The Gas Man
遠巻きに面白がるような視線に耐えつつ、私はウィルシェア警察署二階の会議室に座っていた。他の席に着いたり壁際に立っていたりする警官たち――制服、私服を問わず――が、ちらちらと私の方に視線を飛ばしては、お互いに顔を見合わせて何か言い合い、けらけら、けっけっけと下卑た笑い声をあげている。
その場にいる誰もが、自分を嘲笑っているって気分になったこと、あります? 白上はある。でも......こうあからさまに気のせいじゃないのは、初めての経験だった。
私は恥ずかしさのあまり自分の耳がへなへなと垂れるのを感じとりながら、先週末に電話をかけてきた、顔も知らない人事課員を呪っていた。
「復職、ですか?」
電話の相手が、時候の挨拶も抜きに開口一番言ったのは、私とミオの復職に関することだった。
「処分中とはいえ、あなたはまだ当市の警察官です」
電話の相手は極めて事務的な声で続けた。
「そして当市には、有資格の警察官を遊ばせておくほどの余裕はありません。あなたがたの退職願は、どのみち懲戒委員会まで受理されませんから、12月の査問会まで勤務に就いてもらいたいと思います」
「はあ......」
話を聴く限り、こちらには拒否権の無さそうな言い回しだ。それに、仕事で挽回することができれば、懲戒処分もなあなあになるかもしれない、って考えが私の頭をよぎった。
あの日以来丸一週間は新聞を読まなかったけれど、今週の頭に勇を鼓して開いたロサンゼルス・タイムズの朝刊には、私とミオの話題はどこにも残っていなかった。
タイムズとミラーは、目下議会審議で大詰めを迎えている高速道路の建設予算について書き立てていて、イグザミナー、ヘラルド=エクスプレスとデイリー・ニューズは、一向に進展がないダリア事件の捜査について警察を批判していた。インクィジターは今月に入ってから住宅火災が増加したことについて触れ、特定のガス機器が原因である可能性を示唆している。
ほとんどお祭り騒ぎのように書き立てられた私とミオの話は、もはや記事になりえないニュースと看做されたようだ。これならあるいは......
「復職、かあ」
「ミオは
その日の夜、私の家の食事室でミオの復職について話し合った。
あの一件が新聞に載るなり、ミオはそれまで住んでいたダウンタウンのアパートメントを追い出されてしまった。思考停止状態になったミオは着の身着のままうちにやってきて、そうやって頼ってくれたことは白上にとってもすっごく嬉しい事だったんだけど、それまでの"お泊りって名目"が無くなって名実ともに同棲になってしまった結果、最初の数日間は妙に気まずい雰囲気だった。
殺人課に異動してからはほぼずっと実質同棲状態だったし、従軍中にも結構長く同室だったのにね。
「......やっぱり続けた方がいいのかなあ」
ミオが悩まし気な声でそう言った。ミオは今週に入ってから、以前捜査で訪れたダウンタウンの人材派遣会社に通っていた。免職や依願退職になった後の就職先を探すためだ。ただ、それはとんでもなく難航していた。後々"逆行の時代"と呼ばれるようになるこの頃*1は、女性の求人っていうのはとっても少なかったんだ。大卒で学位を持ってる女の人でも、仕事を見つけるのは一苦労だった。いわんや、高校を卒業してすぐ軍隊に入った私やミオをや。
そんなわけで、ミオとしてはなんとか稼ぎ口を見つけるか......さもなきゃ結婚相手を見つけるかしないといけない状況だった。私と違って、ミオには恩給がない――私だって、恩給だけで生活できるような額ではないけども――から、とりあえず減給なしで当分警官を続けられるなら願ってもない話だ。
「続けてみよう? どのみち、懲戒委員会までは辞められないみたいだし。ひょっとしたら......ひょっとするかもしれないしね」
もう一つ、気がかりなこともある。ギャレット・メイソンのことだ。
市警はもはや、私たちを広告塔として使うはずがない。そしてそれを察知した私たちが、メイソンの一件をストーカー元刑事よろしく暴露するんじゃないかって怯えてる可能性がある。市当局の誰かや、
「当分の間、従順そうな姿勢を見せるのは悪くないと思うんよね」
勿論、懲戒委員会より先がどうなるかはわからない。最悪の場合、免職の上起訴されて、精神病院に措置入院させられる可能性すらあるんだ。それを考えると正直言って、暗澹たる気分になる。真面目な勤務態度を見せれば、ひょっとしたらそこまで悪い事にはならないかもしれなかった。憶測でしかないけど。
「わかったよ、やってみよう。どのみち、ウチも再就職は難しそうだなって思ってたし」
こうして、今週の頭から私たちは職場復帰することになったんだ。
「はいはい、静かにしろお前ら」
小太りの、そろそろ初老の域に入りそうな男性が会議室に入ってきて言った。今日から私の上司になる、火災犯課長兼ウィルシェア署長のマッケルティ警部だ。ウィルシェア
マッケルティ警部は演壇に立つと、こっちに目をやって続けた。
「フブキ・シラカミ刑事が、今日から
「色情狂にはお似合いの職場だぞ!」
野次の飛んできた方を睨みつけると、にやにや笑っているその巡査には見覚えがあった。クライド・ハート巡査だ。
警部は部屋中で上がった笑い声が落ち着くのを待って、話を続けた。
「シラカミは12月の懲戒委員会まで当課に籍を置く。以上、この話は終わりだ。シラカミ」
「はい、警部」
いずまいを正して答える。
「お前の趣味嗜好については、俺の知ったことじゃない。お前はいい捜査員だと聞いているが、もし俺の勤務評定を台無しにしやがったら、地獄の果てまで蹴り飛ばしてやるぞ。わかったな?」
「
「警部! こんな変態と一緒に働くなんざ、俺はごめんです!」
「やるんだ、ティルデン!」
口を挟んできたティルデン刑事に、警部がぴしゃりと言い返した。
「さてと、お前に当座の指導役をつける。えー......」
マッケルティ警部は演壇から室内をぐるっと見回すと、黙り込んで溜め息を吐いた。
「あいつ、また遅刻か」
その言葉が終わらないうちに会議室のドアが激しく開いて、金髪の背の低い獣人が飛び込んできた。
「遅くなりましたああああああ!!!!」
「あれえ、ポルちゃん!?」
「ああ、フブちゃん!?」
そう、飛び込んできたのは風紀課にいたはずのポルカちゃんだった。どうして火災犯課に、って質問するよりも先に、警部が怒鳴った。
「遅い! これで何回目だと思ってるんだ!」
「ひゃっ、すんませんすんません!」
「お前はいつから、自分の出勤時刻を自分で決められるようになったんだ? 昇任したならもっと早く、そうと教えていただきたかったですね、オマル警視!」
「すんません......」
ポルカちゃんは耳をぺたりと垂らしてしょげ返ってしまった。まあ、遅刻については全面的にポルカちゃんが悪いんだけども。
「......というわけで、罰としてお前はシラカミと組ませる」
「ちょっと警部!?」
一転して、ポルカちゃんが声を張り上げた。
「あたしはまだ、ここにきて一週間くらいしか経ってないんですよ!?」
「
「それだって、あたしより指導役向きなのはいるでしょ! ビッグス刑事とか!」
「俺は誰とも組まねえ」
私の後ろに座っていた刑事――たぶんビッグス刑事なんだろう――がボソッとそう言った。
「大体、この部署じゃ指導することなんてほとんど無いと思うんですけど!」
「それならすぐに終わるだろ」
マッケルティ警部はけんもほろろに返すと、演壇の上に置かれた書類に目を落とした。
「この二件から始めろ。住宅火災だ。南ケンモア通り326番地。ステファンズ一家は出火当時、家を空けていて難を逃れた。それから、ローズウッド通り4414番地のソイヤー家だ。そっちには
「でも警部......」
なおもポルカちゃんが食い下がろうとしたけど、警部から怒りを込めた目で睨みつけられて黙り込んだ。私は立ちあがると、ポルカちゃんに言った。
「行こっか、ポルちゃん。さっさと終わらせちゃおう」
「そいつに食われちまわないように気をつけろよ、オマル刑事!」
背後からティルデン刑事が野次を飛ばしてくるのを聞きながら、私は先に立って会議室から出た。