H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Gas Man #10

 

 

 ロサンゼルス市消防局(LAFD)第32消防分署はウィルシェア地区の北の方、メルローズ通りのベレンド通りとバーモント通りの間にある。石造りの堅牢そうな、二階建ての建物だ。正面には消防自動車を出し入れするための大きな戸口が二つあって、今は片方に赤い鎧戸(シャッター)が下りている状態だった。開いている方の奥は空っぽで、出場中らしい。

 あたしは開いてる方の戸口を塞がないように、その近くの路肩に捜査用車のハドソンを駐めた。フブちゃんと二人で並んで天井の高い署内に入ると、あたしは車庫の隅の小さな書き物机に着いている消防機関士の方に向かった。現場じゃまず見ない黄褐色(カーキ)の制服に黒い制帽姿の彼が、ウィルシェア署でいうところのホプキンズ警部補に当たる当直責任者だ。

 

「今日の当直は......ジェイクか」

 

 声をかけると、ジェイク・ランプリー消防機関士は公用箋からぱっと顔を上げて言った。

 

「なんだオマル刑事、驚かすなよ。リンチ司令補か?」

「そだよ」

「彼は奥だ。いつもの工作室」

「あんがとさん」

「......知り合い?」

 

 署の奥の方に向かってランプリー機関士から離れると、フブちゃんがそう訊いてきた。

 

「うん、まあ。火災犯課にいると管内のあちこちの消防署に行くことが多くなるからな、当直機関士とはどうしても面識ができる。フブちゃんもその内、嫌でも知り合いになるよ」

「別に嫌ってわけじゃ」

 

 フブちゃんの反応を背中で聞きながら、あたしは工作室のドアを押し開けた。工作室は車庫の奥にあるまあまあ広めの部屋で、消防自動車の部品とか消火機材とかが壊れた時に修理するためのところだ。部屋の中央にデンとある工作台を挟んで反対側にリンチはいた。

 足音を聞きつけていたらしいアルに、ちょっと手を上げて挨拶する。

 

「リンチ司令補」

「オマル刑事。11分署が担当したケンモア通りの火災も、君たちの担当かね」

「そうだけど。それが?」

「さっき、そこの現場も見てきたんだが。促進剤が使われた形跡はなかった。配線もしっかりしていて、電気火災でもなさそうだ。そこで、これを見てくれ」

 

 アルが指したのは、工作台の上に置かれた給湯器(ボイラー)だった。すっかり焼け焦げてボロボロになっている。フブちゃんが蓋を開いて、中を確認しながら訊いた。

 

「これ、ソイヤー家の火災現場のですか?」

「ああ、そうだ。これはあくまで私の推論で、証拠がないから仮説の域を出ないが......」

「そこまで言うなら、ポルカたちは聴きますよ」

 

 アルはよっぽどの確信がない限り、証拠なしに自説を話すことはない。だからこれは、口を噤んで静かに聴くべき類のものだ。

 

「わかった......この場にはピカピカの1セント玉(ブライト・ペニー)*1がいるので、直感的にわかりやすいようにちょっとした模型を作っておいた」

 

 そう言ってアルは、工作台の上に広がる一連の器具を指した。工作台の端にあるガス栓から始まり、ゴム・ホースでブンゼン・バーナー、自動調圧弁(レギュレーター・バルブ)を通して末端にゴム風船が繋がれている。風船の側にはクランプ付きの実験用スタンドが立てられて、クランプには緑色の渦巻きが取り付けられていた。

 あたしはその緑色の渦巻きを指して言った。

 

「一応訊いとくけど、フブちゃんこれ知ってる?」

「知ってるよ、蚊取り線香(モスキート・コイル)でしょ? 白上だって日系なんだからね」

「そりゃ失敬。でもこっちは知らないだろうから補足しとくと、これもさっきの"煙草とマッチ"みたいに遅延信管代わりによく使われるんよ」

「ほえー」

 

 蚊取り線香は、この国では――というか日本以外では――虫除け香油の方がよく使われるから知名度は低いけど、日本人街(リトル・トーキョー)のお店に行けば難なく手に入る。

 あたしの解説が終わるのを待って、アルが説明を再開した。

 

「この自動調圧弁(レギュレーター・バルブ)は別に調達した、故障のないものだ。まずこれがどう働くのか見てもらおう」

 

 アルはそう言って、マッチを擦った。蚊取り線香に火を点けてから、ブンゼン・バーナーにかざしてガス栓を捻る。種火(パイロット・ライト)代わりのバーナーに火が点くと、調圧弁のメーターが動いて風船が膨らみ始めた。が、一定の大きさになったところで膨張は止まってしまった。蚊取り線香の火までは遠い。

 

「......このように、本来この弁はガスが一定の圧力で送られるよう、機械的に調整するものだ。都市ガス本管にかかっている圧力のままでは、とんでもないことになるからな」

「なるほど。家の中の空気を押し出して、全部ガスにしちゃうんですね?」

「そういうことだ。そこで......」

 

 フブちゃんの確認に肯定を返して、アルはガスを止めた。風船がしぼんで、次いでバーナーの火が消える。アルは調圧弁を取り外すと、煤と泥まみれの弁を取り出して模型に設置した。

 

「これは、シラカミ刑事がソイヤー家の現場で見つけたものだ。外見上大きな故障は無いように見えるが......やってみよう」

 

 アルが二本目のマッチを擦って、ガス栓を開いて種火を灯す。この調圧弁のメーターはバキバキに壊れていて動かなかったけど、風船はちゃんと膨らみ始めた。膨らんで膨らんで......

 

――バァン!!!!

「ひゃっ!」

 

 あたしには何となく、この実験の行く末が見えていたからなんとか耐えた――それでも内心かなりビックリした――けど、フブちゃんは更に驚いたらしくて可愛い声を上げた。白いしっぽがビンッと跳ね上がって、毛がぶわっと広がるのが目の端に映る。

 大きく膨らんだゴム風船が蚊取り線香の火に触れて爆発すると、アルはすぐに栓を捻ってガスを止めた。あたしは内心の驚きが声に出ないよう、それからちょっと間をおいてから口を開いた。

 

「......んじゃ、これが火災の原因ってわけだな」

「あくまで私の推論で、加えてソイヤー家の事件に限るが......」

 

 アルは模型から壊れた調圧弁を外すと、それをあたしに手渡して続けた。

 

「これをインスタヒートに持って行って、連中が何と言うか聞いてみるといいだろう。本社の住所は知っているかね?」

「いや、知らない」

「北ハーバード大通り(ブールバード)262番地だ」

「どうも。助かりましたよ、アル」

 

 自動調圧弁(レギュレーター・バルブ)を手提げ鞄にしまってから、すっかり肝を潰してしまったらしいフブちゃんに代わってそう言うと、リンチは頷いて返した。

 

「構わんさ、仕事だからな。また次の舞台(ショウ)で会おう」

 

 

 

*1
新人のこと。ピカピカの一年生的な言い回し

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