ハリウッド
「あれ、どっちだと思う?」
目の前に広がる路地の奥に自動車が一台、こっちを向いて停まっているんだ。点けっぱなしの
ミオの言う"どっち"っていうのは、コーエンかシェルドンかってことだろう。私は目を細めて、前方の自動車を眺めながら返した。
「うーん......よくわかんないなあ」
「だよね。全然見えない」
どちらからともなく捜査用車を降りる――前照灯は点けたままだ――と、路地の奥で自動車がエンジンを高らかに吹かす音がした。目の前の自動車じゃない。
身構える私たちの目の前で、路地の横手から青い大きなセダンが飛び出してきた。47年式のリンカーンだ。リンカーンはタイヤをキュルキュル鳴らして角を曲がって、路地の反対側のチェロキー通りの方に抜けて行った。
「ようし、仕事の時間だ!」
前方に停まっていた自動車のドアが開いて、運転席から降りてきた男がそう叫んだ。助手席の男がそれに続く。
「ネズミ狩りといこうか!」
そう言って、こっちに向かって拳銃を構えた。
「うわっ!」
慌てて手近の生ゴミ回収箱の陰に駆け込むと、他に遮蔽物が無かったらしくミオも飛び込んできた。直後に、木製のゴミ箱に銃弾が次々と着弾する。頑丈な木の側板と中に詰まった生ゴミのお蔭で、弾が貫通することはなさそうだ。すごく臭いけど。
「
「ちょっとミオ!?」
私の異議申し立ては無視して、ミオはゴミ箱の陰から身を乗り出して
もう一人が、ミオが再び身を隠したゴミ箱の角に弾を浴びせる間に、私はぱっとゴミ箱の上に飛び乗った。相手がミオからこっちに照準を移す間に三発撃ち込むと、初弾が男の頭蓋骨の中に飛び込んで、こっちは特に悲鳴を上げるでもなくばったりと倒れた。と、
「うわあ!」
ミオが急に私の足をひっつかむやゴミ箱の下に引きずり下ろした。
「ミオ、一体何を......」
その直後に、
「ありがとう、ミオ。助かったみたい」
「どういたしまして」
会話の間にも、BARの連射は続いていた。その威力はコルト・ガバメントや38口径スミス・アンド・ウェッソンなんかとは比べ物にならない感じで、ゴミ箱はそう長く保たなそうだった。これよりも頑丈な遮蔽物と言えば。
「フブキ、援護お願い」
「任して」
手首から上だけを突き出して、散布界から概ね見当をつけた方角――向かいの建物の屋上だ――にガンガン撃つと、BARの射手は身を隠すことを優先したらしく射撃が止んだ。
その間にミオがゴミ箱の陰を飛び出して、さっき二人の男が降りてきたフォードに走っていく。BAR持ちが屋上の縁から出て来るや、私もゴミ箱の陰から出てフォードの方に向かいつつ、残りの弾をそっちに撃ち込んだ。さらにミオが、フォードの陰から援護射撃をしてくれる。BAR持ちは一発も撃たずに、再び屋上の縁に隠れざるを得なくなった。
「援護さんきゅ」
「こっちこそ助かったよ」
フォードのエンジン部の陰に滑りこむと、ミオのお礼にそう返した。ホールド・オープン状態のコルトに新しい
「んでもさっきのは忘れないからね。狐だってネズミよりは大きいわい!」
軽口をたたいている間に、BARが体勢を立てなおした。ダッダッダッと連射が続き、フォードの窓ガラスが粉々に砕け散る。他から射撃がないあたり、こいつが最後の一人みたいだ。
30-06スプリングフィールド弾を二十発フォードにバラまくと、給弾のために射撃が止んだ。その間にミオがぱっとフォードの上に飛び乗る。そしてそのまま、大きくジャンプして屋上――あっちの建物は二階建てくらいの高さしかなかった――に飛び移って行ったんだ。
あまりにも大胆な戦法にちょっと度肝を抜かれたけど、私もすぐにミオの後を追った。
屋上では、すでにミオがBAR男――もう手放してるから元BAR男かもしれない――に組み付いて、首を締め上げているところだった。BARは給弾中に放り出されたらしく弾倉の無い状態だったけど、一応男と反対の方に蹴って遠ざけておく。鈍器としては、まだ使えるだろうし。
「......これでよし」
男が白目を剥いて落ちると、ミオはそう言って手を叩きながら立ち上がった。
「見たところ、コーエンはシェルドンにすっぽかされたっぽいね」
「みたいだね」
見る限り、死んでいるゴロツキはみんなコーエンの手の者みたいだ。さっき走り去っていったリンカーンに、コーエンが乗っていたんだろう。シェルドンの自動車とは考えにくいし。
私はミオに続いて地上に飛び降りると、クライスラーの方に戻りながら言った。
「何にしても、コーエンがここで誰かと会うつもりだったのは間違いないみたいだね」
「そして今までの情報を合わせると、それがコートニー・シェルドンなのも間違いなさそうだねえ」
ミオはさらに何か言い足そうとしたみたいだったけど、助手席のドアを引き開けた途端に無線機がガーガーいいながら呼び出しを始めて黙り込んだ。
「KGPLから5K11。5キング11、
「5キング11です、
ミオが送話器を取って応答する。
「5K11、ハリウッド警察署に帰署願います。貴局手配のコートニー・シェルドンが来庁しており、風紀課担当刑事との面会を希望しています」
「そりゃびっくりだねえ」
「正確な応答ではありません、5K11」
ミオがちょっとびっくりした顔で送話器を見た。うっかり送話スイッチを押したまま感想を言ってしまったらしい。
「帰署の件、了解か? 5K11」
「5K11了解。ラス・パルマスのハリウッドとセルマの間から向かいます」
「KGPL了解。以上KGPL」
「とすると、ウェスト・ロサンゼルス
ミオが送話器をダッシュ・ボードに戻すのを尻目にそう言うと、ミオはあまり納得していない声で返してきた。
「気に食わないなあ......なんでこのタイミングで?」
「確かに、腑に落ちないっちゃ腑に落ちないね。自分から出頭してくるなんて」
「......罠?」
「だとしても、どんな? 警察署はシェルドンにとっては
「そりゃあそうなんだけど、なんかなあ......」
ミオはなんだか釈然としない様子だ。それは私も同じなんだけど、態々虎穴に入ってきてくれたんだから、とことん絞ってやろうとも思う。主犯格と言わないまでも、シェルドンがモルヒネ強盗の重要な情報を握っているのは確かだ。
「それに、それらしい関係者はあらかた殺されちゃったしね」
シェルドンを落とせなければ、たぶんこの事件は迷宮入りだ。そんなことにさせてたまるか。
ラス・パルマス通りを南に向かいながら、私はシェルドンに対する質問を練っていた。
フブキがハンドルを握るクライスラーの捜査用車がハリウッド警察署の駐車場に入る頃には、ウチの胸の中の言いようのない不安はとてつもない大きさに膨れ上がっていた。捜査用車を降りて通用口に向かい、そこにドネリー警部が立っているのを見たとき、不安は頂点に達した。
「オオカミ刑事、私と一緒に来なさい」
警部がいつになく厳しい声で言った。声音自体はしごく穏やかだったけど、その下にいつもよりも厳格な響きがあるのを、ウチはたぶん正確に感じ取れたと思う。
先に立つフブキがそれに喰ってかかった。
「いまは重大事件の捜査中なんです、課長。後にできませんか」
「取調べは一人でやりなさい、シラカミ刑事。こちらの方が重要だ」
「ウチは構いませんよ。フブキ」
ちょっと不安そうな顔で振り向いたフブキに、ウチは内心の不安を悟られないように穏やかな声で言った。
「大丈夫、フブキなら大丈夫だよ。お話が終わり次第、ウチもすぐ合流するから」
「......わかった」
にやっと笑って、フブキが答えた。
「ミオの出番がないくらい、速攻で吐かせてみせるから」
「その意気だよ!」
フブキの肩をポンポン叩いてから、ウチは警部に向き直った。
「お待たせしました、警部」
「では、署長室に」
ウチの予想に反して、署長室には部屋の主であるコルミャー警部補がいなかった。そして、その代わりに署長席に着いていたのは......
「ウォーレル局長!」
入口で気を付けをしたウチにロス市警のトップ、ウィリアム・B・ウォーレル警察局長は部屋に入るよう合図した。
入室しながらそれとなく室内を見回したウチは、間違いなくタダごとではないと悟った。局長が一介の刑事を呼び出すだけでタダ事じゃないけど、いま局長の両脇を固めているのはサンドラー地方検事とビスケイルッツ保安官、そして監察官らしい背広の男。
客用椅子は無かったので局長の前に立つと、局長は感情のない声で切り出した。
「今より、君を停職処分とする。警察官
「......どういうことですか、局長」
突然のことで上手く理解できず――あるいは、理解したくなかったのかもしれないけど――ウチはそう訊き返した。
「局長を待たせるんじゃない」
サンドラー地方検事が冷淡な声で割り込み、ドネリー警部もそれに続く。
「オオカミ刑事、君には期待していたのだが。こう裏切られるとは悲しいよ」
「待ってください、本当に何のことですか」
「読みたまえ」
ビスケイルッツ保安官が、一通の封筒をデスクの上にポンと投げ出した。
開封済みの封筒を手に取る。宛て名はウォーレル局長だった。中から折りたたまれた便箋を取り出して広げ、目を通す。
「な、なんですか。これ......」
読み進めるうちに、ウチの足から力が抜けていった。立っていられそうになくなって、ウチはデスクに両手をついた。
「局長、こんな......これを、これを真に受けるんですか」
「写真も見たまえ」
「うえ......?」
目を落とすと、デスクに着いた左手に持っていた封筒から、数葉の写真がこぼれ出ていた。なんとか持ち上げて、目を通す。
「あ......あああ」
もう、取り繕いようはなかった。
「その写真はタイムズにも送られている。事前に打診して写真そのものの掲載は見送らせたが、この話は明日の朝刊の一面に出るだろう」
手紙の中身は告発文だった。ウチとフブキがカリフォルニア州刑法286条に反した行い――つまり、同性同士での性行為――をしているってものだった。写真はその証拠として同封されたもので、ウチとフブキが絡み合っている写真だった。内の一枚は二人の顔がばっちり写っている。言い逃れはできなかった。
ウチはついに腕でも体重を支えられなくなって、無様に床にくずおれた。いったいいつ撮られたんだろう? 背景を見る限り、全部ウチの家だ。風紀課に配属されてからはずっとフブキの家に泊まらせてもらってたから、殺人課の頃だろうか。
呆然とするウチをよそに、ウォーレル局長の言葉が続いていた。
「刑法犯を警察官として勤務させるわけにはいかない。まして色情狂を、それを取り締まる風紀課に置いておくわけにはいかんのだ」
「君たちは再来月の懲戒委員会まで、無給での停職処分となる」
監察官らしい男が後を継いだ。
「規則に従い、停職中の警察官はバッジと武器を没収される。早く出しなさい」
頭がふやけたようになって何も考えられなくなったウチは、素直に
「懲戒委員会まで、許可なく街を離れないように」
「それと、記者との接触も禁ずる」
保安官の命令に局長が付け足すのを、ウチはぼおっとした頭で聞いていた。なんとか立ち上がることはできたけど、今にも足元が崩れて地獄の底に落ちて行ってしまいそうな感覚だった。
「よろしい。退出しなさい」
ウチはもう、何か言葉を出すこともできずにふらつきながら署長室を出た。
Manifest Destiny -Case Unwrapped-