H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Gas Man #11

 

 

舞台(ショウ)って?」

 

 捜査用車に戻るまでの間になんとか落ち着きを取り戻せた私は、ハドソンに乗り込んでからポルカちゃんにそう訊いた。ポルカちゃんは側方後写鏡(サイドビュー・ミラー)でメルローズ通りの交通の流れを窺いながら答えた。

 

「え? ああ、火災現場のこと。調査官連中は現場(シーン)って言わずにそう呼ぶんよ」

「へえ......ねえポルカちゃん、リンチ司令補と話してて思いだしたんだけど、今回の火災がチャップマンの放火だって可能性は?」

「ゼロじゃねえな」

 

 捜査用車をバーモント通りに曲がらせながら、ポルカちゃんは即答した。

 

「ただ、厄介なのはチャップマンがプロの放火魔ってことだ。本当にチャップマンの仕業なら、その証拠が残ってる可能性は百万に一ってとこだな」

「そっか......」

 

 考えてみれば、そう簡単に証拠を残してくれる相手なら今頃州立刑務所(サン・クエンティン)の中のはずだ。

 

「まあ、インスタヒートの責任者が何て言うか聞いてみようじゃん。その上で事故かどうか判断すればいい」

「そうだね」

 

 

 

 

 

 インスタヒートの本社兼工場は、ハーバード大通り(ブールバード)とビバリー大通り(ブールバード)の角にあった。一街区(ブロック)の約四分の一位を工場が占めていて、何かを打ち付けたり、締めたり、溶接したりする作業音がにぎやかに響いてきている。敷地内に入る門の上にはインスタヒートのロゴマークを模した看板があって、西に傾いた太陽を背に妙な威厳を放っていた。

 私がその看板を見上げてちょっと足を止めた間にも、ポルカちゃんはずんずん進んで門をくぐり、"受付"と書かれた本社事務所のドアの方に進んで行く。小走りに後を追いかけていくと、ドアを潜った先は狭い待合室だった。ドアのすぐ脇にデスクがあって、受付嬢がタイプライターを相手に仕事をしている。ポルカちゃんはそのデスクにのしのしと歩み寄ると、警察官(バッジ)を取り出しながら言った。

 

ロス市警(LAPD)刑事部。責任者は誰ですか?」

「え? はい......」

 

 受付嬢は立ちあがると、ポルカちゃんの警察官(バッジ)を疑わし気に見てから続けた。

 

「本日の当番支配人はレイシックさんです。支配人室にいらっしゃると思います」

「支配人室ってのはどこ?」

「あちらの奥です」

 

 私はてっきり、玄関ドアの正面にある"事務室"って書かれたドアの奥かと思ってたけど、受付嬢は私たちの背後を指した。振り返ると、待合室の奥にもう一つドアがあった。そっちは何も書かれていない。

 

「あんがとさん」

 

 ポルカちゃんは受付嬢に雑に感謝すると、そのドアの方にすたすたと歩いて行った。私も受付嬢にちょっと会釈をしてからその後を追いかける。

 並んだ見本の給湯器(ボイラー)や、ソファに座ってパンフレットを見ている夫婦を通り過ぎてドアをくぐった先は、狭くて暗い廊下だった。すぐ正面に他のドアを同じようなドアがあって、"支配人室"と書かれている。ポルカちゃんが目で合図してきたので、今度は私が先に立って支配人室のドアを開けた。

 

ロス市警(LAPD)の白上刑事と尾丸刑事、火災犯課(アーソン・スカッド)です」

 

 ドアの開く音を聞いて、室内のデスクに着いていた壮年の男性が書類から目をあげた。彼がレイシックさんだろうと判断して、先に名乗る。

 

「二件の住宅火災について捜査してるんですけど、これについて教えてもらえますか?」

 

 私が話を進めると、ポルカちゃんが手提げ鞄(ハンドバッグ)から自動調圧弁(レギュレーター・バルブ)を取り出した。デスクに置かれたそれにちらっと目をやって、レイシックはすぐに言った。

 

「当社製品70型の圧力レギュレータですね。手に取ってもいいですか?」

「どうぞ」

 

 レイシックはまず、調圧弁を矯めつ眇めつして眺めた。その後抽斗から螺子回し(ドライバー)を取り出すと、調圧機構の部分を手早く分解して中を見た。

 

「......問題がありますね。中を弄られました?」

「いいえ」

 

 レイシックが手振りで合図したので、それに従って二人ともデスク前の客用椅子に腰を下ろした。レイシックはさっきまで書き物に使っていたらしい鉛筆を手に取ると、その先端で調圧弁の中身を指しながら私たちに解説を始めた。

 

「これを見てください、これが振動板(ダイアフラム)です。これが閉じることで、ここのサドル継手の片側全体を密閉するんです。ガス流は継手を横切って流れますから、振動板が一定の周期で振動することで、圧力を調整しているんです」

 

 私は黙ってポルカちゃんの方を見た。火災犯課が多少は長いポルカちゃんなら、今の話が理解できたかもしれなかったからだ。それでもポルカちゃんは何も言わずに、綺麗な紫玻璃(アメジスト)色の目をぐるっと廻して見せてからレイシックに言った。

 

「すんません、英語で話してもらえます?」

「......要するに、ひっくり返されているんです」

 

 小さな咳払いを挟んで、レイシックは調圧弁をデスクの上に戻して続けた。

 

「大した改造ではありませんが、これではガス流が適切に遮断されなくなります」

「ではこれは製造不良やアフター・サービスの失敗ではなく、故意に加えられた改造だってことですか?」

「......少なくとも、設計ミスではないと思いますな」

 

 今の間はなんだろう。

 

「じゃあ、この給湯器(ボイラー)絡みのトラブルは一つも無かったんですね? ロス消防(LAFD)の火災調査官の前でも、同じことを言えますか?」

「なあ、待ってくれ。70型以降のモデルでは設計が変わってるんだ。ちゃんと安全なように」

「それでもまだ70型の自動調圧弁――圧力レギュレータって言ってましたっけ?――を使ってるんですか?」

「需要があるんでね」

 

 舌打ちをしそうな勢いで、レイシックは弁解を続けた。

 

「今のロサンゼルスは建築ラッシュだ。それは我々の責任じゃないし、どうしようもない。予算が尽きたら、古い在庫を引っ張り出すしかないんだよ。我が社は週に百台以上の給湯器(ボイラー)を出荷してるんだ。その全部が全部危険なわけじゃない」

「全部安全でもないんだろ?」

 

 ポルカちゃんが皮肉な口調でそう言ったけど、レイシックは鼻を鳴らして返すに留めた。私は軽く咳払いをして質問を続けた。

 

「それじゃこの、えー......」

振動板(ダイアフラム)?」

「それです。この振動板は勝手にひっくり返ってしまう、設計上その傾向にあるってことですか?」

「設置から経年で、その傾向は出る。パッキンはゴム製だから数年ほどで摩耗して、ひっくり返らないまでもまともに密閉はできなくなるんだ」

「つまり、定期的な点検と修理が必要なんですね?」

「ああそうだ。我が社では、その方のアフター・サーヴィスも欠かしていない」

「白上も見ましたよ。給湯器(ボイラー)の蓋の裏に、点検履歴が書いてあるんですね。そこにあった名前の人たちはみんな、ちゃんと有資格で認証を受けてるんでしょうね?」

「勿論だとも」

「ホントかあ?」

 

 ポルカちゃんが横から、大袈裟なほどに疑わしい声で口を挟んだ。

 

「宅建からの需要が供給を上回ってるんでしょ? それは人材市場も同じだとポルカは思いますけどね。もしポルカがあんただったら、売り上げのために無資格・無認証のヤツを雇うのも厭わないと思いますけど?」

「それはあなたの想像でしょう? 証拠はあるんですかな、キツネのお嬢ちゃん?」

「ポルカはフェネックで、狐はあっちです」

「そうか、てっきりそっちはネコかと」

「狐じゃい!」

 

 私は反射的にツッコんでから、咳払いをして口を開いた。

 

「偶然にも、証拠を持ってるのは狐の白上ですけど。レジナルド・ヴァーレイはどうですか? その調圧弁が着いてた給湯器(ボイラー)の点検記録によると、彼が定期点検の担当だったようですけど」

「ヴァーレイのことを知ってるのかね......」

 

 さっきまで前のめりになってたレイシックは、風船がしぼむように執務椅子にもたれかかって続けた。

 

「彼は確か、離婚するために州外から逃げてきたんだ。確かに悪い事だが、重罪じゃないだろう」

「犯罪者なら安く働いてくれるし、ってか?」

 

 またもポルカちゃんが皮肉めいた口調で言った。

 

「とすると、あんたが雇った工員はみんな、叩けば埃が出そうだな」

 

 今度はレイシックも、負けじと身を乗り出して言い返した。

 

「猫の手も借りたいところなんだよ、刑事さん。この建築ラッシュは一生に一度のチャンスなんだ。軽犯罪者でも人間なら、猫よりはマシなんだよ」

 

 

 

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