H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Gas Man #12

 

 

「あの、レイシックさん。確認のためにあなたが雇った点検員の一覧を見せてもらえますか?」

 

 あたしとレイシックの間に一触即発の空気が流れたのを察してか、フブちゃんが割って入った。

 

「ああ、いいとも」

 

 レイシックはそう言って、さっき工具を取り出したのとは別の抽斗からレターサイズの書類を取り出して、デスクの上に置いた。フブちゃんがメモ帳を開いて、その上に屈みこむ。その肩越しに、インスタヒートのレターヘッドがちらっと見えた。

 

「......12人もいるんですか」

「宅建会社のお蔭でな。これでも追いつかないくらいなんだよ」

「フブちゃん、12人全員に当たるわけにはいかねえぞ」

記録課(R&I)に訊いて、前科前歴のある人から回って行こう。レイシックさん、電話をお借りしても?」

「構いません」

 

 レイシックはデスクのボタン電話機を引き寄せると、"受付"と書かれたボタンを押して受話器を取った。

 

「......私だ。この電話を外線に繋いでくれ。交換台でいいですな?」

「お願いします」

「交換台を頼む......どうぞ」

 

 フブちゃんが耳に当てた受話器に、あたしも横から自分の耳を当てた。これで電話の内容が聞き取れる。

 

「交換台ですか? 警察です。R&Iに繋いでください」

"少々お待ちください......"

 

 交換手電話機のダイヤルが廻る音がして、回線が切り替わった。

 

"R&Iです。名前と識別番号(バッジ・ナンバー)を"

「白上、識別番号(バッジ・ナンバー)1005V(ヴィクター)

"用件をどうぞ"

「以下の氏名を、前歴者カードと照会願います。アセヴェド、アーネスト。クレメンス、ウォルター。エレムグレン、ジョン......」

 

 フブちゃんはそこから、使用人名簿の12人を読み上げた。

 

「......ヴァーレイ、レジナルド。ズリック、スティーブン。以上です」

 

 受話器の向こうからは、フブちゃんの読み上げに従って照合用カードをパンチする音が響いていたけど、読み上げが終わってもパンチ音はしばらく続いた。それから担当者がカードをユニット・レコード装置にかけて結果がタイプされるまで、さらに時間がかかった。

 4、5分程待たされてから、長い連続帳票を手に担当者が戻ってくる音がした。

 

"クレメンス、ウォルター。放火と悪意的器物損壊で逮捕されています。1942年にウェストウッドで家屋を焼損させました。郡労役場(カウンティ・キャンプ)で懲役四年、刑期満了済みです"

「他には?」

"......ライアン、マシュー。殺人未遂と裁判所侮辱罪で告訴されています。殺人未遂は司法取引で、暴行罪として起訴されました"

「他にありますか?」

"えー......"

 

 連続帳票を繰る音がしばらく続いてから、R&Iは続けた。

 

"州警察(CSP)からの通達によると、デトロイト市警察からレジナルド・ヴァーレイに、ミシガン州における第一級殺人で逮捕状が出ています。それで全部です"

 

 とすると、ヴァーレイがレイシックに話した身の上話は嘘だったんだろう。レイシックがそれをどう思ったかはさておき、彼はヴァーレイが養育費支払義務から逃げてきたと思ってる――あるいはそう思おうとしている――みたいだから、デトロイト市警の話は出さなかったと見える。

 流石にレイシックも殺人犯と聞いたら、雇用に二の足を踏んだだろうし。

 

「ありがとうございました、助かりました」

 

 フブちゃんがR&Iにお礼を言ってから、受話器をレイシックに返した。

 

「ウォルター・クレメンスは今どこに?」

「彼は......カタリナと三番の角のアパートメントにいるはずです」

 

 レイシックはデスクの上の勤務計画表らしい書類を見ながら、フブちゃんに答えた。

 

「マシュー・ライアンは?」

「ノルマンディーと一番街の角の、宅地造成現場です」

「ヴァーレイは?」

「ビバリーとマリポーザの角です。ねえ、ヴァーレイはいいヤツですよ。彼らに迷惑をかけてほしくない......」

 

 そのいいヤツは人殺しなんだよな、なんてあたしが心の中で呟いていると、フブちゃんはさっと客用椅子から立ち上がってレイシックを遮った。

 

「彼らのロッカーとか、ここにありますか?」

「ええあります、しかし彼らにもプライヴァシーの権利などがあるでしょう? 令状とか、そういうのは無いんですか?」

「持ってきましょうか、お望みの令状を?」

 

 レイシックが執務椅子から立ち上がると、あたしも立ち上がって続けた。

 

「いま見せてもらうか、後日この工場を十日間閉鎖するかですね。お好きなほうをどうぞ、支配人さん?」

 

 支配人は頭の中で使用人たちのプライヴァシーと自分の営業成績を天秤にかけて......後者を取ったらしい。憤然とした足取りながらも、あたしたちについてくるように手で促して支配人室を出た。

 レイシックの後についてさっきの廊下を建物の奥に進むと、廊下と同じくらい薄暗い、広々としたロッカー室に出た。

 

「ほら、これで満足かね?」

「じゃ、そのままそこにいてくださいよ。フブちゃん、さっきの三人組のを見て回りな」

「おっけー」

 

 相変わらず憤懣やるかたない表情のレイシックを立たせておいて、あたしはフブちゃんがロッカーを捜索するのを背後から見守った。

 フブちゃんはロッカーの一つの前で足を止めると、その扉を開いて中を漁りはじめた。

 

「......ふーん、クレメンスは共産党のシンパ(フェロー・トラベラー)みたいだね」

 

 フブちゃんが振り返って、ロッカーの中から取り出した小冊子を振った。共産党の連中が街宣活動で配ってるパンフレットの類だ。

 他にめぼしいものはなかったらしく、フブちゃんは扉を閉めていくつか隣のロッカーに移った。

 

「うわっ、こりゃすごいや......」

 

 扉を開けるなりフブちゃんがそう言った。その原因はこっちからでもよく見える。

 ロッカーの中は段ボール箱が山積みだった。一つ一つにさっきのパンフレットが、ラベル代わりにテープで張り付けられている。クレメンスのパンフレットの出処はどう考えてもここだ。

 

「ライアンは、世界をもっと良くしたいって願望が強いみたいだね」

「みんなそうだろ」

 

 フブちゃんは三つ目のロッカーに移った。消去法的に行くと、これがヴァーレイのロッカーってことになる。

 

「ふうん......ガラクタばっかりだけど、興味深いのがあるね」

 

 フブちゃんはそう言って、大きな黄色い紙箱を取り上げた。中身を出して、その緑の渦巻きをレイシックの方に見せる。

 

「レイシックさん、これがなんだかわかりますか?」

「いや、知らんな」

蚊取り線香(モスキート・コイル)といいます。日系の間では虫除け香油よりもポピュラーなんですけど、ヴァーレイは日系じゃないですよね?」

「ああ、間違いなく」

「ところで、日系以外にもこれをよく使う人たちがいるんですよ。放火犯達なんですけどね」

「あんたら、キチガイなんじゃないのか」

 

 レイシックは、本物の狂人を見るかのような目であたしたちのことを見た。

 

「ヴェニス運河*1に住んでるとか、そんなところなんだろう。虫除け香油じゃ効きが悪くてそれを買ったんじゃないのか?」

「かもしれませんね? でも、そのためにわざわざ日本人街(リトル・トーキョー)まで足を運びますか?」

 

 レイシックは肩をすくめるにとどめた。彼の中では、ヴァーレイと放火犯が結びつかないらしい。もっとも、ヴァーレイと殺人犯も結び付けられなかったみたいだから、本人を調べるのが一番速そうだ。

 

「もういいかね。私にも仕事があるんだが」

「ええ、もう結構です。ご協力ありがとうございました、レイシックさん」

 

 

 

*1
ロサンゼルスの住宅街の一つ。運河の中に造成されており、イタリアのヴェネチアに因んで名付けられた

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