「ダルビー巡査、こいつ持ってて」
あたしはその場に居合わせた制服の一人の方にチャップマンを突きやると、リンチの方に向き直って言った。
「リンチ司令補、こいつ面白いもん持ってましたよ」
「こりゃ面白くなってきたな」
「それは......何?」
あたしが取り出したのは、紙巻き煙草を一本挟み込んだ紙マッチだった。さっき捕まえた時に、チャップマンの上着のポケットからこぼれ落ちた物だ。リンチの方はそれが何かすぐに分かったみたいだけど、フブちゃんは全然ピンときてないらしい。
あたしはフブちゃんの方に向き直って説明することにした。
「まあ、ちょっとした
「ほえー」
「んで、自分はいかにも消防のサイレンを聞いて来ましたって体で野次馬に加わるんよ」
「なるほどね......名前は?」
フブちゃんはダルビー巡査に掴まれたチャップマンに向き直ると、一応型通りに質問を始めた。
「ハーバート・チャップマン」
「
「多少は」
「見るのが? それとも、点けるのが?」
「面倒事を起こそうとは思わんよ」
チャップマンはその細面の顔にお似合いの、狡猾な狐みたいな――フブちゃんの悪口じゃないぞ、これは――イヤな感じの目でこっちを睨みながらそう言った。
「ホントに? こんなもの持っといて、それでもそんなこと言って通ると思ってるの?」
チャップマンはだんまりに入った。ダルビー巡査が掴んだ腕を揺するけど、気を変える様子はない。
「じゃ、もっと
「違うよ」
チャップマンはさっと目をあげて答えた。
「消防無線を聞いて来たんだ。ステキな火事だと思ったからさ」
警察無線と同じで、消防無線も家庭用中波ラジオで傍受できる。こういう変人達にはうってつけだ。ちなみに警察無線の方も、血みどろの死体を一目見たい変人達が傍受している。どっちもどっちだ。
ここでこれ以上得るものはなさそうだと判断したみたいで、フブちゃんはダルビー巡査の方に目を向けて言った。
「ダルビー巡査、こいつをウィルシェア署の留置場に放り込んどいて。後で話を聴くかもだから」
「
巡査がチャップマンをパトカーの方に引っ張っていくと、リンチがその様子をしかめっ面で眺めながらあたしに言った。
「捜査が一通り済んだら32分署に来てくれ。私の見解を伝えよう」
「わかりました」
「明日以降になるなら、消防本部の調査課に訊いてくれ。私の居場所を知ってると思う」
そう言って、リンチは現場の方に戻って行った。入れ替わりに、こっちの手が空くのを窺っていたらしい巡査が、買い物かごを提げたご婦人を連れてやってきた。
「ケラー巡査、その人は?」
フブちゃんの肩越しに声をかけると、ケラーが答えた。
「お隣さんです。ソイヤーさん一家のことでお話があるとか」
「こんにちは、
フブちゃんが切り出して、話の主導権を取った。
「お話というのは?」
「彼らは旅行に行ってたはずだったんです。懸賞に当たったとかで、どこかの島に」
なんだか聞き覚えのある話だ。フブちゃんがメモを取りながら、ご婦人に目で先を促した。
「でも、ヘンリー君が風邪をひいてしまって、それでキャンセルするって言ってたんです。なんて運が無いんでしょう」
「その懸賞、何処がやってるかご存知ですか?」
「確か、ガリヴァーズ旅行代理店です。うちにもビラが来てたので覚えてます。サンタ・モニカ
これまた聞き覚えのある名前だ。まあ、二件だけなら偶然かもしれない。調べはするけど。
「なるほど......ところでこの辺りですけど、再開発の予定とかってありますか?」
「ええあります、郊外再開発基金が
「あっちの角に宅建会社の広告看板がありましたので」
フブちゃんはさらっとそう言って流して、質問を続けた。
まあ確かに、角にはエリシアン・フィールズ
「ソイヤーさん達が家を売るつもりだったのかどうか、ご存知ですか?」
「返事を長引かせてるって話は聞いてました。引っ越し先の都合がつかないとかで。本当かどうか知りませんけど」
奥さんは最後の方を小声で付け足すように言った。その感じからして、ソイヤーさんは引っ越し先を言い訳に買取価格を吊り上げようとしていたと、奥さんはそう見ているみたいだった。
もっともそれはもう確かめようがないから、奥さんの印象に過ぎないわけだけど。
「白上からの質問は以上です。ポルちゃんから何かある?」
「んにゃ、無い」
「では、これで終わりです。ご協力ありがとうございました、奥さん」
「いえいえ」
ケラー巡査に付き添われた奥さんが現場保存バリケードの外に出るのを見守ってから、フブちゃんがあたしに言った。
「じゃあ、次は旅行代理店に行ってみよっか」
「そうだな。確認して、公式に記録を取っとかなきゃいけないし」
「うん......そうだね」
明らかに奥歯に物の挟まった言い方だった。ちょっと釘を刺しといたほうがいいな、これ。
ただ、あたしはバリケードの前に群がる野次馬達の方に目をやって、それは捜査用車の中でした方が良さそうだと結論づけた。衆人環視――それも物見高い野次馬達――の中で捜査方針につて議論するのは、いい考えとは言えなさそうだった。