「
捜査用車に戻るまでの間になんとか落ち着きを取り戻せた私は、ハドソンに乗り込んでからポルカちゃんにそう訊いた。ポルカちゃんは
「え? ああ、火災現場のこと。調査官連中は
「へえ......ねえポルカちゃん、リンチ司令補と話してて思いだしたんだけど、今回の火災がチャップマンの放火だって可能性は?」
「ゼロじゃねえな」
捜査用車をバーモント通りに曲がらせながら、ポルカちゃんは即答した。
「ただ、厄介なのはチャップマンがプロの放火魔ってことだ。本当にチャップマンの仕業なら、その証拠が残ってる可能性は百万に一ってとこだな」
「そっか......」
考えてみれば、そう簡単に証拠を残してくれる相手なら今頃
「まあ、インスタヒートの責任者が何て言うか聞いてみようじゃん。その上で事故かどうか判断すればいい」
「そうだね」
インスタヒートの本社兼工場は、ハーバード
私がその看板を見上げてちょっと足を止めた間にも、ポルカちゃんはずんずん進んで門をくぐり、"受付"と書かれた本社事務所のドアの方に進んで行く。小走りに後を追いかけていくと、ドアを潜った先は狭い待合室だった。ドアのすぐ脇にデスクがあって、受付嬢がタイプライターを相手に仕事をしている。ポルカちゃんはそのデスクにのしのしと歩み寄ると、警察官
「
「え? はい......」
受付嬢は立ちあがると、ポルカちゃんの警察官
「本日の当番支配人はレイシックさんです。支配人室にいらっしゃると思います」
「支配人室ってのはどこ?」
「あちらの奥です」
私はてっきり、玄関ドアの正面にある"事務室"って書かれたドアの奥かと思ってたけど、受付嬢は私たちの背後を指した。振り返ると、待合室の奥にもう一つドアがあった。そっちは何も書かれていない。
「あんがとさん」
ポルカちゃんは受付嬢に雑に感謝すると、そのドアの方にすたすたと歩いて行った。私も受付嬢にちょっと会釈をしてからその後を追いかける。
並んだ見本の
「
ドアの開く音を聞いて、室内のデスクに着いていた壮年の男性が書類から目をあげた。彼がレイシックさんだろうと判断して、先に名乗る。
「二件の住宅火災について捜査してるんですけど、これについて教えてもらえますか?」
私が話を進めると、ポルカちゃんが
「当社製品70型の圧力レギュレータですね。手に取ってもいいですか?」
「どうぞ」
レイシックはまず、調圧弁を矯めつ眇めつして眺めた。その後抽斗から
「......問題がありますね。中を弄られました?」
「いいえ」
レイシックが手振りで合図したので、それに従って二人ともデスク前の客用椅子に腰を下ろした。レイシックはさっきまで書き物に使っていたらしい鉛筆を手に取ると、その先端で調圧弁の中身を指しながら私たちに解説を始めた。
「これを見てください、これが
私は黙ってポルカちゃんの方を見た。火災犯課が多少は長いポルカちゃんなら、今の話が理解できたかもしれなかったからだ。それでもポルカちゃんは何も言わずに、綺麗な
「すんません、英語で話してもらえます?」
「......要するに、ひっくり返されているんです」
小さな咳払いを挟んで、レイシックは調圧弁をデスクの上に戻して続けた。
「大した改造ではありませんが、これではガス流が適切に遮断されなくなります」
「ではこれは製造不良やアフター・サービスの失敗ではなく、故意に加えられた改造だってことですか?」
「......少なくとも、設計ミスではないと思いますな」
今の間はなんだろう。
「じゃあ、この
「なあ、待ってくれ。70型以降のモデルでは設計が変わってるんだ。ちゃんと安全なように」
「それでもまだ70型の自動調圧弁――圧力レギュレータって言ってましたっけ?――を使ってるんですか?」
「需要があるんでね」
舌打ちをしそうな勢いで、レイシックは弁解を続けた。
「今のロサンゼルスは建築ラッシュだ。それは我々の責任じゃないし、どうしようもない。予算が尽きたら、古い在庫を引っ張り出すしかないんだよ。我が社は週に百台以上の
「全部安全でもないんだろ?」
ポルカちゃんが皮肉な口調でそう言ったけど、レイシックは鼻を鳴らして返すに留めた。私は軽く咳払いをして質問を続けた。
「それじゃこの、えー......」
「
「それです。この振動板は勝手にひっくり返ってしまう、設計上その傾向にあるってことですか?」
「設置から経年で、その傾向は出る。パッキンはゴム製だから数年ほどで摩耗して、ひっくり返らないまでもまともに密閉はできなくなるんだ」
「つまり、定期的な点検と修理が必要なんですね?」
「ああそうだ。我が社では、その方のアフター・サーヴィスも欠かしていない」
「白上も見ましたよ。
「勿論だとも」
「ホントかあ?」
ポルカちゃんが横から、大袈裟なほどに疑わしい声で口を挟んだ。
「宅建からの需要が供給を上回ってるんでしょ? それは人材市場も同じだとポルカは思いますけどね。もしポルカがあんただったら、売り上げのために無資格・無認証のヤツを雇うのも厭わないと思いますけど?」
「それはあなたの想像でしょう? 証拠はあるんですかな、キツネのお嬢ちゃん?」
「ポルカはフェネックで、狐はあっちです」
「そうか、てっきりそっちはネコかと」
「狐じゃい!」
私は反射的にツッコんでから、咳払いをして口を開いた。
「偶然にも、証拠を持ってるのは狐の白上ですけど。レジナルド・ヴァーレイはどうですか? その調圧弁が着いてた
「ヴァーレイのことを知ってるのかね......」
さっきまで前のめりになってたレイシックは、風船がしぼむように執務椅子にもたれかかって続けた。
「彼は確か、離婚するために州外から逃げてきたんだ。確かに悪い事だが、重罪じゃないだろう」
「犯罪者なら安く働いてくれるし、ってか?」
またもポルカちゃんが皮肉めいた口調で言った。
「とすると、あんたが雇った工員はみんな、叩けば埃が出そうだな」
今度はレイシックも、負けじと身を乗り出して言い返した。
「猫の手も借りたいところなんだよ、刑事さん。この建築ラッシュは一生に一度のチャンスなんだ。軽犯罪者でも人間なら、猫よりはマシなんだよ」