「KGPLから1アダム18宛、シシロ巡査並びにオマル巡査の両名は、中央署警務主任のフライシャー警部補まで出頭してください。
「お二人さんかい、このネズミを捕まえたのは」
署に戻るとフライシャー警部補に、奥にある取調室へ行くよう言われた。部屋の前で待っていたのは年のいった背広姿の男性だった。
「キャファレリ。盗犯課長だ」
「獅白と尾丸、中央署です」
あたしより前にいた獅白が言う。
「いい仕事をしてくれたな、お二人さん。盗人がすぐに捕まることはあまりない。とりわけ、盗人からさらに盗んだヤツの場合はな」
特注のガラス窓越しに、取調室内でもじもじしているファングを指して続ける。
「このネズミの場合、売人としては一流半ってとこだったかもしれんが盗人としちゃ三流だ。獲物を持ったまま行きつけのクラブにのこのこ顔を出すなんてのはな。被害者は午前中に来庁して盗品を確認した。現金が数ドル足りんが、死んだ強盗が持ってた財布と合わせて概ね合致したよ」
消えた数ドルは劇物になってヤツの胃の中だろうな、と言って警部は顔を顰めた。
「そういうわけで、後はこのネズミの録取だけだ。どうだいお二人さん、員面も自分たちで書いてみる気は無いか?」
「それって、」
獅白が質問する。
「あたしたちに取り調べを任せるってことですか?」
「そうとも。いま盗犯課は人手不足なんだ、例の運送船強盗の件で手一杯でね」
で、やるのかね、という警部の問いに、獅白もあたしも即答した。
「やります」
「もちろんやります」
「よろしい」
にっこり笑って警部が続ける。
「あんまり気負う必要はないぞお二人さん。証拠は十分で、自供なしでも窃盗で起訴するのは朝飯前だ。それにどのみち前科があるから、クスリの件で当分
いい経験だと思ってやってみるといい、と言ってあたしたちに入室するように手で促した。
「や、ファング。あたしたちのこと覚えてる?」
取調室に入るなり、獅白が陽気に聞いた。
「ああ覚えてるよ、あばずれお巡りども。俺の権利を、なんだっけ......そう侵害だ、侵害しやがって。訴えてやる」
「ご自由にどうぞ。塀の中からでも出訴はできるからな」
腕を組んだ獅白を背後に、あたしはファングの向かいに座る。
「さてと、まずは前にした質問から行こうか。あんたは昨晩、サンペドロ沿いの安宿に行ったよな?」
「行ってない。俺はずっとアーケイドに......」
「それはもういいよ」
鉛筆で机をたたきながら言う。
「あんたは
「あたしたちはあんたが36号室で何を売り買いしてたのかに、興味はないんだよ」
獅白が後ろから口をはさんだ。
「あんたの商売相手がその後どうなったのか知りたいんだ」
「......いたよ、確かにその宿にいた。あんたらの興味が無い部分を省いていう言うとな、ヤツはラリってたんだ、俺が来た時から。そこに別のものを追加してさらにハイなった。そんで窓を開けて、"これから月へ行くんだ"とかなんとか言った途端に飛び降りちまった。それで全部だ」
「なるほどね。じゃあ次」
写真を取り出して机に並べた。財布、腕時計、指輪、ブローチ......
「あんたのポケットから出てきたこれは誰の?」
「俺のものだよ。俺のポケットに入ってたからにはそうだろうが」
「あんた、思った以上にアホだね」
ファングは写真よりも取調室の壁の方が急に気になりだしたらしい。
あたしは社員証の写っている写真を指で叩いて続けた。
「あんたがエミリー・ホプキンスじゃないのは間違いないだろ。ホプキンスさんからはこれらの品々について、被害届が出てる。いまのままだと、あんたはサンジュリアン公園で武装強盗をはたらいた犯人ってことになっちゃうけど」
「武装強盗だと、今のあんたの前科じゃ15年は固いね。クスリと合わせると人生が終わるまでに出てこれるか怪しいもんだね」
「ちょっと待ってくれよ、待てってば!」
ファングが両腕を振り回して叫んだ。
「強盗のことなんか知らない、誓って知らないんだ!」
「じゃあ、なんで盗品があんたのポケットから出てきたのさ」
「持って帰ったんだ、コニーの、俺の商売相手の部屋から」
コニーは例の、安宿の裏路地に墜落して死んだ男だ。詳細な身許は結局わからずじまいだったけど。
「コニーがテーブルに今日の獲物だって言って、これを並べて自慢したんだ。ブローチとか結構金になりそうだって」
「それで?」
「それで、お祝いに景気よくやりたいから上物をくれって。財布から15ドル抜き出して――そういえばその財布は上着に戻してたな――払ってくれたんだ。俺は売ってやった。コニーが飛び降りた後、ヤツの獲物を持って帰った。もう要らないだろうと思ったんだ」
「部屋を荒らし回ったのはなんでだ?」
ファングは一瞬ぽかんとした後、ゆるゆると首を振って言った。
「あれは俺じゃない、コニーだよ。俺が来た時には麦角かなんかでラリってて、部屋はあんな風になった後だった。ネズミを殺してたんだって言ってたな。あの宿には本当にいそうな感じだったけど、あいつのそれは幻覚の類だったんじゃないか」
「で、商売相手が飛び降りた後、あんたはどうしたの」
「ずらかったよ」
「どこから?」
「向かいの部屋の非常階段。厄介事に巻き込まれたくなかったし、なにより売り物を持ったまんまだったからな」
あたしは手帳を閉じると、獅白と目を見交わしてから立ち上がった。
「ファングで通っているウォルター・ジョンソン。重窃盗罪で告訴します」
「なあ、これで本当にクスリの件はチャラに......」
「おっと、俺は死人の財布よりお前の商売の方に興味があるんだ」
ドアがさっと開いて、派手な背広姿の男が入ってきた。
「ロイ・アール、
「じゃ、あたしたちはこれで」
「おいちょっと待てよ!」
ファングが叫んだ。
「あんたらがクスリの件をチャラにするって言うから俺は......」
「ポルカそんなこと言ったっけ?」
「いや、あたしもおまるんも言ってないよ」
興味が無いって言っただけだね、と返す獅白に喚き散らすファングを無視して、あたしたちは廊下に出た。
「合格点だよ、お二人さん」
ラミレス警部が柔和な笑みを浮かべて待っていた。
「窃盗については
そこでふと、警部は真面目な顔に戻って続けた。
「さっきも言ったように盗犯課は人手不足だ。近々あちこちの部署から人を引き抜くことになっている。とはいえ刑事の数は無限じゃないんで、どっかの部署が皺寄せを食うだろう。交通課か火災犯課辺りがな。私は君たちの推薦書を書いておこうと思う」
驚いたあたしたち――獅白も驚いてたと思う。顔には出てなかったけど――を見渡して、警部は言った。
「お前たちは
来月の公報を楽しみにしておけ、と言って警部は立ち去った。
「獅白」
「おまるん」
二人で、廊下のど真ん中で手を打ち合わせる。ハイタッチって言うんだっけ、こういうの。
「やったぜ昇進だ。たぶん同期で一番乗りだぞ」
「かもね。ラミちゃんに知らせないとなあ」
珍しく浮かれ気味の獅白に釘をさす。
「まあ、正当に評価してもらうためにも、まず調書を書きに行こうか」
「げえ、面倒くさーい」
「そんなこと言ってると、推薦取り消されるぞ」
「それもやだー」
厭がる相勤を警務係の控室に引きずって行きながらも、二人は楽し気に笑っていた。
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