南バーモント通り505番地には、立派な鉄筋コンクリート建てのビルがそびえ立っていた。ウチはドアマンに警察官
「こんにちは。ご用件を伺います」
ロビーはとても広々としていて、二階まで吹き抜けになっていた。入ってすぐ正面に半円形のデスクがあって、"
「ジャック・ケルソーさんにお会いしたいんですけど、こちらにお勤めですよね?」
「お約束はあおありですか?」
ウチは黙って警察官
「少々お待ちください、在席中か確認しますので」
内線番号を2、5、0、1と廻して、相手はすぐに出たようだった。
「ああ、ジャック。いま下にロス市警の方がおいでだ......失礼、所属とお名前を伺っても?」
「
男がそれを電話で復唱すると、すぐに返答があったようだ。
「......わかった、お通しする。お待たせしました」
受話器を置いて、案内人は続けた。
「奥の
「ありがとうございます」
「ジャック・ケルソーさん?」
「ええ、そこに書いてある通りですよ」
オフィスからはそんな感じの、つっけんどんな答えが返ってきた。ドアのガラス窓には金色のステンシルで、"501 ジャック・ケルソー 損害調査員"と書かれている。
デスクに着いていたのは青い背広に身を包んだ、三十代半ばくらいの精悍そうな顔立ちの男だった。ウチはその青い瞳から実直そうな色を、そして表情からいかにも頑固そうな雰囲気を感じ取った。これは厳しい聴取になりそうだ。
「
「どうぞ座ってください、
「
フブキがぴしゃりと訂正するその言い方は、
フブキはケルソーの向かいの客用椅子に座ると、質問を始めた。
「あなたの引揚船、クールリッジからモルヒネが盗まれたことはご存知ですよね?」
「はい」
答えは端的だった。余計なおしゃべりはなし。ケルソーの目はフブキの目を真っすぐに覗き込んでいる。
「そのモルヒネをめぐって今、ロス中のギャングたちが戦争を繰り広げてるのは、ご存知ですか?」
「......その薬物犯罪に海兵隊員が関わっていると、君たちはそう考えているのか?」
ケルソーの逆質問は飛躍していた。ウチたちはまだ、そこまで仄めかしてすらいないのに。
「あんたら風紀課の方が、よっぽど薬物犯罪の片棒にお似合いだと思いますがね」
「話を逸らさないでくれますか」
ウチがそう言うと、ケルソーはたっぷり間をおいてから質問に答えた。
「......いや」
「では、エディ・マクゴードリック退役軍曹が、とんでもない金を出してナイト・クラブを買ったことはご存知ですか?」
「いや、知らん」
「では、昨晩ギャングがそのクラブに押し入り、マクゴードリックさんの脳味噌を吹き飛ばしたのもご存知ないんですか?」
「......いや、知らなかった」
答えは相変わらず端的だった。ウチが見たところ嘘はなく、三つ目の答えの前に開いた間には、本物らしいショックと憐憫の色が窺えた。
「クールリッジの強盗ですけど、」
フブキも変わらず、淡々と質問を続けている。
「モルヒネの他に、
「いや、知らないな」
「そうですか。ところで白上たちは先ほど、アルヴァロ退役伍長に会ってきました」
「......そう」
ケルソーは答えにちょっと間を置いた。話の行き先が見えずに困惑してる、あるいは警戒しているように見えた。
「彼は、元気そうでした?」
「ちょっと青褪めてましたね」
フブキは明らかに挑発する口調で続けた。
「ミッキー・コーエンの手下の一人が、彼が乗務するバスにBARを発砲し、弾倉六個分の穴を開けましたから。ハリウッドの真ん中で、乗合バスに、です」
カツン、カツンと踵を鳴らして、フブキが続ける。
「幸いにも死人は出ませんでしたけど、この先はわかりません。それでもまだ、ご協力いただけないんですか、ケルソーさん?」
「......強盗があった当時、そっちの担当刑事に話した。それが全てで、今なお付け加えることは何もありませんな」
青い瞳を爛々と光らせて、ケルソーはフブキを睨みつけた。その目から強固な意志を読み取って、ウチは心の中でグルッと目を回した。頑固そうな人だと思ったけど、予想以上だ。
フブキも、これ以上突いても何も出ないと判断したらしい。手帳を閉じて、客用椅子から立ち上がりながら言った。
「お時間ありがとうございました、ケルソーさん」
「どういたしまして、
フブキが――フブキにしては珍しく――キッとケルソーを睨みつけた。当人はすでにデスクの抽斗から書類を取り出しにかかっていて、こっちを見てもいなかったけど。
「ふーっ......あんな頑固な人、久しぶりだよ」
「確かにねえ。あの目、見た?」
「"俺は絶対に喋らないぞ"って目? 見た見た......白上はちょっと、彼にミオを重ねちゃったけどなあ」
「はあ!?」
思わず強い語気で聞き返すと同時に、到着ベルがチンと鳴ってドアが開いた。広々としたロビーを抜けながら、声を抑えてフブキを問い詰める。
「どーいう意味か説明してもらおうじゃん、おう」
「......"部下を売らないぞ"、あるいは"見捨てないぞ"っていう強い意志。在りし日のオオカミ軍曹と重なっちゃってさ」
「......」
ウチは何か言い返してやろうと思ってたけど、捜査用車に戻るまで結局なにも言い返せなかった。