H.L. Noire   作:Marshal. K

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 注意:このお話にはホロメンが一切登場しません。ホロメンの視点の無い裏側で何が起きていたのか、というのを短く区切って捕捉するためのお話です。このためLAノワール側の登場人物だけで構成されていることを、あらかじめご了解ください。


Manifest Destiny ~断章~

 

 

 場面一。南カリフォルニア大学(USC)の講義室。ハーラン・フォンテーン医学博士が最新の精神医学に関する講義を終えた。学生たちがぞろぞろ出て行き、フォンテーン医師も帰り支度をする中、若い学生の一人が感動した様子でやってくる。

 

「先生、素晴らしい講義でした」

「ありがとう。君、名前は?」

「シェルドンです。コートニー・シェルドン。医学部の二年生です。GI法のお蔭で飛び級したんですが」

 

 そこで顔を曇らせて、シェルドンは切り出した。

 

「その、先生にお願いしたいことがあるんです。オキナワで一緒だった戦友のことなんですが......」

「続けて?」

 

 退役軍人のトラウマ克服を扱っているフォンテーン医師は、興味をそそられたようだった。

 

 

 

 

 

 場面二。クラブ・モカンボのホール。3番テーブルで食事を摂っているミッキー・コーエンとジョニー・ストンパナートのところへ、給仕長がコートニー・シェルドンを案内してくる。

 

「座りな、コートニー。彼がミッキー・コーエンだ」

 

 ストンパナートが彼のために引いた椅子に、シェルドンは腰かけた。

 

「ミッキー、こちらがコートニー・シェルドン。何か呑むかね、コートニー?」

「スコッチを。ストレートで」

 

 ストンパナートも席に着き、話し合いが始まった。コーエンとストンパナートは時折にやにや笑いを浮かべていたが、シェルドンは彫が深い顔を更に顰めて、難しい顔つきをしていた。

 話し合いは長くはなかった。給仕がウィスキーの入ったグラスをシェルドンのところにおいて、それから1分と経たないうちに終わった。にっこり笑って差し出されたコーエンの手を一顧だにせず、シェルドンは席を立った。

 

「おい、おい! 五万じゃ不満かね!?」

 

 去り行くシェルドンの背中にコーエンがそう声をかけたが、シェルドンは振り向きも、足を緩めもせずにクラブから出て行った。

 コーエンはどっかと椅子に腰を下ろすと、彼のために特別に引かれている電話機の受話器を取った。ダイヤルを廻して、相手が出るなり言った。

 

「シェルドンの小僧だが。ああ、死んで欲しいな」

 

 

 

 

 

 場面三。カリフォルニア火災生命保険株式会社のロサンゼルス支社。軍隊で中隊長に――つまり、個室を持てる中ではもっとも地位の低い人間に――割り当てられるくらいの広さの執務室の一つに、濃紺の背広に身を包んだ男が入って来た。窓の外はすっかり夕暮れで、カリフォルニアではもう夜だった。

 

「ジャック、まだ働いていたのかね?」

 

 濃紺の背広の男は、室内で書類整理棚(キャビネット)の前に立っていた水色のシャツの男にそう言った。

 

「これからサンタ・モニカのライトハウス・クラブへ行こうと思うんだが。どうかね、君も......」

 

 彼の発言を遮って、開きっぱなしだったドアのガラス窓が叩かれる音がした。そこには金色のステンシルで、"501 ジャック・ケルソー 損害調査員"と書かれている。

 

「やあ、ジャック」

 

 戸口からそう言ったのは、コートニー・シェルドンだった。水色のシャツ姿のジャック・ケルソーは、自身の上司である紺色の背広に言った。

 

「ベンソン副社長、こちら私の戦友のコートニー・シェルドンです」

「おやおや。では私は、二人の昔話の邪魔はしないでおこうか」

 

 おどけたようにそう言って、支社長であるカーチス・ベンソン副社長は戸口に向かった。

 

「いい夜を、ジャック。シェルドン君も」

「ありがとうございます、副社長」

 

 ベンソンが出て行くとシェルドンがドアを閉めた。防音壁があるわけではないので、二人はぼそぼそと小声で喋っていたが、やがてジャックの大声が響いた。

 

「じゃあ全部渡して、それでお終いにしろ! なんでそれができないんだ!?」

 

 それに続くシェルドンの声はそこまで大きくはなかったが、「約束」とか「正規の医師や診療所」とか「無視された」などが切れ切れに廊下に響いた。そして今度ははっきりと、恐らくジャックに言い返す形でこう叫んだ。

 

「問題は、人が死んでるってことなんだよ、ジャック!」

 

 その後も怒気を孕んだ応酬が小声で続けられたが、最終的にはそれもなくなり、なにがしかの打ち合わせを始めたようだった。二人はその後も遅く、カリフォルニアの空がすっかり暗くなるまで執務室にこもっていた。

 

 

 

 

 

 場面四。夜のロサンゼルス市内のある路地裏に、青い47年式リンカーン・セダンが停まった。リンカーンの後部座席からは白いコートを纏った強面の男が降り、先導と後詰のキャデラックからもガラの悪い男たちが次々と降りてくる。

 路地の一方の端には青い47年式シボレー・フリートマスターが停まり、コートニー・シェルドンとジャック・ケルソーが降りた。

 

「もっといい場所はなかったのかね、ええ?」

 

 白いコートの男が口火を切った。確かにこの場所は臭いし汚いし、人に会うのにいい場所とは思えなかった。

 

「ホーム・グラウンドを選んだだけだ、コーエンさん」

 

 ケルソーが答えた。さん付けしてはいたが、その口調に丁寧なところは一つもなかった。

 

「闘いに勝つ男たちは、そうやって地の利を得るからこそ勝つんだ」

「闘い? 闘う気かね。君たち二人で、俺と部下たちを相手取って?」

「闘う必要などないんだ、コーエンさん」

 

 コーエンが嘲るように応じると、ケルソーは短く返して帽子を脱ぎ捨てた。それを合図に路地裏中にM1短機関銃(トミーガン)の銃声がけたたましく鳴り渡った。職業柄、その音の正体と威力をよく知るギャング達は一斉に地面に伏せる。

 弾丸は男たちから離れた地面に着弾して、パッパッとコンクリートの破片を上げた。

 

「今のが"合図"じゃなくて"号令"だったら、お前たちは今頃あの世行きだったぞ!」

「貴様、正気か?」

 

 コーエンが、彼をかばったストンパナートの下から抜け出して言った。

 

「このコートは200ドルのコートだぞ! ずいぶん肝っ玉の据わったやつだ。名前は?」

「ケルソー」

「ケルソーね。下ろし立てのリンカーンに、傷がついて無ければいいがね!」

「俺が言いたいことはな、コーエンさん」

 

 ケルソーは腕を上げて、コートニーの方を指して続けた。

 

「こいつらは以降、モルヒネには関わらないってことだ。こっちが持ってる在庫は海に処分する」

「まあ待てよ、こいつはデカい儲けになるんだぜ? 早まりなさんな」

「申し出はありがたいがね、コーエンさん。繰り返し言わせてもらうが、モルヒネは金輪際ナシだ」

 

 取りなすように言ったコーエンに、ケルソーは断固とした口調で返した。

 

「こいつらは一度道を踏み外したが、誰だって正道に戻る権利はある。もしあんたらが、こいつらを尾けまわしてそれを邪魔するんなら、こっちにも用意はあるぞ」

「......脅迫かね、それは?」

 

 低い、威圧的な声でコーエンがそう訊くと、ケルソーは地面から帽子を拾い上げ、被りなおしながら答えた。

 

「いや、お願いだよ、コーエンさん。お時間をどうも」

 

 ケルソーがシボレーの方に戻っていくと、後に残されたシェルドンにコーエンが詰め寄った。

 

「あのマッチョは君の発案かね、え?」

「ジャックのことを補足しておきます、コーエンさん」

 

 シェルドンは静かに答えた。

 

「ジャックは六人の日本兵(ジャップ)を、銃剣と野戦用(KA-BAR)ナイフだけで殺したんです。彼の所属していた第六海兵連隊はオキナワで、三か月で十万人以上の敵を殺しました。彼はその戦いの真っ只中に居たんです」

「だが、その日本兵(ジャップ)はチビだろう?」

 

 嗤いながらそういったコーエンの目を見据えながら、シェルドンはきっぱりと返した。

 

「そうですね、コーエンさん。丁度あなたぐらいです」

 

 

 

 

 

 場面五。ウィルシェアにあるフォンテーン医師の診療所。シェルドンはここでパート・タイムの医療助手(パラメディック)を勤めていたが、彼の顔色が悪いのを気にしてフォンテーン医師が声をかける。シェルドンはフォンテーンに、話の内容を"職務上の秘密"にしてもらうよう要請してから、話し始めた。

 

「僕たちは中国から、クールリッジに乗って引き揚げてきたんです」

「......モルヒネ強盗か」

 

 フォンテーンの反応は早かった。さっと執務椅子から立ち上がると戸口に向かい、診察室の周辺に人気が無いのを確かめてからドアを閉めた。

 

「ええ、我々がやりました......彼らはもっと報われて然るべきなんです、戦争に様々なものを捧げたんですから!」

「ああ、そこを疑ってはおらんよ、コートニー」

 

 フォンテーンは後ろ手に掛け金を下ろすと、いつもと変わらないフランス訛りの声で続けた。

 

「だが何を、どれだけ捧げようと、必ずしも報われるわけではない」

「その通りでした......ある、ギャングに繋がりのある男がいて、そいつにブツを任せたんですが。それが今じゃ街中に出回ってる有様です......こんなつもりじゃなかったのに」

「浅慮だったようだね、コートニー」

「ええ、今ならわかりますよ。先生」

「ふーむ......いくつか、訊いていいかね?」

 

 手許のジタンを吹かしながら、考え込む目つきでフォンテーンは言った。

 

「勿論です」

「その、地下取引に繋がりのある男だが。彼はモルヒネを全部持って行ったのかね?」

「いいえ、違います」

 

 シェルドンは断言した。

 

「小出しにしてたんです。多少はこっちでコントロールできるようにと」

「では、さらなる分与を求めて威迫されている、そうだね?」

「穏当な言い回しを使えば、そうです先生」

「なるほど......どうやら、君を助けてあげられそうだよ、コートニー」

 

 掃き出し窓の向こうの庭を眺めていたフォンテーンは振り返って、患者用椅子に掛けていたシェルドンに笑顔を向けた。

 

「ありがとうございます、先生。こうして聴いてもらえるだけでも......」

「いやね、この方法ならお金の面でも、そして君の良心の面でも君を助けられると思うよ」

「続けてください、先生」

「麻薬は全て、私が引き受けよう。当院で、医療目的で使うためだ、そこは保証しよう。すると当院の麻薬購入予算が浮くことになるから、それをある基金に投資しようと思う。住宅基金だ」

「住宅ですか?」

 

 話がいま一つの見込めない様子のシェルドンに、フォンテーンは噛んで含めるように続けた。

 

「件の基金は、退役軍人に住宅を供給するための組織なんだ。その住宅の売り上げから一定割合が、配当として君に支払われる。のみならず、」

 

 フォンテーンはデスクから身を乗り出して、シェルドンに迫って猫撫で声で言った。

 

「君が気を病んでいる彼らの為になるのだよ......どうかね、なにか不服はあるかな?」

「......すごい。先生、あなたは魔法使いみたいだ」

 

 シェルドンは感激しきった声でそう言った。

 

 

 

 

 

 場面六。ハリウッドのレストラン・ブラウンダービイ。派手な背広を着た男が入って来て、小太りの男がいる席に座った。

 

「お探しの物を見つけたよ、ロイ」

 

 小太りの男は半月前、電停で盗撮をはたらいた廉で市の拘留場に放り込まれていたマーロン・ホプグッドだった。ある探し物をすることを見返りに、ロイ・アール部長刑事が釈放させたのだ。

 ホプグッドが渡した封筒を受け取ると、アールは中身を引っ張り出した。それは何葉もの写真だった。

 

「いやはや、ずいぶん苦労したよ。なんせ連中は普通、顔が写ってるのは......」

「売りたがらない。わかってるさ」

 

 アールがホプグッドの後を引き取って言った。

 

「出回っちまったら大事だからな。撮ったやつ、仲買、売ったやつ、そして買ったやつ。全員が等しく迷惑を被るわけだ」

「そうなんだよ」

 

 ホプグッドが重々しく頷いた。それが何の合図かよくわかっているアールは、ため息を吐いて懐を探った。

 

「ほら」

「毎度」

 

 50ドル札を半ダースほど入れた封筒を滑らせると、ホプグッドは待ってましたとばかりに受け取った。まあいい。これが上手くキマれば、数百ドルなどなんでもないほどの見返りが手に入る。

 ロイはそれを思い描くと笑いが止まらず、写真を見るとはなしに眺めながらニヤニヤしていたが、ホプグッドからは写真を眺めて助兵衛な笑みを浮かべているようにしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 場面七。ロサンゼルス市内のある執務室。ケルソーのそれとは比べ物にならない程広々とした執務室に、数人の男たちが集まっていた。窓からは夕焼けに染まった夜のカリフォルニアの空が見える。

 

「なんとかダメージを抑えなければ」

 

 シャツに蝶ネクタイ姿の、小太りの男が葉巻片手に発言した。ロサンゼルス郡地方検事(DA)のドナルド・サンドラーだ。

 

「このままではブレンダ・アレン如きのアバズレのために、公職者が軒並み票を失います」

「なんとか報道機関を黙らせたいところだ」

 

 立派な楢材(オーク)のデスクの端にお尻を乗せている、紺色の背広の男がそう言った。彼はこの部屋の主である、ロサンゼルス市長のフレッチャー・ボーロンだった。

 

「レインモンド、タイムズに誰か、ハリーと話を着けられるやつはいないのか」

「手遅れです、市長」

 

 ソファに座った、ストライプの背広の男が答えた。ロサンゼルス・タイムズ紙の社長兼編集長の、レイモンド・ゴードンだ。

 話題に上ったハリー・ローソンはロサンゼルス郡大陪審の陪審長(フォアマン)で、ブレンダ・アレン事件の捜査責任者でもある。彼はロサンゼルス・タイムズに、市警を非難しチャールズ・ストーカーを擁護する記事を掲載していた。ストーカーは元警官で、アレン事件を機に市警風紀課にはびこる様々な汚職を告発する暴露本を出版したのだ。

 

「タイムズが今、この話題を落とすわけにはいきません。あからさまに過ぎます」

「ストーカーの方はなんとかならないのか」

「清廉潔白なこと、白百合の花のようなやつです」

 

 そう答えたのは、濃紺の市警幹部用制服に身を包んだ男だ。ロサンゼルス市警察局長、ウィリアム・ウォーレルである。

 

「手の出しようがありません」

「私の"法と秩序の正義"は、口に出すそばから信用を失っていくというのに!」

 

 市長は腹立たし気にそう吐き捨てて執務卓の向こう、自分の椅子に戻った。一方サンドラーがウォーレルに尋ねる。

 

「ブレンダをなんとか、市外に追い出せないものかね?」

「可能です。が、大人しく従いはしないでしょう。なんせ彼女には、とんでもない"顧客名簿"があるわけですから......」

「せめて大人しくしていて欲しいものなのだがな」

「手を打ちましたが......」

 

 打開策の出ない会話が延々と続く中、執務室の扉がゆっくりと開いて一人の男が入ってきた。高価そうな、派手な背広に身を包んでいる。

 彼はゆったりと室内を見渡して挨拶した。

 

「こんばんは、市長閣下。それにサンドラー先生」

「こいつは誰だ、ウォーレル!」

 

 男が入ってくるなりウォーレル局長と目を見交わしたのを、ボーロンは見逃していなかった。彼の手先か配下とすぐに目をつけてそう問いただすと、男が自己紹介した。

 

「ロイ・アール、保安風紀課(アド・ヴァイス)の部長刑事です」

「つまり、このゴタゴタの巣窟にいるアホの一人かね?」

「そのゴタゴタですが。私が思うに、明日には落ち着くものと推測されます、市長閣下。これを」

 

 ロイは一通の封筒を、市長のデスクの上に置いた。

 

「あちらの秘書のところから失敬してきました。同じものがサンドラー先生、ウォーレル局長、ビスケイルッツ保安官、市議会のヘンリー議長とその他議員数名に宛てられています。もちろん、タイムズにもです」

 

 デスクの上に置かれた封筒を、ボーロンは手に取った。宛て名は自分、ロサンゼルス市長フレッチャー・ボーロンだ。封を切って便箋を広げると、タイプライター打ちの文面が目に入った。署名はなく、差出人は"善良なるロサンゼルス市民"となっている。封筒の中には他に、数葉の写真が同封されているようだった。

 読み進めるに連れて、ボーロンの顔が見る見る明るくなっていった。

 

「おい、ウォーレル! お前はこれを見たのか?」

「はい、すでに」

「私も見ました」

 

 ウォーレルの後から、サンドラーが付け加えた。それにロイが続く。

 

「ゴードンさんはまだでしょうが、タイムズのデスクにはもう届いているはずです。明朝には記事になるでしょう。そして市長閣下、あなたは放免というわけです」

「で、君は何を求めるのかね、ロイ? 仮にも同僚に後ろ指をさす見返りに?」

 

 ウォーレルが訊いた。

 

「獣連中を同僚と思ったことはありませんがね......」

 

 ロイ・アールはそう前置きをして、続けた。

 

 

 

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