「なあ、フブちゃん」
捜査用車の48年式ハドソン・コモドールエイトを3番街の交通に乗せると、あたしは助手席に座るフブちゃんにそう切り出した。
「ちょっと聞いてみたかったことがあるんだけどさ......ほら、フブちゃんって
「うん......」
フブちゃんはちょっと身構えたような声で答えた。
「ぶっちゃけダリア事件の捜査ってどうなってんの?」
「......さあ。白上はあっちの捜査には関わってないから」
「んでも、関連事件の捜査には関わってたんでしょ? それも五件も」
「関連してるかもしれない事件、だよ」
フブちゃんは妙に強調した声音で言った。
「そして実際全部模倣犯で、ダリアとは無関係の人が犯人だった。ポルちゃんも新聞でそう読んだんじゃない?」
「ああ、確かに。でも、ポルカは他のことも知ってるよ。例えば、その五人の被疑者が全員不起訴になってることとか」
「......白上もポルちゃんに訊きたいことがあるんだけど」
「なになに?」
助手席からしっかり前を見据えたまま、フブちゃんは低い声で言った。
「ポルちゃん、おっきな麻薬組織を潰したんでしょ? ぼたんちゃんと一緒に新聞に名前が出てたよ。そこからたった二日でなんで
「......言いたくねえ」
「じゃ、おあいこってことで」
黙りこくった二人組を乗せたグリーンのハドソンは、南ケンモア通りの現場についた。黄色い現場保存バリケードで上りの二車線が封鎖されて、巡査が下りの二車線を上りと下りに分けて交通整理を行っている。
バリケードの中にはパトカーの他に、ウィルシェア署に隣接する第11消防分署から来た消防自動車と、警察車両ではなさそうな40年式オールズモビル・ダイナミックが駐まっていた。あたしはそのオールズモビルに鼻先を合わせるようにして、捜査用車を停めた。
「うわあ......これじゃ大したものは残ってなさそうだね」
「だろうな」
あたしはフブちゃんと並んで、歩道からその家を見た。その家だったものを、と言い変えたほうがいいかもしれない。
コンクリ製の基礎を残して、その家はすっかり焼け落ちていた。下の方の壁板と、柱が何本かどうにか立っているくらいで、梁や屋根はすっかり崩落している。家の中からは白い煙がもくもく立ち昇っていて、耐火服に黄色いヘルメット姿の消防士たちが動き回っていた。燻ってる小さな火を探して、一つ一つ潰して回ってるんだ。
広い庭には焼け焦げた板や柱や煉瓦が散らばっていて、消防活動の結果としてすっかりぬかるんでいた。
「これが本当に放火なら、それを示すような証拠は何一つ残って無いのが普通なんよ」
「放火だと思うの?」
「いや、これは違うと思う。印象の域を出ないけどな」
あたしはフブちゃんの質問に答えて、残骸の隅の方を指した。一見して夫婦らしい男女がそこにいた。旦那さんらしいほうは廃墟を見つめて呆然と立ち尽くしていて、奥さんらしい方は泥々の地面に座り込んですすり泣いているようだ。
「火災保険目当ての放火なら、もっとこう、こざっぱりした態度をしてるもんなんだ。大事な家財を事前に運び出したりしてて、心配事がないからだな」
喋っている間に巡査が一人、こちらに目を付けて歩み寄ってきた。ウィルシェア
「よっす、ブラニガン巡査」
「よお、オマル刑事。担当はあんたか?」
「ああ、あたしとこっち。フブちゃん、こちら保安係のマイク・ブラニガン巡査。マイク、こちら白上フブキ刑事」
「よろしく......」
フブちゃんが途中で言葉を切った。名前を聞くなりブラニガンは顔を顰めて、差し出そうとした手を引っ込めちゃったんだ。フブちゃんの耳がちょっと前に垂れるのを見て、あたしは心の中で舌打ちした。これは予想しとくべきだった。
とはいえ、こういう展開になっちゃった以上しかたない。あたしは小さく咳払いをして、ブラニガンに言った。
「ねえ、マイク。そりゃ、フブちゃんの名前は汚名って言葉が相応しいくらい汚れちゃってるけどさ、手は汚くないと思うよ?」
遠回しな、"流石にその態度は失礼すぎる"って言い回しはちゃんと伝わったらしく、ブラニガンはニカッと笑ってフブちゃんに手を差し出した。
「すまんね、シラカミ刑事」
「いえ......」
フブちゃんも笑ってブラニガンの手を取ったけど、その笑顔は若干ぎこちないというか、陰のある物だった。一体フブちゃんはこの後どれくらい、こんな仕打ちを受け続けるんだろう。
もっとも、それはポルカが気にすべきことじゃない。少なくとも今は、目の前の廃墟に集中すべき時だ。
「んでマイク、状況は?」
「あいよポリー」
「その呼び方止めてって......」
あたしの辟易とした表情は意に介さずに、ブラニガンが説明を始めた。
「火は昨夜遅くに出たらしい。ステファンズ一家はカタリナ島に旅行に行っていて、難を逃れたそうだ。懸賞かなにかで当たったらしいんだが。人生初の大当たりだったそうですよ」
後半はフブちゃんに向けて、親指で悲しみに暮れる夫婦を指しながら言った。
「んで、帰ってきたらご覧の通り、と」
「随分運が良かったみたいだね」
フブちゃんがそう言うと、ブラニガン巡査はちょっと顔を顰めて返した。
「そうでもない。火災保険の類に入ってないらしいんです。なんで今、彼らの全財産はこの瑕疵物件と、」
ブラニガンは警官
「あそこのおんぼろオールズモビルだけってわけです」
例の自動車は被害者のものだったらしい。ふとオールズモビルの方に目をやると、後部座席から子供たちがこっちを覗いているのが目に入った。
「ってことは、自動車の中で寝てるんかな?」
「らしいぞ。しっかし、ひどく火が出たらしい。消防隊が言うには最初に爆発があったとかで、この一帯が全焼してもおかしくなかったんだと」
「へえ」
見渡すと、確かに隣接する家々のこちらに面した窓が、ことごとく割れていた。左隣の建物に至っては、爆発で吹っ飛んだらしいステファンズ家の一部が屋根にめり込んで、半壊状態になっている。
あたしが周りを見渡してるあいだに、ブラニガンがフブちゃん相手に説明を続けていた。
「近所の人によると、この辺りは近々取り壊される予定だったらしいです。新しく
「なるほどね。ありがとう、ブラニガン巡査」
「いえいえ」
ブラニガン巡査が、さっきまで話していた消防隊員の方へ戻って行った。
「じゃあポルちゃん、白上はステファンズ夫妻から話を聞いてみたいんだけど、いいかな?」
「ポルカも付き合うよ。どのみち、家の中にはまだ入れてもらえそうにないしな」
「......あの中に入るの?」
フブちゃんが残骸の方に目を向けて訊いた。
「そうだよ。煤と煤混じりの水だらけになりながら、出火の原因を調べるんだ。んで、それが」
フブちゃんが顔を顰めたのを見て、あたしは苦笑を返して続けた。
「