたいなご立派な白人さんが死んだとなると、話は変わりますよ。みんな大騒ぎになるでしょうね」

「俺がクスリを扱わないのは知ってるだろう、お嬢ちゃん」

 

 ぼたんちゃんのそれとない――それとないこともないか――仄めかしにも、コーエンは動じる気配を見せなかった。

 

「あれはジャック・Dとかジミー・アトリーとか、あの辺りの恥知らずのシノギさ。だがまあ、俺なりに嗅ぎまわって何かわかったら教えてやろうじゃないか。何か食って行かないか、ここの飯は美味いぞ?」

「ありがたいお誘いですけど、お昼食べてきちゃったんで。そろそろお暇しましょ、先輩」

 

 まだ突っつきまわしてみたくはあったけど、引き際を見るのは私たちよりもぼたんちゃんの方が上手いはずだ。

 

「それじゃ、コーエンさん。お時間頂いてありがとうございました」

 

 

 

 

 

「やはりあのクスリは分割して、希釈するべきでしょう」

 

 三人の婦人刑事が去ると、ジョニー・ストンパナートは彼の上官にそう切り出した。

 

「メスライオンの言い分を容れるのは癪ですが、しかし世論が明確に敵対するなら商売の妨げになります。FBI(フェッド)も動くでしょう」

 

 ミッキー・コーエンはそれに頷き返して続けた。

 

「とにかく、残りをどうにか手に入れなければ。あの小さい容器――簡易注射器(シレット)と言ったか?――では水増しのしようがない。連中をシメて、隠し場所を吐かせるんだ」

「さて、そう簡単に行きますかね」

 

 海兵隊員の結束は固い。どうシメ上げても、彼らの結束を崩してモルヒネの隠し場所を吐かせるのは困難そうだと、同じ海兵隊員のストンパナートには思えた。

 

「まあ、やってみようじゃないか」

 

 コーエンは不敵に笑ってそう言うと、部屋の隅の電話機に歩み寄って受話器を取り上げた。

 

 

 

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