「なあポリー、ありゃなんだい」
「マイク、だからその呼び方は......」
ブラニガン巡査のニヤニヤ顔を見てとって、あたしは溜息をついて言葉を切った。この反応を引き出すためにやってるんだろうから、どれだけ言ったってノレンに腕押し、ヌカに釘ってやつだ。ノレンとかヌカとかが何なのかよく知らないけど、日本のなんかなんだろう。
ブラニガンの言う"あれ"とは、焼け跡を熱心に調べて回るフブちゃんのことだ。火災犯捜査員がどれだけ無力か、よくわかるように説明したつもりだったけど、まだあきらめる気はないらしい。
「フブちゃんのこと、新聞で読んだんじゃないの?」
「ああ、読んだよ」
「それ以前のことは?」
「知らないやつがいるとしたら、その警官はモグリだろうよ......じゃあ、返り咲きを狙ってるってことか?」
「たぶん」
およそ左遷された刑事で、返り咲きを狙わないヤツはほとんどいない。ただ、そういった刑事の多くは火災犯捜査の無力さに耐えきれずに、やがて諦めてしまう。この課じゃ、みんなが息を呑む逮捕劇なんて期待できない。
「どれくらいもつかな?」
「さあ、本人次第だろ」
「お前さんはどうなんだ?」
「あたし? ポルカはとうに諦めてるよ。後は年金がもらえるようになるのを待つだけってな」
「その歳でか?」
「今更、結婚活動に精を出せるわけもないじゃん」
面倒な鋭さを発揮するブラニガンを手を振って追っ払うと、あたしは捜査用車に乗り込んだ。
そう、半分は嘘だ。確かに、あたしはもう返り咲きを狙っちゃいないけど、ずっと市警にいる気もさらさらなかった。
誰も車内を見てないのを確認して、スカートのポケットから一枚の名刺を取り出した。じっとそれを見つめて、自嘲的な笑いを浮かべて独り言ちた。
「正気か、尾丸ポルカ。ご主人が変わるだけで、何もかも上手くいくと本気で思ってんのか? ここはロサンゼルスだぞ。そんな都合のいい話があるか」
そうは言いつつ、あたしはこの名刺を捨てられないでいた。たぶん、それが答えなんだろう。単に踏ん切りがつかずにいるだけだ。
あたしは溜息をついて、名刺をポケットに戻した。
「おかえり、なんか進展あった?」
「なんにもなし」
それからさらに三十分くらいして、煤まみれになったフブちゃんがようやく捜査用車に戻ってきた。あたしの質問にむっつりと答えて、ギリギリ乱暴じゃない程度に強くドアを閉める。
あたしは
「ねえポルちゃん」
ノルマンディー通りに右折したタイミングで、それまで黙り込んでたフブちゃんが唐突に口火を切った。
「なに?」
「こういう火災って、どれくらいあるの?」
「住宅火災? 平均して日に二件ってとこかな。全くない日もあるし、五件くらいまとめて来る日もある」
「その内、放火だった割合は?」
「なあ、フブちゃん」
あたしは質問には答えずに、直接釘を刺すことにした。
「さっきブラニガンから聞いたろ? ステファンズ一家は保険をかけてなかったって。もうちょい粘れば宅建会社からもっとましな提示額が出てくるかもしれねえって時に、わざわざ自分ちに放火するやつはいねえと思うけど」
「うん、そうだね......」
見たところ、フブちゃんはそれとは別の可能性も考えてたみたいだし、それが何なのかはあたしにも――最初にちょっと疑って、すぐ捨てたから――薄々見当がついた。けど、フブちゃんはまだそれを口に出す気はないみたいだった。
あたしはわざとらしく鼻から溜め息を吐くと、視線を
「ねえポルちゃん、あの人は?」
長い長い沈黙の時間に耐えてローズウッド通り4414番地に着くと、捜査用車を降りるなりフブちゃんが小声で、早口気味に訊いてきた。その様は人見知りする小動物みたいな感じでなんというか......初めて目にする来客に怯えるイエネコを彷彿とさせた。やっぱりねこやんけ。
フブちゃんの視線の先にいるのは、こっちに目を止めてつかつかと歩み寄ってくる壮年の男性だ。消防局のオレンジ色のヘルメットを被っていて、制服の白いシャツの上から青い防水コートを羽織っている。全く、知り合いじゃなかったら人見知りを発動するのはあたしの方なんだけどな、と思いつつフブちゃんに耳打ちする。
「課長が言ってた、消防の火災調査官だよ......どうも、リンチ司令補。ポルカたちが担当です」
「やあオマル刑事。そっちの人は新人さんかね?」
「ええ、白上フブキ刑事です。新聞で読んだことは?」
「ある。なるほどね......初めましてシラカミ刑事、アルバート・リンチだ。
フブちゃんが小さく会釈して返すと、リンチはフブちゃんのシャイな返しを特に気にするでもない風で、あたしの方に向き直って続けた。
「四人家族、ベッドの上で発見された。
「その
フブちゃんが食いついた。あたしが何か言うよりも早く、リンチがそれに答えた。
「インスタヒート70型だ。先に言っておくが今月だけで他にも二件、同じ
「会社の方に、何とかする気がねえんでしょ」
あたしが適当な相槌を打つと、リンチはちょっと肩をすくめて続けた。
「残火処理も間もなく終わるだろうから、庭の方から先に見て回ってはどうかな」
「そうする」
ちょっと振り返ると、フブちゃんは何かしら考え事をしてるみたいだった。わざとらしく咳払いして、歩きながら声をかける。
「行くよ、フブちゃん」
「あ、待って待って」
フブちゃんが泥を撥ねながら歩くバシャバシャいう音を背中で聞きながら、あたしはソイヤー家のぬかるんだ庭に足を踏み入れた。