H.L. Noire   作:Marshal. K

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Manifest Destiny #8

 

 

 南バーモント通り505番地には、立派な鉄筋コンクリート建てのビルがそびえ立っていた。ウチはドアマンに警察官(バッジ)を見せて――ものすごく嫌そうな顔をされた――捜査用車を路肩から動かさないように言うと、フブキと並んでロビーに入った。

 

「こんにちは。ご用件を伺います」

 

 ロビーはとても広々としていて、二階まで吹き抜けになっていた。入ってすぐ正面に半円形のデスクがあって、"案内(インクワイアリーズ)"と書かれている。そこに着いている中年の男性がこちらに目を向けてそう言ったので、ウチはデスクに歩み寄って行って訊いた。

 

「ジャック・ケルソーさんにお会いしたいんですけど、こちらにお勤めですよね?」

「お約束はあおありですか?」

 

 ウチは黙って警察官(バッジ)を掲げた。案内デスクの男は明らかに厭そうな顔を浮かべたけど、電話機に手を伸ばしながら言った。

 

「少々お待ちください、在席中か確認しますので」

 

 内線番号を2、5、0、1と廻して、相手はすぐに出たようだった。

 

「ああ、ジャック。いま下にロス市警の方がおいでだ......失礼、所属とお名前を伺っても?」

保安風紀課(アド・ヴァイス)の大神刑事と白上刑事です」

 

 男がそれを電話で復唱すると、すぐに返答があったようだ。

 

「......わかった、お通しする。お待たせしました」

 

 受話器を置いて、案内人は続けた。

 

「奥の昇降機(エレヴェーター)で5階に上がってください。ケルソーのオフィスは、降りてすぐ右の501号室です」

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

「ジャック・ケルソーさん?」

 

 昇降機(エレヴェーター)を降りて先に立ったフブキが、降りてすぐ右――つまり、建物の一番端っこ――のオフィスの戸口に立って、開けっ放しのドアの向こうにそう訊いた。

 

「ええ、そこに書いてある通りですよ」

 

 オフィスからはそんな感じの、つっけんどんな答えが返ってきた。ドアのガラス窓には金色のステンシルで、"501 ジャック・ケルソー 損害調査員"と書かれている。

 デスクに着いていたのは青い背広に身を包んだ、三十代半ばくらいの精悍そうな顔立ちの男だった。ウチはその青い瞳から実直そうな色を、そして表情からいかにも頑固そうな雰囲気を感じ取った。これは厳しい聴取になりそうだ。

 

ロス市警(LAPD)の白上刑事と大神刑事です。いくつかお訊きしたいことがあるんですけど」

「どうぞ座ってください、お嬢さん(プリンセス)

刑事(ディデクティブ)です」

 

 フブキがぴしゃりと訂正するその言い方は、敬称(マーム)をつけ忘れた新兵を訓練教官が叱る時のそれにちょっと似ていて、ウチは少し心配してフブキを見た。いや、確かにお嬢さん(プリンセス)呼ばわりされるのは、ちょっと気に食わないけれども。

 フブキはケルソーの向かいの客用椅子に座ると、質問を始めた。

 

「あなたの引揚船、クールリッジからモルヒネが盗まれたことはご存知ですよね?」

「はい」

 

 答えは端的だった。余計なおしゃべりはなし。ケルソーの目はフブキの目を真っすぐに覗き込んでいる。

 

「そのモルヒネをめぐって今、ロス中のギャングたちが戦争を繰り広げてるのは、ご存知ですか?」

「......その薬物犯罪に海兵隊員が関わっていると、君たちはそう考えているのか?」

 

 ケルソーの逆質問は飛躍していた。ウチたちはまだ、そこまで仄めかしてすらいないのに。

 

「あんたら風紀課の方が、よっぽど薬物犯罪の片棒にお似合いだと思いますがね」

「話を逸らさないでくれますか」

 

 ウチがそう言うと、ケルソーはたっぷり間をおいてから質問に答えた。

 

「......いや」

「では、エディ・マクゴードリック退役軍曹が、とんでもない金を出してナイト・クラブを買ったことはご存知ですか?」

「いや、知らん」

「では、昨晩ギャングがそのクラブに押し入り、マクゴードリックさんの脳味噌を吹き飛ばしたのもご存知ないんですか?」

「......いや、知らなかった」

 

 答えは相変わらず端的だった。ウチが見たところ嘘はなく、三つ目の答えの前に開いた間には、本物らしいショックと憐憫の色が窺えた。

 

「クールリッジの強盗ですけど、」

 

 フブキも変わらず、淡々と質問を続けている。

 

「モルヒネの他に、ブローニング自動小銃(BAR)M1短機関銃(トミーガン)も盗まれていたのはご存知ですか?」

「いや、知らないな」

「そうですか。ところで白上たちは先ほど、アルヴァロ退役伍長に会ってきました」

「......そう」

 

 ケルソーは答えにちょっと間を置いた。話の行き先が見えずに困惑してる、あるいは警戒しているように見えた。

 

「彼は、元気そうでした?」

「ちょっと青褪めてましたね」

 

 フブキは明らかに挑発する口調で続けた。

 

「ミッキー・コーエンの手下の一人が、彼が乗務するバスにBARを発砲し、弾倉六個分の穴を開けましたから。ハリウッドの真ん中で、乗合バスに、です」

 

 カツン、カツンと踵を鳴らして、フブキが続ける。

 

「幸いにも死人は出ませんでしたけど、この先はわかりません。それでもまだ、ご協力いただけないんですか、ケルソーさん?」

「......強盗があった当時、そっちの担当刑事に話した。それが全てで、今なお付け加えることは何もありませんな」

 

 青い瞳を爛々と光らせて、ケルソーはフブキを睨みつけた。その目から強固な意志を読み取って、ウチは心の中でグルッと目を回した。頑固そうな人だと思ったけど、予想以上だ。

 フブキも、これ以上突いても何も出ないと判断したらしい。手帳を閉じて、客用椅子から立ち上がりながら言った。

 

「お時間ありがとうございました、ケルソーさん」

「どういたしまして、お嬢さん(プリンセス)

 

 フブキが――フブキにしては珍しく――キッとケルソーを睨みつけた。当人はすでにデスクの抽斗から書類を取り出しにかかっていて、こっちを見てもいなかったけど。

 昇降機(エレヴェーター)に乗るまでは二人とも黙りこくっていたけど、ドアが閉まるなりフブキが口を開いた。

 

「ふーっ......あんな頑固な人、久しぶりだよ」

「確かにねえ。あの目、見た?」

「"俺は絶対に喋らないぞ"って目? 見た見た......白上はちょっと、彼にミオを重ねちゃったけどなあ」

「はあ!?」

 

 思わず強い語気で聞き返すと同時に、到着ベルがチンと鳴ってドアが開いた。広々としたロビーを抜けながら、声を抑えてフブキを問い詰める。

 

「どーいう意味か説明してもらおうじゃん、おう」

「......"部下を売らないぞ"、あるいは"見捨てないぞ"っていう強い意志。在りし日のオオカミ軍曹と重なっちゃってさ」

「......」

 

 ウチは何か言い返してやろうと思ってたけど、捜査用車に戻るまで結局なにも言い返せなかった。

 

 

 

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