H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Gas Man #3

 

 

「ステファンズさん?」

 

 お庭を突っ切って、悲しみに暮れるステファンズ夫妻のところに向かってそう声をかけると、旦那さんの方がゆっくりとこちらに目を向けた。私とポルカちゃんが歩くのに応じて、ぬかるみ切った地面がぐちゃぐちゃと音を立てていたにも拘らず、ステファンズさんはたったいま私たちの存在に気が付いたらしい。

 彼の眼を見た私は、ちょっとだけ二の足を踏んだ。先々週まで鏡の中でよく見た、自分の目に似ていたからだ。深い悲しみに沈んで、この先どうすればいいんだろうって絶望を宿した眼だ。

 

ロス市警(LAPD)の白上刑事と尾丸刑事です。お辛い時なのは承知の上ですけど、少しだけお話を伺えますか?」

「いいよ......ドン・ステファンズだ」

「奥さん、奥さんからはポルカが話を聴きましょう」

 

 旦那さんがちらっと、心配そうな視線を奥さんの方に投げたのを目ざとく見つけて、ポルカちゃんがそう言った。しゃがみこんで腕を貸して一緒に立ちあがると、通りのほうに導いていく。

 

「あっちの自動車の方に行きましょ、ね? マイク! マイク、ご近所さんからお水を......」

「街を出てらしたそうですね?」

 

 奥さんの方を見ていたステファンズさんにそう訊くと、ステファンズさんは私に視線を戻して弱々しい声で答えた。

 

「懸賞に当たったんだ......とっても素晴らしいひと時だったよ......で、帰って来たらこれさ」

「切符は、まだ持ってますか?」

「勿論」

 

 ステファンズさんはズボンのポケットを探ると、航空券の半券を取り出した。煤で汚れた手から受け取って、券面を眺める。

 

 

――ガリヴァーズ旅行代理店

  サンタ・モニカ大通り(ブールバード)5222番地

 

  行先 :カタリナ島

  出発日:九月19日 金曜日 午後6時

  発行日:1947年九月18日

  有効期限は発行から三日間です。

 

  二等席・座席番号3番

  所有者:D. ステファンズ 署名――

 

 

 

 特に偽造されたものでもなさそうだけど、一応旅行代理店もあたっておこう。公式に確認を取って、書類を残しておいた方がいいだろうし。

 

「ありがとうございます、ステファンズさん」

 

 切符を返しながら続ける。

 

「その懸賞のことについて、もうちょっとお聴きしてもいいですか?」

「カタリナ島への週末旅行だよ......うちのが郵便で、郊外再開発基金からのチラシを受け取ったんだ」

「それに応募されたんですね?」

「ああ、家内が応募券を書いて......そしたら、しばらくしてご婦人が電話してきて、"当選おめでとうございます"って......なにかに当たったのはこれが初めてだったんだ」

 

 ステファンズさんは笑おうとしたけど上手くいかず、笑顔の残骸のようなものが顔に残った。きっと、その時は人生最良の時って程喜んだに違いない。

 それが容易に頭に浮かんで同情の念が湧き上がってきたけど、それは一旦脇の方に押しやっておいて質問を続けた。

 

「その基金ですけど、この辺りは宅地造成をする予定だって聞きました。そこから買取の打診は来ましたか?」

「ああ、来たよ......近所の人たちはみんな、向こうが提示した二束三文で満足して出て行く予定だったんだ。私は、まだその気じゃなかったが」

「他の皆さんはもう、立ち退きを始めているのに?」

 

 現場保存バリケードに群がる野次馬が少ない理由が、やっとわかった。野次馬になるような近所の人たちはもういないんだ。

 ステファンズさんちの破片が突っ込んで半壊した隣家の人をちょっと心配してたけど、たぶんもう立ち退いて無人なんだろう。

 

「何か、立ち退けない理由がおありなんですか?」

「我が家は街区(ブロック)の真ん中にあるんだ」

 

 ちょっと誇らし気に、いまはもう燻る廃墟と化した家の方に手を振ってステファンズさんは続けた。

 

「粘ればもっといい価格で売れると思ってね......」

「でも、もう言い値を飲むしかない。そうですね?」

「ああ......他に選択肢は無いよ。妻にも子供たちにも、屋根が必要だ」

 

 それは一つの動機になりうるかもしれない。そう思いつつ、私は手提げ鞄(ハンドバッグ)から名刺入れを取り出しながら言った。

 

「ありがとうございました、ステファンズさん。もし他に何か思い出されたら、こちらにご連絡ください」

「ああ、そうするよ」

 

 

 

 

 

「本当に、何も残ってないね」

 

 三十分後、私は焼け跡の中でポルカちゃんにそう声をかけた。

 聴取が終わったあたりで消防隊の偉い人――一人だけオレンジ色のヘルメットを被ってた――が、残火処理が終わって安全が確認されたことを教えてくれた。それでポルカちゃんと二人で、消防から青いヘルメットを借りて現場に入ったんだけど、証拠になりそうなものはまるで見つからなかったんだ。

 

「そうだな」

 

 ポルカちゃんが現場を丹念に見渡しながらそう答えた。

 

「前も言ったけど、これが本当に放火なら、それを立証できるだけの証拠はまず残らない。そして当然、失火の現場にはそもそも放火の証拠なんてないし、失火の証拠でさえ焼けちまってることも珍しくない」

「つまり?」

「つまり、ここから得るものはあんまり無いってこと」

「そんなあ......」

 

 じゃあ何のために三十分間、煤と灰とそれらを含んだ泥まみれになって現場を歩き回ったんだろう? 服のあちこちに、焼け残った梁や柱から垂れてきた真っ黒な水の染みを作ってまで。

 明らかに私の心の声を読み取ったらしく、ポルカちゃんが続けた。

 

「もちろん、たまには何かしら焼け残ってることもある。だから現場を捜索する必要はあるし、現場用の服はもっと安いのにした方がいいな」

「そうだね。ポルちゃんがなんでその服を着てたのか、よくわかったよ」

 

 風紀課にいたころと違って、ポルカちゃんは明らかに吊るし売りの安物に身を包んでいた。前はこう、もうちょっとお洒落だった気がするんだけど。

 ポルカちゃんはちょっと黙って、小さく言った。

 

「この方が、あたしには気楽でいいんだ」

「なんて?」

「なんでもない。それより、この焼け跡からでもわかることはあるんよ。火元とかな」

「火元......たぶん、そこだよね?」

 

 家の中で、一番何も残ってない一画を指した。壁も柱も、何一つ残っていない。消防隊は爆発があったって言ってたから、何もかも吹っ飛んじゃってるここが火元だろう。

 ポルカちゃんは私の推察を首肯して続けた。

 

「たぶんな。じゃあ、ここは何だったか?」

 

 一画を見回すと、壁際に銅管が並んでいるのが目に入った。熱でぐにゃぐにゃに歪んでいるけど、上下水道の菅なのは間違いない。加えて、反対側の隅には焼けて崩れた食器棚らしいのがあり、あっちの方には歪んだお鍋の残骸のようなものも見える。つまり......

 

台所(キッチン)?」

「正解」

「で、そこから何がわかるの?」

「何もわからないってことがわかる」

 

 ガクッときた私は膝から崩れ落ちそうになった。足元が悪いから耐えたけど。

 

「わかんないんかい!」

台所(キッチン)は、出火場所としちゃありふれたところなんよ。それがわかってるから、放火する連中も同じところを狙う。んだから、火元から放火または失火を判断するのは、今回は無理ってことだな」

「......つまり、白上たちにできることは」

「なんにもなし」

 

 ポルカちゃんはスッパリそう言って、壁がなくなってる横手から庭に飛び降りた。バシャッと泥が飛び散る。

 

「一応、気が済むまで焼け跡を見て回ってもいいけど、ポルカは先に捜査用車に戻っとくから。課長からもう一件現場を任されてるってのを忘れんなよ」

 

 

 

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