H.L. Noire   作:Marshal. K

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Manifest Destiny #5

 

 

「ぼたんちゃん、あれどう思う?」

 

 クライスラーの捜査用車をハリウッド大通り(ブールバード)からウィルコックス大通り(ブールバード)に曲がらせた辺りで、フブキが後部座席のぼたんちゃんに意見を求めた。

 

「ミッキーがクスリの在処を知らないって話ですか?......半分は本当だと思いますよ」

「えっ、本当?」

 

 ウチは思わず後ろを向いて、ぼたんちゃんに向き直った。ウチの直感で言わせてもらえば、明らかにコーエンはモルヒネの所在を知ってるようだったからだ。

 ぼたんちゃんは極めて真面目な顔で答えた。

 

「半分です。在処そのものは知らないと思いますよ。知ってたら、パサデナの判事さんはもっとずっと早くに亡くなってたでしょうから」

 

 ぼたんちゃんはそこで一旦言葉を切ると、さっきのコーエンとの会話を思い出すような顔をしながら続けた。

 

「たぶん、"在処を知ってる人"に心当たりがあるんでしょう。ただ、何らかの理由でミッキー自身はそれを知らない。フィンケルシュタインが墓まで持って行っちゃったって可能性もありますけど、個人的には......」

「......残りはモルヒネ強盗が持ってて、それをミッキーに引き渡そうとしていない」

 

 フブキがぼたんちゃんの後を引き受けて言った。ぼたんちゃんがそれに首肯する。

 

「だと思いますよ」

「あれは? ミッキーはクスリをシノギにしてないって話は?」

「あれですか。まあ、ジミー・アトリーが州立刑務所(サン・クエンティン)にぶち込まれる前なら信じたでしょうね。今じゃちょっと無理がありますよ」

 

 ウチもあの言葉からは白々しさを感じ取ってたから、ぼたんちゃんに裏打ちしてもらえればありがたい。

 

「アトリーも、クエンティンの檻の中から相変わらず売人を操ってるみたいですけど、それでも利権の大部分は宙ぶらりんになったはずです。ジャック・ドラグナもそうですけど、ミッキーが目を付けない理由がありません。それに、」

 

 ぼたんちゃんは間接詞を先においてから、一旦息継ぎをして続けた。

 

「それに、あいつはベンジャミン・シーゲルから色々受け継いでるんです。それで一度クスリ稼業の旨さを知ったら、もう止められないでしょう。その上レニーがモルヒネ――他のどのマフィアも利権を持ってない新規事業です――を持ち込んだら?」

「何としてでも、残りの在庫を手に入れようとするだろうね。じゃあやっぱり111(ワン・イレブン)クラブの事件も......」

「ミッキーだと思いますよ。確証はありませんけどね」

 

 ぼたんちゃんは手を振ってそう付け足したけど、その声は確信を帯びていた。

 

「そっか。何にしても、ありがとねぼたんちゃん。こっちの捜査に付き合ってもらって」

 

 道の向こうに第5消防署の庁舎が見えてくると――ハリウッド警察署は消防署と同じ一郭にある――フブキはぼたんちゃんにお礼を言った。

 

「いいですって、あたしも退屈してたんですか......」

 

 その途中で無線機の声が割り込んだ。警察無線はいっつも何か喋っているけど、その時の指令員の声があまりにも緊迫していたんで、ウチたちは黙り込んで無線に聞き入った。

 

「至急至急、KGPLからハリウッド管内各局......訂正、KGPLから市内各局、KGPLから市内各局! 警察官から応援要請入電中。現場は北ブロンソン通り1384番地、北ブロンソン1384。警察官が銃撃を受けている模様! 対処識別符号998(コード998)! 手隙の局、どうぞ(アイデンティファイ)!」

「5キング11はウィルコックスとデ・ロングパーの角から」

 

 ウチはさっと送話器を取り上げると、すぐに応答した。ほぼ同時に赤色投光器とサイレンのスイッチを跳ね上げる。フブキが赤信号を無視してクライスラーをデ・ロングパー通りに進ませると、車道中の自動車から抗議の警笛が上がった。

 いつものことなのでそれは無視して、ウチは後部座席のぼたんちゃんに声をかける。

 

「ごめんねぼたんちゃん、署の前で降ろした方が良かったかな」

「構いませんよ。998発令はよっぽどですからね」

 

 それはそうだ。この街はめちゃくちゃに治安が悪いから、警察官が撃たれることも少なくはない。それでも998が発令されるのは相手がよっぽど大人数か、重火器が使われてる場合だけだ。今回はどっちだろう。

 エル・セントロ通りとの交差点まで来た辺りで、いままでノイズの中で沈黙していたKGPLが再び喋りだした。

 

「KGPLから先998事案臨場各局宛、6アダム116号車より現場概要について報告あり。該事案被疑者はJ.W. ロビンソン・ビルディング*1屋上より、機関銃様の重火器をブロンソン通りに向け発砲している模様。臨場各局にあっては受傷事故防止に最大限配意しつつ、民間人の被害を最小限に抑えるべく行動されたい。以上KGPL」

「機関銃様の重火器」

 

 フブキが苦々し気に呟いた。そう、それはひょっとしたら111クラブの銃掛から盗まれたブローニング自動小銃(BAR)かも知れなかった。あそこには三丁残ってたけど、銃架にはまだたくさん空きがあったから。

 

「KGPLから5キング44、並びに6アダム15宛」

「おまるん、出てるんだ」

 

 後部座席から、ぼたんちゃんが小さく呟いた。その声にはちょっとだけ心配するような雰囲気があって、ぼたんちゃんは無線に集中しているようだった。

 

「......ゴードン通り1370番地に急行し、道路封鎖に当たられたい。臨場次第現場概要を報告し、指示を待て。対処識別符号3(コード・スリー)。以上KGPL」

「......ちょっと安心した?」

「ええ、まあ。でもあいつは、そうそう簡単に死ぬようなヤツじゃありませんよ。悪運強いんで」

 

 ぼたんちゃんが笑い交じりにそう答える間にも、無線交信は続いている。捜査用車はガワー通りとのT字路に突き当たると、フブキはそのまま細い路地にクライスラーを乗り入れさせて、強引に東に向かった。

 

「KGPLから6アダム19宛、ファウテン通り5920番地に急行されたい。臨場次第5キング44の指示を受け、負傷した民間人の退避を援護すること。対処識別符号3(コード・スリー)。以上KGPL」

 

 フブキがブレーキを踏んで、クライスラーの速度を落とした。ゴードン通りに出たところにパトカーが駐まってるのが見えたからだ。巡査が二人、バリケードを展開して交通封鎖に掛かっている。現場はすぐ目の前に迫っていた。

 

 

 

*1
実在の百貨店

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