H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Gas Man #16

 

 

「ヴァーレイがやったとは思えねえな......」

 

 ウィルシェア警察署1階の奥まったところにある冷水器(ウォータークーラー)。備え付けの紙コップ(ディキシー・カップ)で水を飲みながら、あたしはフブちゃんにそう言った。フブちゃんはお水の入ったカップ片手に、通達や告示の貼られた掲示板を見るとはなしに眺めている。

 

「普通、手配中の逃亡犯がこんな目立つ真似するとは思えんのよなあ......あいつは単に手抜き施工して端金を受け取ってるだけの、チンケな小悪党な気がする」

「まあ、そうだね」

 

 フブちゃんは紙コップ(ディキシー・カップ)を干して屑籠に放り込むと、署の表の方にある取調室1に向かって歩き出しながら言った。あたしも自分のカップをうっちゃって、慌てて後に着いて行く。

 

「とにかく、ライアンを締め上げてみてから決めよう。何が出てくるかお楽しみってことで」

「そうだな」

 

 

 

 

 

「暴力犯罪の前科があるそうですね、ライアン?」

 

 フブちゃんは取調室1に入ってライアンの向かいに座るなり、前歴のことを切り出した。いきなりそこから訊くんか、とは思いつつも口は挟まずに、フブちゃんの背後の壁にもたれかかって様子を見る。

 

「いや、そんなものはねえよ」

「前歴者カードによると、殺人未遂で告訴されたことになってますけど?」

「ああ、確かにそれで逮捕されたし、暴行罪で起訴されたよ」

 

 ライアンは憤然としてるけど、しっかりした口調で返してきた。

 

「だが判事が刑事責任無しと判断して、俺は放免になったんだ。給湯器(ボイラー)の設置工事不備が出火原因になるとは、俺には予測できなかったはずだってな」

 

 どすんと堅い背もたれに戻ると、ライアンはちょっと消沈した感じになって続けた。

 

「確かなのは、俺の家族は全員死んだってこと。それと、会社の方は責任逃れに成功したってことだ」

「どこの会社ですか」

「ヘファイストス瓦斯器具商会だよ」

「なるほどなるほど......」

 

 フブちゃんは手帳に何やら書き込みだして、間を置いた。ただその目は、何か書き物をしてる時の動き方じゃなかった。

 ライアンに対する同情の念が湧き上がってきて、それを抑え込むための時間稼ぎだって気づいたあたしは、ライアンが同じ結論に達する前に注意をそらすことにした。

 

「じゃあ、それがあんたの革命運動の原動力ってわけ、ライアン?」

「ああそうだ。分別があるなら誰だってそうするさ」

「自分がすべきことをしてるってことだな?」

「ああそうだ」

 

 あたしは壁から離れると、テーブルに両手をついてライアンに迫りながら訊いた。

 

「そのすべきことの中にはあれか? 給湯器(ボイラー)に不備があるように細工して、ガス器具会社を潰すことも含まれてんのか?」

「何のことだ?」

「とぼけんなよ。これはお前の闘争活動の一環なんだろ?」

「妄想癖の激しいデカだな。アマポリってのはみんなそうなのか?」

「あなたのロッカーの中は、パンフレットでいっぱいですよね」

 

 感情の無い声で、フブちゃんが割り込んできた。時間稼ぎは成功したらしい。

 

「そのパンフレットをみんなに押し付けて回ってるって、同僚の人から聞いてますよ? インスタヒートから譴責されたのに、懲りずに続けてるとか。会社に対して害意があると思われても、仕方ないんじゃないですか?」

「ああ、パンフレットは配ってる。行動を起こすべきだと感じたからだ」

 

 ライアンは座りなおすと、両手をテーブルについて身を乗り出さんばかりになりながら続けた。

 

「インスタヒートの給湯器(ボイラー)は毎日のように壊れてるんだ! 連中はヘファイストスから買い取った欠陥品の在庫を持ってて、それを未だに放出し続けてるんだぞ!」

「ちょっと待って」

 

 フブちゃんがさっと手を上げて、ライアンを遮って訊いた。

 

「インスタヒートはヘファイストスを買収したんですか?」

「そいつらも、バルカンもパイロも、主だったガス器具会社は大体買われたんだ」

「つまりあんたは未だに、以前責任逃れした会社の経営陣のために働いてるわけだよな。少なくとも、一部はインスタヒートの経営陣に残ってるんだろ?」

 

 ライアンがぐっと黙り込んだ。図星か。

 

「それってどんな気持ちだ? 連中のために働いて、連中から賃金を貰うってのは?」

「言いたくねえ」

 

 不機嫌にそう言って黙り込んだライアンから目を離して、あたしはフブちゃんの方を見やった。フブちゃんは小さく肩をすくめると、メモ帳をめくって話題を変えた。

 

「70型給湯器の自動調圧弁(レギュレーター・バルブ)――あるいは圧力レギュレータ――の振動板(ダイアフラム)を、どうやってひっくり返せばいいかご存知ですか?」

 

 急な話題転換にライアンは戸惑ったみたいだったけど、それにしては妙に長い間を置いてからライアンは答えた。

 

「さあ、知らねえな」

 

 無意識らしく薄い唇を舐めるライアンに、フブちゃんは淡々とした声で続けた。

 

「インスタヒートのレイシック支配人に話を聴いて来ました。振動板(ダイアフラム)はひっくり返りやすいので、そのためのアフター・サーヴィスもしているって言ってましたよ? あなたは点検員として仕事をしてるんだから、当然その知識もあるはずですよね」

 

 メモ帳の縁を鉛筆でこつこつ叩きながら、フブちゃんは空色の瞳でライアンを睨みながら言った。

 

「それとも、支配人さんが嘘を吐いたんですかね?」

「オーケイ、わかった」

 

 ライアンはさっと手を振って、椅子の背もたれにもたれかかった。

 

「ああ、やり方は知ってる。でもそれがなんだ? ガスが止まらなくなるから、種火(パイロット・ライト)を点けるときにボッとちょっとした火が出る。それだけのことだろ?」

「でも、種火(パイロット・ライト)を点け直さなかったら? ガスが漏れるままにして置いたらどうなりますか?」

 

 黙り込んだライアンに、フブちゃんがダメ押しのように訊いた。

 

「あなたの家の出火原因は何でしたっけ?」

「言わなきゃよかったぜ」

 

 憤然とした口調が、あたしたちにとっては答えだった。ちょっと目を見交わすと、フブちゃんは手帳を閉じて立ち上がりながら言った。

 

「取調べを終わります」

「じゃあ、俺はもう行っていいのか?」

「ああ、そうだな」

 

 あたしは立ちあがろうとしたライアンの肩を押さえて、堅い木の椅子に戻しながら続けた。

 

「あんたのアカ友達が、お抱え弁護士の軍団だか艦隊だかを連れて来たらすぐにな。それまであんたは、ここでポルカたちの判断を待つんだよ」

 

 

 

 

 

「ライアンで間違いねえと思うけどな」

 

 署の廊下を階段に向かって歩きながら、あたしはフブちゃんにそう言った。

 

「機会、手法、動機、全部揃ってる。その上、火災犯課の刑事が来たら逃げ出した。これで有罪評決が取れなかったら、ポルカたちはいい笑いもんだぞ」

「ねえちょっと、ポルちゃん」

 

 フブちゃんは階段に着くと、火災犯課事務室のある2階じゃなくて地下への階段の方にあたしを手招きした。不審に思いつつも従って地下に降りると、フブちゃんはあたしを、人もまばらな地階でも特に人気のないボイラー室に誘った。

 今朝、会議室でティルデン刑事からかけられた冷やかしの声が頭をよぎる。

 

――そいつに食われちまわないように気をつけろよ、オマル刑事!

 

 は? え? これ、あたしの貞操がピンチな感じのやつ? いやいやいや、フブちゃんはそんな節操なしな人じゃないはず。たぶん、きっと。いやでも、懲戒委員会を控えてヤケを起こしてる可能性が......

 

「ねえポルちゃん」

「はひいっ!?」

 

 動揺して裏返った声を出したあたしに、フブちゃんは一瞬怪訝そうな目を向けてから続けた。

 

「私と一緒に、課長に怒られてくれる?」

 

 

 

 

 

「一体どういうことだ!」

 

 薄暗い照明と三番街の街灯の灯りに照らされた署長室で、あたしとフブちゃんはルクラン・マッケルティ警部に怒鳴られていた。デスクの上には、さっき提出してつい今しがたまで警部が読んでいた捜査報告書がある。警部はその報告書をバンバン叩きながら怒鳴り続けた。

 

「一体――待て、まだ喋るな」

 

 フブちゃんが息を吸ったのを鋭敏に察知して、警部はそう釘を刺した。

 

「まだ俺が怒るターンだ――一体どうして、三人も被疑者を連行し、これだけの尋問をして、リンチとピンカーから山のように証拠を受け取っておきながら、三人全員が嫌疑不十分で釈放って結論になるんだ!」

 

 最後の数音節(シラブル)で声は引き攣り、金切り声になった。

 

「俺はお前にチャンスをやったんだがな、シラカミ。お前を引き受ける件について同期からバカにされたが、俺は自分の目に狂いはないと、そう思っていた。今じゃ連中が言った通り、俺は本物の木偶の坊だぞ!」

 

 マッケルティ警部は警察コーヒー入りのマグカップを握りしめていて、その指は力が入って真っ白だった。あたしたちが男だったら、今頃それはこっちに飛んで来てただろうけど。

 女に生まれたアドバンテージを変なところで噛み締めていると、それが表情に出ちゃってたのか警部の怒りの矛先がこっちに向いた。

 

「お前もだぞ、オマル! お前がついていながらこのザマはなんだ! この部署じゃ教えることなんて大してないと息巻いてたのは、何処のどいつだったかな、あ!?」

「ポルカは息巻いてはいませんでしたよ、課長」

「口答えするな!」

 

 マッケルティ警部は怒りのままに報告書を投げつけてきた。レターサイズの黄色っぽい公用箋の束は散らばって、あたしたちには大して当たらずに床の上に舞い散った。

 物を投げてスッキリしたのか警部はふうふうと息を吐くと、執務椅子にどっかと腰を下ろして続けた。

 

「二人とも、制服を箪笥から引っ張り出しておけ。明日から当分の間は防犯係だ。次に俺の気が変わるまで、路上犯罪者の相手でもしていろ。退室してよろしい、しばらくはお前たちの顔を見たくない」

 

 

The Gas Man -Case Unwrapped-

 

 

 

 

 

「防犯係? そりゃまた......復帰初日からとばしてるねえ」

 

 帰宅後、お夕飯の席でミオに事の顛末を話すと、ミオは苦笑いを浮かべながら言葉を選んでそう言った。

 

「今度ポルカの家に菓子折りか何かを持ってかないとなあ。うちのフブキがご迷惑おかけしましたって」

「あ。そうそう、ポルカのことなんだけど」

 

 ミートローフのお皿に残ったソースをパンで擦り取っていたところだったけど、私はその手を止めてミオに続けた。

 

「メイソンのこと、ポルカに話したんだ」

「......納得してもらうために?」

「そ」

 

 流石ミオ、理解が早い。

 

「なんだかあの事件と似てる気がしたんだよ。被疑者はいるけど、みんないま一つピンと来なくて。しかも関係者に権力者がいるし」

「なるほどねえ......その権力者って、リーランド・モンローだっけ? エリシアン・フィールズ不動産開発(デベロップメント)の?」

「そう、その人」

「じゃあ、ウチもモンローとエリシアンについて調べてみるよ。どうせウチは今、雑用係で相勤もいないしねえ」

「雑用って言うとアレ? 捜査報告書を正規の書式に纏めたり、迷宮入り事件(コールド・ケース)を再調査したりする?」

「そうそれ」

 

 ミオはとてつもなく退屈そうな顔で続けた。

 

「知能犯罪はね、これって物証が残ってる事件が少ないんだ。ガセネタも多いし。ただその中に、ひょっとしたら迷宮入り扱いになってるモンロー絡みの事件があるかもしれないでしょ? それを調べてみようと思うんだけど」

「ミオ......」

 

 後の言葉が続かず、代わりに私は立ち上がって、座っているミオに後ろから抱きついた。

 

「ありがと、本当にありがとう」

「いいって。どうせフブキはこの事件、ほっとけないんでしょ? ウチはそんなフブキがほっとけないだけだから......ちょっと、そろそろ離れてよお」

「やだ」

「お皿片付けないとでしょ!」

 

 そう言うなりミオは、私の腕を力づくで振りほどいた。

 

「あぁん、ミオのいけずぅー!」

「うるせー! いいからとっととお皿下げるの手伝いな!」

 

 私は床に寝ころんだままほっぺたを膨らませてみたりしたけど、ミオは一切お構いなしでお片付けを始めてしまった。いつまでも拗ねてても仕方ないので、素直に立ち上がって手伝いを始める。

 

「いいもーん。寝るときにいつも以上にくっついてやるから」

 

 洗い物中でも確かに聞こえるように、結構大きな声で宣言したにも関わらず、ミオは拒否しなかった。

 

 

 

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