「うへぇ......」
「うわぁ......」
路地の奥にたどり着いた私とミオは、似たり寄ったりの声を上げた。
突き当りの建物の、ちょうど裏口のドアにべったりと血糊が付いている。死体はフロイド・"いけすかない"・ローズ刑事が言ったようにすでに運び出されているけど、実物がないために余計に想像力を働かせてしまう。
「ねぇ、ミオ、あの血の中にあるブツブツって......」
「やめろ。それ以上言うな」
絞り出すような声で窘められた。
裏口の保安灯に照らされたミオの顔は真っ青だ。見たところ本当に反吐したりはしなさそう――市警に勤めてひと月もすれば、反吐さない程度には死体慣れしてしまう――なので、血糊と、頭蓋骨や脳味噌の破片と思しきものから視線を剥がしつつ、ミオにも声をかける。
「それじゃ、お宝探しといきますか」
ミオは返事をしなかったけど、懐中電灯を振ってあたりを見回しだした。私もそれに倣って周囲に目をやる。
とはいえ、いかにも裏路地らしいもの以外には特に目を引くものはない。立小便や反吐の跡、ゴミ缶からあふれる生ゴミ、くしゃくしゃの新聞、誰かがここで呑んでそのまま捨てていったらしい酒瓶......
獣人の鼻には少々キツい臭気と、一向に成果の出る見込みのない捜索に半ばウンザリして私は天を仰ぎ、
「ん?」
「どしたの、フブキ」
急に声を上げた私の方に、ミオが懐中電灯を向ける。ちょっと眩しいんだけど......
「いや、火薬の匂いがしたような気がして......」
「火薬?」
「白上の気のせいかもしれないけどさ」
そう、発砲炎の名残りかもしれない。今日は風が強いわけではないし。でも......
「あ、フブキ」
「どうしたミオ」
「あれ、あれ」
ミオが懐中電灯を下に向けつつ、頭上を指している。
私も懐中電灯の明かりを逸らしてミオの指の先に目をやると、
「「あった!」」
開けっ放しの外倒し窓に、拳銃が映っていた。
「窓の角度からすると、向かいの建物の屋上かな」
言うが早いかミオはぱっと飛び上がり、倉庫と思しき建物の外壁に取りついた。
「ちょっとミオ! 落ちたりしないでよ!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ、これくらいなら......よっ!」
勢いをつけてミオは屋上へと姿を消した。
多くの獣人にとっては、二階建て程度の建物に登るのは大したことではない。それでもミオにはちょっとドジなところがあって、時折足を滑らせるので見ている方はヒヤヒヤするんだ。
私も後に続いて――告白しよう、私もちょっと足を滑らせかけた。恥ずかしいのでミオには黙っておく――屋上へと上がった。
涼しい顔をして、しゃがみこんでいるミオの許へ歩み寄る。
「どんな感じ?」
「ん」
ミオが差しだしてきた銃を受け取る。
「スミス・アンド・ウェッソン」
「なんか変じゃない?」
ミオに疑問の視線を向ける。
「だって普通は持って帰るか、捨てるにしてもそこの下水に捨てるでしょ。こんなとこじゃなくて」
「わからないよ。ほらミオ、この
「かもしれないけどさ......」
ミオはまだ不服そうだ。こういう時のミオのカンは、不思議と当たることが多い。
「でも確かに、この拳銃は明らかに大事にされてる。白上なら絶対に持って帰るね」
「でしょ!」
「じゃあ、デート延長といこっか。この辺りに銃砲店ってあったっけ?」
ミオは明らかにデートのくだりで狼狽したらしく、どもりつつ答える。
「せ......
「じゃあ、車に戻ろうか。エスコートして差し上げますよ、お嬢さん?」
「もう、フブキ!」
ミオは顔を真っ赤にして豪華な拳銃を奪い取ると、さっさと建物から飛び降りてしまった。
「ちょっ!? まってよミオ~!」
ミオに続いて汚い路地に着地し、表通りに駐めたパトカーのほうに戻る。
最後にちらっと、路地の奥の赤い汚れ――故スクーター・ペイトン氏の最期の痕跡――に目をやってから、すこしでもミオは気が楽になっただろうかと考えつつ、私たちは裏路地を後にした。
「ここ?」
「そうだよ」
約10分後、私たちは
「いこっか」
ミオが先に立ち、店舗の入り口へと向かう。
ショーケースを兼ねたカウンターに店主と思しき男性がいた。
「いらっしゃいませ」
「オオカミ巡査とシラカミ巡査です。この銃について、情報が欲しいんですが」
ミオが拳銃をカウンターの上に置く。
「スミス・アンド・ウェッソン」
一瞥して店主が言う。
「27型。通称レジスタード・マグナム。.357口径。ニッケル鍍金に真珠の銃把。パットン将軍が同じものをお使いでしたな」
「じゃあ、パットン将軍がこの銃の持ち主かな?」
冗談めかして聞いてみる。
「違います。もちろん」
当然ながら、にこやかに否定される。
咳払いをしてミオが聞いた。
「銃にお詳しいんですか」
「そうあるべきでしょうね、売り物なんですから。こいつはサイすら止められるって、御存じですか?」
おどけて構える仕草をして、
「こういうのは特注じゃないとこっちも応じません。ちょうどここに、うちの特別注文表がありますよ。スミス・アンド・ウェッソンのね」
「ウチたちが拝見しても?」
「構いません。......なにか悪いことがあったんでしょ?」
ミオはそれには答えず、注文表をパラパラとめくった。店主の方もそれ以上質問をせず、こちらを見守っている。
ややあって、ミオが声を上げた。
「これだ。シリアルナンバーが同じ。27型、ニッケル
「それだ。持ち主は」
「シュローダー、エロール。南グレス通り203番地」
帳簿を閉じて店主に返しつつ、ミオがお礼を述べる。
「ありがとうございます。助かりました」
「またいつでもどうぞ、市警の手助けになるのなら」
店を出て、路肩に駐めたパトカーの中に戻る。
「ますますわからなくなってきたよ、フブキ......」
ミオがハンドルに額を当ててボヤく。
「一点物の、購入記録付きの銃で人を撃って、しかも買った銃砲店が近い現場でそれを捨ててくなんて......」
「一応聞くけど、ミオ。道理にかなったことをする犯罪者と、非合理的なことをする犯罪者と、どっちを多く見てきた?」
ミオはしばし考え、
「後者」
「でしょ。人の頭を吹っ飛ばして、それでテンパったってこともあり得るし、」
それに、と続ける。
「銃の持ち主だからって犯人とは限らないんじゃないかな。あるいは偽名や他人の名義で買ったとか」
ミオがなるほど、と呟いて顔を上げる。
「じゃあ、とりあえずこのエロール・シュローダー氏に話を聞きに行こうか」
気を取り直したようにエンジンをかけたミオの横顔に向かって、急に意地悪したくなった。
「えー、ミオは白上とのデート中に男に会いに行くの?」
ポンコツフォードがガクンとつんのめり、急なクラッチ操作に抗議するようにエンストした。
「ちょっ、フブキィ!」
「あっはっはっは、冗談冗談。って待って待って耳はダみゃあああああ!?!?!?」
路肩でガタガタ揺れるパトカーに、通行人たちが怪訝な視線を送っていた。
でも私にはその視線が気にならない。
ミオとじゃれあいつつも、頭の奥の方で小さく警鐘が鳴っていた。銃砲店の店主の物言いが妙に引っかかる。確かに助かりはしたが、あんなに協力的な銃砲店の店主には初めて会った。
普通、夜十時半過ぎのお客――それも金にならないお巡り――は
とはいえ、まずはシュローダーだ。
「~~ッ、ミオ、いい加減にして!」
「あいたっ!?」
隙を見てミオの頭をひっぱたく。
「もー、いくら白上の耳がモフモフだからって、仕事を忘れちゃだめだよ」
「ごめん、ウチ......フブキの声聞いてたらなんか変な気分になってきて......」
自分がどうやら、あられもない声を上げていたらしいと気が付き、一気に頬が火照った。
制帽で顔を覆って一言、
「いいから、出して」
パトカーに再びエンジンがかかり、ガタピシと走り出す。
私は羞恥の渦の中で、見事な自爆だったと他人事のように感心していた。