午前2時。あたしとフブちゃんは、他の制服巡査や防犯刑事と一緒にウィルシェア警察署の通用口を出た。翌朝10時までのパトロール勤務に就くためだ。
あたしもフブちゃんも、周りの連中と同じように制服――巡査だったころのと違って、来年から正式採用の婦人用制服が支給された――を着ているけど、あたしたち防犯刑事の職務内容は制服巡査とはちょっと違う。交通取締りはやらずに、もっぱら急訴事案に対処するのがあたしたちの仕事だ。それから犯罪抑止を目的に、パトカーじゃなくて警察支給の公用車を使うことになっている。
各々のパトカーや公用車に向かう同僚たちと別れて、あたしとフブちゃんは支給品の黒い47年式ビュイックに乗り込んだ。ハドソンはまだ、修理から戻っていない。
エンジンをかけて、駐車場から公用車を出しながらあたしはフブちゃんに言った。
「2時かあ。ほとんどの呑み屋がハネる時間だよな」
「そうだね、点数稼ぎには困らなそう......」
フブちゃんが言い終わるよりも先に、無線機がガーガー言いながら呼び出しを始めた。フブちゃんがさっと送話器を取って、応答の準備をする。
「KGPLからウィルシェア管内のウィリアム各局及びキング各局、ウェストレイク・サウスにて187事件発生。ウェストレイク・サウス近い局、
「7ウィリアム11です、
フブちゃんが間髪入れずに応答する。KGPLはちょっと黙った後、すぐにあたしたちを指名した。
「7ウィリアム11、警察官が刑事の応援を要請しています。187被疑事件発生、現場はユニオン通りと7番街の角、ユニオンと7番の角。被疑者は依然逃走中です。
「7W11了解。ウィルシェア署から向かいます」
「KGPL了解。以上KGPL」
「この服、運転しにくいんだよなあ」
クラッチ・ペダルを踏んでギアを切り替えながら、あたしはぶつぶつ文句を言った。
新しい制服は
獅白のキャデラックみたいにクラッチ・ペダルが無ければなんぼかマシなんだろうけど、警察支給車にそんな贅沢は求められない。
「白上はまあまあ好きだよ、この制服。腰回りが軽いしね」
「帯革が無くなったからな。その代わり、別の重てぇもんを持つ羽目になったけど」
あたしはちらっと、運転席と助手席の間に置かれた二つの鞄に目をやった。
旧型の、男物そのまんまな制服を着てたころは、拳銃や手錠は帯革って言うばかでかいベルトにホルスターを付けて持ち歩いていた。これが中々重かったんだけど、新しい婦人用制服では廃止されて腰回りがすっきりしたんだ。
でも銃や手錠を持ち歩かないわけにはいかないから、代わりに採用されたのがこの大きくて不格好で、頑丈な代わりにめちゃくちゃ重い職務鞄だ。今のあたしたちはこれに拳銃や手錠や、予備弾薬、鍵類なんかを入れて持ち運んでいた。
フラップを外さなくてもいいように拳銃用のポケットが作られていたり、色々考えて作ってくれてるのはよくわかるんだけど、今まで腰に掛かってた重量が全部左肩に掛かるようになって、正直なところ善し悪しだ。
「今まで通りの帯革にサムブラウン・ベルトを着けてくれた方が、ポルカには嬉しかったんだけどなあ」
「ま、仕方ないよ。とりあえずこれで男装問題はクリアできるしね」
カリフォルニア州刑法は、異性装を禁じている。禁じているったって、わざわざその恰好をして警官の目の前で踊ったりしない限り、警察も一々取締りはしない程度に空文化してるけど。
それでも旧型制服みたいに、男性用のデザインそのままの服を公式に婦人用制服として定めることには、当然保守的なお偉いさんからの反発も多々あったわけで。
「海軍が公式に使ってたデザインなら、難癖もだいぶ少なくなるだろうって肚だよな。スカートにパンプスってのも、スボンに
「まあ海軍婦人部隊の人たちだって、戦闘に従事してたわけじゃないしね......この服でまともにできる仕事って、正直交通取締くらいが関の山かなあ」
二人であれこれ制服談義を交わしているうちに、公用車は7番街とユニオン通りの交差点に近づいていた。
「尾丸刑事と白上刑事、ウィルシェア
「ケラー巡査です」
7番街からちょっと南に行ったところにある路地の入口が、現場保存バリケードで封鎖されていた。入り口で立番をしているケラー巡査に自己紹介をして、バリケードの内側に入りながら続ける。
「何があったの?」
「
「その男の人着は?」
「目撃者によると四十代後半、身長は
「凶器......は、そこの角材か」
「そのようです。キレて、手近にあったもので殴りつけたって感じでしょう」
フブちゃんが屈みこんで、パトカーの
「......まだあったかい。そんな遠くには逃げてないはずだね」
「ケラー巡査、この路地の奥は? ビーコン通りに繋がってるの?」
「途中で折れて7番街に繋がってます。ビーコン通りの方にも出られますが」
「よし。フブちゃん、7番街の方をお願いしていい? ポルカはビーコン通りの方を見てくる」
「おっけー」
二人で一旦ユニオン通りに出ると、フブちゃんは7番街に向かって北に歩いて行った。
あたしは一旦8番街に向かうと、一本西に行ってビーコン通りとの角で辺りを見回した。
「......お」
交差点から南の方で、9番街に向かってビーコン通りを足早に歩いて行く男が目に入った。ちょうど街灯の下を通っていたから着衣が良く見えた。明るい水色のシャツに、濃い緑のズボンだ。
しかも男はこっちを気にするように何度も振り返っていた。あたしはちょうど街灯の明かりの外に立ってたから、向こうから見えなかったらしい。
「呼子......は、やめとくか」
制服の右胸ポケットに入っている、呼子を兼ねた
カッ、カッ、カッと歩道にパンプスの足音が響いて、ビーコン通りを半分ほど行ったところで向こうがこっちに気付いた。
向こうが猛然と走り出すのと同時に、あたしは思いっきり警笛を吹き鳴らした。深夜の街中に甲高い音が響き渡る。同時にあたしも走り出した。
男は通りを渡って駐車場に飛び込むと、そこに駐まっていた46年式パッカードに乗り込もうとした。ところが、しっかり施錠されていてドアが開かない。
あたしが追い付いてきたとみるや、男はこっちに向き直って両手を構えた。
「すぐ女に手を上げる性分らしいな、あんたは」
とっておきの尊大
「そんなんじゃ、いつまでたってもモテねえぞ!」
「うるせえ!」
酔ってるのもあるんだろうけど、狙い通り激怒した男は大振りの右を繰り出してきた。避けやすくって大助かりだ。右のパンチを躱しざま、がら空きの懐に飛び込むと、そのまま腹に一発。
「ぐげっ」
男は殴られた勢いでふらふら後ろに下がると、パッカードに尻をぶつけてそのままへたり込んでしまった。
「ポルカちゃーん! ポルちゃん、大丈夫......そうだね」
駐車場にフブちゃんが叫びながら駆け込んできて、あたしと、屈みこんでプレッツェルの残骸を反吐している男を見比べてそう言った。
「見ての通り。さてとおっさん、名前は?」
甘酸っぱい、酒精交じりの反吐の悪臭をこらえながら、あたしは男に訊いた。
「......ダニエル・アルマン」
「ダニエル・アルマン、第二級殺人の疑いで逮捕します。エル・マーには警察から連絡しとくよ」
アルマンはぎょっとした顔で、あたしの方を凝視した。
「まあそうだよな。毎日偽名で泊まるような連中と仕事してちゃ、人捜しに来たお巡りなんて覚えちゃいないよな」