H.L. Noire   作:Marshal. K

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Fly High #3 ~Interval~

 

 

「獅白」

 

 二人で荒らされた部屋を捜索していると、ひっくり返ったゴミ箱を調べていたおまるんがあたしを呼んだ。

 

「どしたの。ブローチでも見つけた?」

「いや、これ」

 

 おまるんが差し出したのは、紙製の細長い箱だった。

 

 

――簡易注射器(シレット)1本:1.5ccあたり1/2グレーン:滅菌針:毒物

  モルヒネ酒石酸塩液

  警告:中毒性あり――

 

 

「保安係の知り合いに聞いたんだけど」

 

 おまるんが言う。

 

「余剰軍用品のモルヒネが最近ストリートに流れ始めてるんだってさ。まだ販路は限られてるみたいだけど」

 

 

 

 

 

 あたしは1階に下りると夜間受付係(ナイト・フロント)の方に向かった。

 

「面倒事だよ」

「おい、俺は面倒事は御免だって......」

「黙って。あんたはオーナーに電話した方が良さそうだけど、その前にあたしの質問に答えてもらうから」

 

 鋭く睨みつけて、有無を言わせずに質問する。

 

「今晩、泊りじゃないのに上がって行ったヤツを教えて」

 

 モルヒネシレットの箱を見せて、

 

「とりあえず、これを扱ってそうなヤツ」

「......ファング」

 

 フロント係がたっぷり一秒、鼻から息を吹きだしてから言った。

 

「通り名だよ、本名は知らない。まだ下りてきてないけど」

「そいつが普段居そうな場所は?」

「さあ。俺はあいつの顧客じゃないからな」

 

 慌てて付け足して、

 

「"アーケイド"じゃないか。ポケットビリヤードで結構稼いでるって、自慢してたよ」

 

 知ってるか、というフロント係の質問に知ってると返す。ドヤ街(スキッド・ロウ)の外れにあるいかがわしいクラブだ。ここからそう離れてはいない。

 

「フェアに教えといてあげるけど、あたしはこれのことを風紀課に報告するから」

 

 モルヒネの箱を振って、

 

「あんたは早くオーナーに電話しなよ」

 

 そりゃないぜ、というフロント係の嘆きは無視してロビーの隅にある公衆電話に向かった。

 

 

 

 

 

「おまるん、何してんのそんなとこで」

 

 4階に戻ると、おまるんは向かい側の35号室のドアの前にたたずんでいた。

 おまるんが何も言わずに35号室のドアにそっと触れると、そのままドアがすっと開いた。

 

「ははあ」

 

 歩み寄って錠前を調べると、受け金が木製のドア枠から外れてどこかに行ってしまっている。

 

「蹴破ってここから逃げたんだ」

「みたいだね。しかも」

 

 開きっぱなしの窓の外を指して、

 

「おあつらえ向きに非常階段のある部屋と来た」

「受付からなにか収穫あったか?」

「モルヒネを扱ってる売人が上がって行ったのを見たってさ。そいつはまだ下りてきてないって」

「じゃ、ここから下りたんだな」

「たぶんね」

「どうする獅白」

 

 非常階段の下を覗き込んでいたおまるんが、体を戻して聞いてきた。

 

「次のアテがないんなら、ここで風紀課の刑事を待ったほうがいいと思うけど」

「それがあるんだな。おまるん、"アーケイド"って知ってる?」

「知ってる。あのいかがわしい連中向けのクラブだろ」

 

 そこまで言うと急に後ずさりをして、茶化すように続ける。

 

「なになになに獅白さん、ひょっとしてそーゆーところにポルカを連れ込んで......」

「ないない、そんなことしたらラミちゃんに八つ裂きにされちゃうよ。......おまるんがね」

「なんであたしが!?」

 

 

 

 

 

 "アーケイド"は、7番街をアラメダ通りの角からドヤ街(スキッド・ロウ)側にちょっと入ったところの裏路地にある。

 ここのお客はいかがわしい連中ばっかりで、俯いて座ってる二人組の客がいたら机の下で大麻だの麦角と覚醒剤の混ぜ物(カクテル)だのをやり取りしてるとみて間違いないし、奥には娼婦(あるいは娼夫)とコトに及ぶための鍵付き個室がある。そしてここで出されるものは、食べ物も飲み物も劇物だ。

 でもそんな劇物で酔っぱらいながらビリヤードやダーツがしたいお客もいて、ファングはそんな連中の一人だった。

 

「ファングってのはどっち?」

 

 ビリヤードをしていたのは太っちょとガリガリの二人組が一組だけで、たぶんそのどっちかだろうと見当をつけて聞いた。このテの連中は自分のルーチンを崩すことをひどく嫌うから、いつもいるなら今日も来ているはずだ。

 

「こいつだよ」

 

 太っちょのほうが、キューを構えて8番ボールを狙っているガリガリの方を指して言った。太っちょの顔色が悪いのは悪酔いをしているから、ではなく負けがかさんでいるからのようだ。

 ファングが手球を撞く。手球は8番ボールにぶつかって止まり、8番はクッションにぶつかってから擦り切れ気味のラシャの上をころころ転がって、ポケットの一つに姿を消した。

 ファングがどのポケットをコールしたにしても、これでまたもファングの勝ちが決まったらしい。身を起こしたファングの満足そうな笑顔と、太っちょの大きなため息からそれが分かった。

 

「あんたがファング?」

「そうだよ」

 

 ファングはあまり酔っていないようだった。劇物を"嗜む"方法を知っているらしい。もっとも、嗜む程度でも胃の壁に大穴が開きそうだけど。

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。あんたさっきまでサンペドロ沿いの安宿にいたでしょ。ここからそう離れてないとこ」

「いいやあ、俺は晩飯食ってからずっとここで球を撞いてるよ、なあ」

「何言ってんだ、お前はさっき入ってきたばっかりじゃないか」

 

 ファングは太っちょを急場の不在証明(アリバイ)証人にしようとしたらしい。

当の太っちょは鈍感で、図らずもこの場での不在を証明をしちゃったけど。

 

「いや、ほら、こいつは酔っぱらってるからさ、俺がさっき入ってきたって勘違いして......」

「いい加減諦めろよ。フロント係に見られてんだよ、お前は」

 

 おまるんが苛立たし気に言う。

 

「そこで商売してたんでしょ? コレ扱ってんのは、ここいらじゃあんただけなんだってね」

 

 モルヒネの箱を見せると、ファングの顔色が一気に悪くなった。

 

「あんたの商売相手は強盗だったんだけど、獲物の数が合わないんだよね。ちょっとポケットひっくり返してもらおうか」

「クソッ!」

 

 ファングは大きく振りかぶると、投げ槍のようにしてキューをこちらに投げつけてきた。

 おまるんがぱっと動いて空中のキューを見事につかみ取ると、こちらに背を向けて非常口の方に逃げようとしていたファングの足元を狙ってキューを投げ返す。

 

「うぎゃっ」

 

 キューが足に絡んでファングが派手に転んだ。

 

「ナイスゥ、おまるん」

 

 手をはたいているおまるんに言いいながら、這って逃げようとしているファングに歩み寄る。

 いやがる両手を獣人の腕力で後ろに回して手錠をかけた。

 

「ファングで通ってる誰かさん、とりあえずは警察官への暴行未遂で逮捕します」

 

 ファングの悪態は無視して身体中のポケットをひっくり返す。

 

「こりゃすごいね」

「それは俺のだ! 私有財産のなんとかだぞ!」

「それはちがうな」

 

 おまるんがズボンから引っ張り出した財布を確認して言った。

 

「お前がキングストン映画スタジオに勤めてるとは思わないし、名前がエミリー・ホプキンスだとも思わないし、サンタモニカ大通り(ブールバード)に住んでるとも思わないね」

 

 財布の中の、名前と住所が書かれた社員証を突き付ける。

 

「しかもこんなにたくさん売り物を持ったままじゃあね」

 

 ポケットからはモルヒネの他にも大麻に阿片に覚醒剤(ベンゼドリン)にと、種類も分量も多様な薬物が登場した。

 動く薬局だな、とおまるんが簡単な感想を述べる。

 

「それにこの年季の入ったブローチ。あたしたちは特にこれに興味があるんだ」

 

 年代物のブローチをファングの目の前でぶらぶらさせて、あたしは言った。

 

「違法薬物の販売目的所持と窃盗も追加ね。おまるん、あたし護送車(Bワゴン)呼んでくるからこのアホのお守りよろしくね」

 

 

 

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